第107話 集結
活動報告の方に一部キャラの簡単な見た目解説みたいなものを書いたので、人物像の補てん程度にはなるかもしれません。
襲撃のあった翌日。
俺はテントの中で目を覚ます。
「くぁ…」
結構ぐっすりと眠れたようだが、耳にはまだぼやっとした違和感が残っていた。
昨夜、あの襲撃者が使った爆発物は、殺傷力のある火薬などではなく、離脱用の煙玉の類だったらしい。
その効果は大したもので、視覚を奪う煙、聴覚を奪う爆音、嗅覚を奪う異臭と、徹底した攪乱能力を持っていた。
さらに言えば、煙に含まれる粒子はどうやら竜の骨、または爪を砕いたものを使用していたらしく、俺の感知でも追う事は出来なかった。色々と言い訳の材料を並べたが、要はまんまと逃げられたのである。
(しかしなぁ、竜の爪骨にあんな使い方があるとは…。元々は風で吹き散らされないようにする対策みたいだけど、軽い術程度ならあれだけで防いでくれそうだ。あの煙玉自体はその性質故に、攻撃への転用は難しそうだけど…)
「おっ、左大将! 起きてたか!」
寝起きの頭を活性化させる為、先日の記憶の整理を行っていると、テントの入り口からむさ苦しいおっさんの声が聞こえる。トウジ将軍である。
「おはようございます。トウジ将軍」
「おう、おはようさん! 昨日は悪かったな! 俺を狙った襲撃者だったんだろ?」
「ええ。まあ恐らくですが」
捕まえた4人については捕虜として扱い、現在は監視をつけて捕縛している。
とは言っても内二人は重傷で、まだ寝たきりではあるが。
俺は先日の内に、残りの二人に尋問を行った。
二人は俺の質問に対し、終始無言を貫いていたが、俺の質問に対する反応だけでも収穫はあったと言えた。
アンナ程の精度が無いとはいえ、俺も感知に関してはそこそこの自信がある。嘘かどうかくらいの判断は俺でもなんとなく出来るようになっていた。
「彼らの服装、そして種族からして、間違いなく羅刹からの刺客でしょう。どのように知り得たかは不明ですが、真っ直ぐトウジ将軍のテントを目指していた事から、狙いもはっきりしています」
本当は彼らに質問し、その上で確信を持っているのだが、それを説明した所で理解を得られるとは思えない為、割愛する。
「ああ、さっき俺も見てきたが、ありゃ間違いなく羅刹の鬼兵達だ。しかし、結構な使い手っぽかったが、無傷で制圧するとは…、流石左大将ってとこか?」
「いえ、部下が優秀なだけですよ。それに、一人は逃がしてしまいましたしね…」
別に謙遜しているワケではない。現に逃げられたのは俺の相手だけである。つまり、俺だけがヘマをしたと言えるのだ。
実は結構凹んでいたりする。
とはいえ、逃げられてしまった以上どうしようも無い事だし、立場上いつまでも引きずっていられないので、さっさと気持ちを切り替えないといけないのだが…
「部下が優秀なのも将の取り柄ってな! …ウチのはやられちまったみたいだし、俺もちと凹んでいます。お互い、気持ちを切り替えていきやしょうや」
真面目な顔でそう語ったトウジ将軍は、次の瞬間にはニカっと笑顔を作っていた。
どうやら気を使ってくれていたらしい。大雑把な見た目に反して細かい心遣いに痛み入る。
部下を失ったトウジ将軍の方が、俺などより余程堪えているだろうに、大したものだと思う。この人は正に将たる人物なのだろうと実感する。
経験の浅い俺が対等になろうなどとは烏滸がましいかもしれないが、そうなれたらなと強く感じられた。
「ところで左大将、外でリザードマン達が座禅みたいなのを組んでるが、ありゃ何をしてるんだ? 寒さ嫌いの奴らが、こんな早朝から動いているってだけでも不思議だってのに…」
「ああ、あれは見た通り座禅ですよ。まあ修行の一環だと思って下さい。それと、彼らの事は出来れば竜人族と呼称して頂けますか?」
別に強制するワケでは無いが、俺としてはジグル一族の主張を聞き入れてやりたいと思っている。
獣人からしてみれば、蔑称のつもりなど無いのかもしれないが、結局は受け取る側の印象の問題だしな。
「そいつぁ……。クックックッ、ガッハッハッハッ! そりゃいい! 気に入ったぜ左大将! いやぁ! 俺の娘も良い男に目を付けたもんだ!」
愉快そうに笑いだすトウジ将軍。
余程愉快だったのか、凄惨な笑顔をした娘さんが後ろに立っているに気付くことは無かったようだ。殴られるまで。
◇
それから約4日をかけ、俺達はついに鬼達の首都・羅刹を目視できる位置まで辿り着く。
あの夜の襲撃以降も細かな攻撃、妨害はあったが、初日程の手練れは現れず、より警戒も強めていた為、大きな被害は発生しなかった。
「トウジ将軍、俺達が到着した事はタイガ殿達には…」
「ああ、ちゃんと伝わっている。さっきウチの魔獣使いが伝令を受け取った。別ルートで行軍していた部隊も到着したらしい。陽の5刻に作戦開始だそうだ」
(魔獣使いがいるのか!? それはあとで是非意見を交わしたいな!)
まあそれは置いておくとして、どうやら後続の3部隊の内、1部隊は既に別ルートから行軍してこの地に到着しているらしい。
先行していた俺達とほぼ同じタイミングで到着している事から、相当な速度で行軍した事が伺える。
こちらよりも少数部隊らしいので確かに機動力は高そうではあるのだが…
「ん? ああ、もしかして、その部隊が気になるかい?」
「…興味はありますね。確か後続の部隊は一日以上遅れて荒神に到着するって話でしたよね? こちらの行軍速度も決して遅かったわけじゃ無いし、同じように迂回してきたのであれば相当な速度だと思いますが…」
「それは恐らく、サイカ将軍の部隊でしょう?」
「おお、リンカの嬢ちゃん、その通りだ」
俺の疑問に答えるように現れたのはリンカだ。
リンカは元々荒神の大将軍だったのだ。各部隊の戦力や特徴などについてはウチの中で最も詳しいと言える。
「サイカ将軍か…。会った事無いな。どんな将軍なんだ?」
「サイカ将軍は元々諜報部隊の隊長です。今の配下も多くが元諜報部隊出身で、兎に角機動力が高い。直接的な攻撃力はあまり無いですが、知略に長けると言いますか、小賢しいと申しますか、非常に特殊な部隊です。あまり敵には回したくない相手ですね」
成程…。肉体派ばかりの荒神にもそんな部隊があるのか…。
リンカはあまり好いていないようだが、俺とは気が合いそうだ。
機会があれば、そちらとも是非意見を交わしたいものである。
「な、なんだぁ!? その喋り方は…、リンカの嬢ちゃん、何か悪いモンでも食ったか?」
「く、食ってない!」
訝しげに、少し気味が悪そうに尋ねるトウジ将軍。
何故かそれに焦ったように返すリンカ。
「……ふむ。そういう事か。そういや確か、リンカの嬢ちゃんはキバ様のお墨付きで左大将に譲渡されたんだっけか。あのトロールの娘といい…、ひょっとして俺の娘って強敵だらけなんじゃ?」
そんな疑うような目で俺を見られても…
とゆうか、開戦前にする話の内容ですかね? これ…
まあ、変に緊張するよりかはいいか。
何にしても、あと数刻で開戦だ。
スイセンも加わりギャアギャア騒ぐ3人を尻目に、俺は心を落ち着けていくのであった。