第111話 剣士グラの実力
「チィッ! 流石にきつかったか!?」
飛来する土術を弾きながら周囲を確認すると、部下たちはどこも押され気味であり、防戦一方にになりつつあった。
敵陣中央に突っ込んだ俺達は、まあ当然の如く苦戦している。
いや、苦戦する事自体は想定済みだったのだが、これは下手すると不味いかもしれない。
敵陣中央は、調査した段階ではゴブリン、オーク、獣人を中心とした混合部隊だった筈だ。
しかし、いざ突撃してみると、どういう訳かゴブリンの姿が見えなくなっていた。
ほんの数刻前までは確かに居た筈なのに、この短時間で何故…?
兎にも角にも旗色が悪い。辛うじてなんとかなっているのは、左大将から出してもらった援軍のお陰であった。
彼らは少数ながら、ほとんどがトロールで構成されている。
日中のトロールと言えば、無尽蔵とも言える体力を誇り、常時展開される剛体により守りも堅牢、優れた体躯から繰り出される攻撃は多くの敵を屠ると、まさに戦場の主役とも言える働きを見せる。
その上、彼らの練度は極めて高く、一人一人がウチの部隊長クラスの実力があるように思える。
ただ、地力で勝る兵と言えど、相手は大軍、しかもほとんどが獣人で構成されているという事もあり、攻めに転じられる程の余力は無い。
獣人と言っても、系統によってピンキリなのだが、戦場に出てくる者達は大抵が剛体を取得している者達であり、守りはそこそこに硬いのだ。
そんな中、ただ一人、多くの敵を斬り捨てている者が居た。
左大将からの援軍、その部隊長であるグラだ。
「ふむ…、練度が足りないな。これであれば、森の者達の方が余程手強い。優れた身体能力に胡坐を欠いていると…、こうなる」
また一人、敵兵が斬り伏せられる。
レイフの森に住む者達はあまり自覚が無いのだが、実は兵士の練度はそこそこに高かったりする。
レイフの森には、色々な事情から追われるように逃げ延びた者達が、数多く住んでいる。
その背景には闘争の果てに辿り着いたという者も多く、実は一般的な兵士よりも戦闘経験が豊富だったりするのだ。
しかも、森には魔獣が住み着いており、常に危険が存在していた。
そんな彼らの感覚は、森の外に暮らす者達に比べて鋭敏であり、それが生存能力や戦闘能力に結びついているのであった。
もっとも、森に住んでいる者にとって、そんな事は知る由も無かったのだが…
一人、また一人と斬り伏せられる敵兵を見て、思わず舌を巻く。
(グラっていったか…? ありゃ相当の使い手だなぁ…。下手すりゃウチの隠居ジジイ共並みだぞ?)
荒神には隠居を決め込んだ老人共が、指南役という立場で存在している。
その中には600年生きている魔王、キバ様と大戦国時代を共に戦っていた者もおり、未だその実力は大将軍クラスとされている。
キバ様とは違い、老け込んでいる者がほとんどだが、はっきり言って俺やリンカ様くらいの実力では、まだまだ到底及ばない程の実力者ばかりなのだ。
今戦っているグラは、そんなご隠居達と同じ雰囲気を持っている気がする。いや、流石にあそこまで怪物では無いだろうが…
「せりゃあ!!!」
大きな掛け声と共に、凄まじい勢いで掛けてくる姿。
あれは…、虎系統の獣人…、って、敵将じゃねぇか!?
「手強いトロールが居ると聞いて来たが、貴様か?」
「虎系統の獣人…、南で名を馳せるココウ殿、であっているか?」
「如何にも。我がココウである。質問に答えろ、貴様が我が同胞を退けたトロールか」
「…そこそこ使える子犬が居たが、あれがそうなら、私の事であろうな」
「カッカッ! あれらを子犬と言うか! 面白い! 手合わせ願おうぞ!」
「願っても無い。手間が省けるというものだ」
「ほざけ!」
凄まじい速度の突進。それをグラは流すように躱す。
普通のトロールであれば真っ向から受け止めるような戦い方をするが、あのグラはトロールにしては小柄で、そういった戦い方には向いていないのかもしれない。
「ハッ! トロールが小賢しくも剣術を使うか!」
流されてもココウの勢いは止まらず、瞬時に反転してグラに襲い掛かる。
が、それも先程と同じように流される。
それが何度か繰り返される事で周囲の兵が退き、完全な一対一の空間が出来上がる。
「っ!?」
十数回繰り返した辺りか、ココウの突撃が突如停止する。
「貴様…!」
いつの間にか、ココウの脇腹辺りから血が滴っていた。
「ようやく通ったか。剛体無しで刃を通さないとは大した毛皮だ。だが、いくら丈夫な毛皮と言っても、刃に数度擦り付ければいずれ肉に到達する。大した速度だが、直線的な動きであれば刃を添える事くらいは難無き事」
すれ違いざまに、同じ箇所に刃を当ててたってワケか。
自分から当たりに行く場合、剛体は反応しない。ココウは自らの体を刃に擦り付けていたようなものだ。
しかし、あの速度に対し、同じ場所に、正確に刃を押し当てる事が難無き事とは…
「チィッ! ならばそれすら出来ぬ程速く動くまでの事!」
ココウが足を浮かせると、その瞬間、先程よりもさらに凄まじい速度の突進が行われる。
(あれは、リンカ様の『疾駆』か!?)
大気の精霊に呼びかけ、空中に足場を作り、それを蹴る事で加速する『疾駆』。
地面を蹴るのと違い、力が完全に突進力に乗る為、その速度と破壊力は凄まじいものとなる。
回避は困難であり、捌いてもすぐに突進が繰り返される。剛体で弾き返しても、即座に次の突進に移られる為、余程の魔力が無いと防ぎきれるものでは無い。
トロールが日中、無尽蔵に魔力を回復すると言っても、魔力の最大量が増えるワケでは無い。回復量を上回る速度で攻撃し続ければ、いずれ剛体は破られる。
しかし…
「どうした!? 防戦一方…!? ガッ……!?」
突如、自ら地面に突っ込むココウ。
いや、ココウだけではない、周りの獣人も何人か膝を付いている。
「亜神流剣術、『嘶き』。速く動くだけなら、ある程度の獣人なら大体可能だ。別段どうという事は無い。それに、速度で言えば貴殿はウチの小娘にも劣る。もう少し精進する事だ」
墜落し、もがくココウの手足を斬り付ける。
「今日の所はこれで退くといい。こちらも迎えが来たようなのでな」
迎え…? ってあれは左大将の部隊か!
敵の包囲を突き破るようにして、左大将の率いる部隊が突入してきていた。
とゆうことは作戦完了という事なのだろう。
「お前達! 退くぞ! 殿はガイ! お前が務めろ!」
「承知! お前達! 死ぬ気で抑え込むぞ!」
「「「「応!」」」」
ココウ程の強者があっさりと敗北した影響は大きく、敵陣の追撃は思いのほか軽いものとなった。
こうして、荒神の部隊は無事全て撤退を完了し、その日の戦は終了したのであった。