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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第3章 羅刹の鬼達
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第104話 翡翠とヒナゲシ



ガタゴトガタゴト



眠い。非常に眠い。

レイフの森を抜けるまでは、それはもう道とも言えない道を走る為、眠気など感じる余地も無かったのだが、抜ければそこは平地であり、比較的緩やかな道のりだ。

揺れないという事も無いが、テンポの良い揺れはむしろ眠気を誘うものである。



(徹夜自体は魔界で目覚めてから何度も経験しているし、結構慣れたつもりだったんがなぁ…)



仲間を残していく不安、戦場に向かうという不安、他にもアンナの事やジュラの事、ルーベルトの事など…

不安や心残りはいくらでもある。

しかし、とりあえずは無事に出発できたという事が、どうやら俺の緊張感に少し穴をあけたようだ。



「トーヤ様、お疲れのようですし、お眠りになられては如何ですか? まだ合流までは時間があるでしょうし…」



現地へ向かうのは俺達だけではない。各地に散らばっている荒神の戦力から、余裕のある部隊を呼び戻しているらしい。

その合流地点となるのが、城壁都市『荒神』の西に広がる平原地帯であり、それまでの行軍は歩兵に合わせた比較的緩やかなものになる。

馬を走らせて4時間の行程を、歩兵を伴った行軍となれば倍以上の時間がかかる為、到着は夜中を予定していた。



「…そうだね。スイセンの言葉に甘えさせて貰おうかな」



「で、でしたら…」



ドスン!



膝で手をモジモジさせて何か言おうとしたスイセンの言葉を、馬車の屋根から響く音が妨害する。

何かと思い、即感知網を上に向ける。そして、何が落ちて来たか理解した。



「…しまった。空は警戒していなかったな」



俺は大きくため息をつきながら、開閉式の窓を開け上を見る。

笑顔を浮かべた少女と目が合った。



「ん…? ヒナゲシか?」



「はい。ご主人様」



「キュ」



続いて顔を出す小さな龍。翡翠(ひすい)

空から来た時点で、まず間違いなく翡翠を使って誰かが追ってきたと思ったが、それがヒナゲシだったのは意外だった。

そもそもこんな真似をしそうなのがアンナくらいであり、先程のやり取りで流石に付いては来ないと思っていたが…


俺は二人(一人と一匹)を馬車に招き入れる。



「何故追ってきた。部屋の管理と翡翠の面倒を頼んだと思うが?」



ヒナゲシは基本的に俺の命令しか聞かない。

それが何故…?



「正確には、ご主人様の部屋と、翡翠さんの面倒ですわ。私もそれを忠実に守るつもりでしたが、アンナ様に諭されまして」



俺が出て行ったあと、アンナはいきなり執務室に入ってきたらしい。

最初は聞く耳持たなかったそうだが、俺の部屋というのはつまり、俺が使う部屋の事だという屁理屈から始まり、続いて翡翠を説得。

翡翠を乗り気にさせ俺に付いて行かせる事にし、翡翠の世話及び俺の部屋の管理をするのであればヒナゲシも付いて行くべきだと。


正直暴論とも言えるその理論を、ヒナゲシは受け入れたそうだ。

ヒナゲシが俺以外の言う事に耳を傾けたという事にも驚きだが、それをやってのけたアンナにはもっと驚かされる。

そもそも、何故アンナはヒナゲシを選んだのだろうか。アンナは彼女の事を避けていた筈なのに…


…いや、でも確かにこれ以上の人材はいないかもしれない。

レイフ城における戦力で、自由に動かせる戦力となると、かなり限られてくる。軍属の者は命令に背くことになる為、まず動く事は無いからだ。

そう考えれば、このヒナゲシを選んだのは選択として間違っていない。というか、ルーベルトを除けば最高戦力といっても過言では無いだろう。

…それを見抜いている辺り、アンナはやはりただ者では無かった。



「あの方は不思議な方ですね。ご主人様以外の言葉に耳を傾けたのは、これが初めてかもしれません。まあ、ご主人様が関わっている事でなければ、こんな真似はしなかったでしょうが…」



「キウ」



翡翠も頷くような仕草をする。



「…やれやれ、お前達も、そしてアンナも…、本当に仕方のない子達だな」



そう言って二人(一人と一匹)の頭を撫でる。

あれだけ卑怯な物言いをした俺に対し、それでも俺の身を心配し、戦力を送り付けてきたアンナ。

アンナの気持ちを汲んだであろう翡翠と、その言葉に動かされたヒナゲシ。

彼女達を叱りたい気持ちもあった。

しかし、彼女達の行動は、俺を守るという目的に集約している。それを叱り飛ばす気概は、俺には無かった…



「ヒナゲシは引き続き翡翠の面倒を頼む。俺の世話はいらない。その代り、この遠征中は俺の近衛兵として扱うから、そのつもりでいてくれ」



「かしこまりました。ですがご主人様、これもアンナ様からのお願いなのですが、なるべくご主人様から離れないようにと仰せつかっています。命令に背くような事はしませんが、私も可能な限りお傍に置いて頂ければと存じます」



「…まあ、それも善処しよう」



ヒナゲシがこのような事を言い出すのは非常に珍しい。

自我の目覚め、とまでは言えないかもしれないが良い兆候だ。出来る限り尊重してやりたい所だ。


しかし、なんだかすっかり眠気も覚めてしまったぞ…

まあ、どうせ今夜には荒神に着くんだ。その頃にはまた眠気も復活していることだろう。









「これは…、面白い事になりそうですね…」



『ほう、何かあったかねヤソヤ君』



マイク越しに、初老の男性の声が聞こえる。

ほとんど無意識だったが、どうやら通信をオンにしていたらしい。



「ええ、例の子龍と試験体が戦場に合流するようです」



『ほほう? それは興味深いね?』



「はい。良いデータが取れそうです。引き続き調査を…っと」



地上を覗くレンズに、高速で近付く影が映し出される。

その影は凄まじい勢いで上昇し、私の乗る飛空籠の横で停止した。



「…女か? 貴様、何者だ!」



『ヤソヤ君、問題かね?』



「…いえ、どうやらただの空族のようですね。この高度まで上がってくるとは中々の強さを持っているようですが」



「貴様! 誰と話している!」



『ふむ。そうか。まあ対処は君に任せるよ。報告は後ほど』



そう言い残し通信が切れる。恐らくはこれから眠りにつくのだろう。

博士がこの時間に起きている、というのが逆に珍しい事なのだ。



「さて…」



今にも飛び掛かって来そうな凄まじい剣幕の空族を見据える。

雄々しいと言える翼と、それに引けを取らない程に猛々しい肉体。ひょっとすると、名のある空族かもしれないが、少し若ずぎる気もする。



「この様な高空で、まさか空族の方と遭遇するとは思っていませんでした。さぞ名のある方とお見受けしますが、何分無知でして…。出来ればお名前を伺いたいのですが?」



「…空族? 知らんな。我が名は…ギジ。ここは我が一族の縄張りだ! 」



「空族じゃない…? 空に住む有翼種でありながら? …成程、特殊個体、しかも一族という事は繁殖に成功していると…。これはこれは、大変興味深いですね」



思わず笑みを浮かべてしまう。

博士、良い実験材料を見つけましたよ…?



「っ!? 不気味な奴! お前を危険な存在と判断する!」



飛び掛かってくる有翼種の若者。

私はそれを優しく向かい入れる。


ああ、本当にごめんなさいね。でも、見られた以上は生かしておけないの。だからせめて…

貴方と、貴方の一族は、この世界の未来の為に活用してあげましょう…




私は彼を優しく受け止め、まるで花を手折るように、優しく、へし折った。





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