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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第3章 羅刹の鬼達
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第103話 尾を引く出発




出発の朝、俺と子供達、それに新たに加わった志願者達は変わらず朝練をしていた。

子供達は早朝にも関わらず非常に元気である。



「ハッハッハ! 今日は調子がいいな! ロニー!」



「お、親父殿はいつにも増して元気ですね…」



いや、実は元気なワケではない。

なにしろ、昨夜は結局準備に追われて寝れなかったのだ。

つまり、これは空元気。単に、徹夜明けでテンションが高いだけだったりするのだ…



子供達に、今日から暫く留守にすることを伝えると、最初はみんな不安そうな顔をしていた。

なんとかご機嫌を取りつつ、納得してもらったのだが、代わりに朝練で全員との組手を約束する事になってしまった。

まあ、そのくらいならと頷いたのは良いのだが、よくよく考えれば子供たちの数は10人以上いるワケで、中々しんどい事に…

ハーフエルフの子供達、ヘンリクにイーナ、そしてセシアとリカ。これに加えて評判を聞きつけた母子が増えている為、子供だけでも20に届きそうな勢いである。

ちなみに、リカは魔王キバ様が集落に現れた日に生まれたオークの娘だ。やはりオークの成長は速いらしく、最近はセシアと同じように集落を駆け回っているようだ。



「次、お願いします」



「お、次はアンネか! よし来い!」



「ほ、本当に元気ですね…」



組手の順番は若い順で行っており、残すところはあと3人。最年長組のアンナ姉妹とコルトである。

先程のロニーもそうだが、最年長組はそこそこ体が出来ている事もあり、少しずつ俺の余裕も消え始めている。

ベースに獣人の血が混じっているロニーの身体能力は、既に俺を越えているかもしれなかった。

まあ、ロニー自身が未熟な事もあり、あしらうこと自体は簡単なのだが、問題はここからである。


アンネは、姉であるアンナに比べれば魔力の流れを感じ取る才能は劣っている。

しかし、それはアンナが異常なだけであり、他の子供達よりも明らかに優れている。

それはもちろん、俺やライ、偶に参加しているゾノやゲツよりも上であり、経験で勝るスイセンにすら迫る程のものである。

だが…



「っ!?」



俺の攻撃を流そうとし、重心が傾いた瞬間をついて足を払う。

完全に虚を突かれる形となり、彼女はそのまま尻もちをついた。


感度の良さが必ずしも戦果に結びつくとは限らない。

他の者達が気にもしないような微細な魔力も、アンネは感じ取ってしまう。

つまり、フェイントにかかりやすい、目の良さが命取りになる事もある、という事である。



「…ありがとうございました。まだまだ、トーヤ様や姉さんには遠く及びませんね」



「そんな事は無いさ。こうしてフェイントにかかるって事は、俺の攻撃をしっかり察知できている証拠だ。それはつまり、普通の攻撃ならほとんど捌けるって事でもある。アンネはしっかり強くなっているよ。多分、ゲツ辺りじゃもう敵わないだろうな…」



魔力を絡めたフェイントなど、普通の者は行わない。

つまり、この戦闘法が浸透していない現状では、アンネに攻撃を当てられる者は限られているという事でもある。

ゲツの名を出したが、別にゲツを卑下したかったワケでは無く、ゲツクラスの者でも敵わないと言いたかったのだ。

…まあ、ゲツはあれで器用な男である。いざ実戦となればそう簡単な話ではないかもしれないが…



「…精進します」



嬉しいのか悔しいのか、複雑な表情を一瞬浮かべ、アンネは頭を下げて走っていった。



「次は俺ですね。よろしくお願いします、親父殿!」



次はコルト。コルトも最近ルーベルトの手ほどきを受けているせいか、メキメキ実力を上げているようだ。

感度に関してはアンナ姉妹には敵わないが、攻めが非常に狡猾になっており、先日はアンナに攻撃を掠らせるという快挙を遂げて見せた。

どうやら、俺やアンナに当てる為の知恵をルーベルトに聞いているようだ。いや、あの男の事だ、むしろ嬉々として授けている可能性すらある。

まあ、それはそれで俺達の訓練にもなるから良い事なんだがな…



「うあ!? ……いてて、ま、参りました」



だが、それでも簡単に負けてやるワケにはいかない。

一応俺にも親と言うか、大人のプライド的なものがあるのだ。

俺は攻めの流れが出来る前に、未熟な守りを突いてコルトを転がした。大人げない? いやいやいや…



「最後は私です。トーヤ様、よろしくお願いします…」



はっきり言って俺にはもう余裕が無い。

コルトには悪いが、さっさと終わらせないと不味い理由があった。

なにせ目の前の少女は、本気で集中しないと負けかねない相手なのだから…









「では、宜しく頼むな、ソウガ」



「ええ、トーヤ殿もご武運を。森の防衛についてはお任せくださいませ」



頭を下げるソウガ。

この男の実力ならば、防衛面の心配はあまり無いかもしれない。

しかし、ソウガはあくまでも魔王直下の近衛だ。最優先はキバ様であり、荒神であるはず。

ルーベルトの抑止的存在でもあるが、状況次第ではそれが機能しない事も十分にあり得る。

だからこそ、昨夜はルーベルトだけでなく、あらゆる方面に保険をかけたのだ。


一応の準備は整い、あとは出発するだけである。

ソウガに背を向け、馬車に乗り込む直前、俺は少し考えていくつかの荷馬車を見据える。



「…これかな?」



その一つに当たりをつけ、荷を改める。

…やはりか。



「…アンナ。降りなさい」



「ト、トーヤ様…」



荷の中の1つ。酒樽の中にアンナは潜んでいた。



「…何故トーヤ様は気づいたのでしょうか? 本気の隠形は未だかつて破られた事がありませんのに…」



「…俺も成長するって事さ」



なんて言うのは嘘である。

アンナの事は朝の稽古からマークを付けていたのだ。


組手は相変わらず非常に苦労させられたが、なんとか威厳を保つことには成功した。

しかし、俺はそこに若干の違和感を感じ取っていた。アンナがどこか心ここにあらずといった様子に感じたのだ。

案の定、俺は彼女を見失った。場所を悟らせぬ素晴らしい隠形である。だがしかし、目的が分かれば探し出すのは簡単だ。



「あの、トーヤ様」



「駄目」



「そんな! ご無体な!」



「駄目なものは駄目! 昨日納得しただろ!?」



「してません! 置いて行かないでください!」



泣きそうな顔でしがみ付いてくるアンナ。

ああ、もう、本当にこの娘は…



「なあ、アンナ。よく聞いてくれ。俺だってアンナ達を置いて行くのは心苦しい。でも仕事の都合上行かないなんて事は出来ないんだ。これは分かるよな?」



「ええ、ですから、私も連れて行って欲しいと…!」



「それは駄目だ。何故なら向かうのは戦場だ。そんな危険な場所に連れていけるわけ無いだろ? それに、前にも言ったけど、大人になるまではここで過ごしてもらうって言ったよな?」



「でも…、トーヤ様がそんな危険な場所に向かうというのなら、なおの事一緒に…」



それでもと食い下がるアンナ。やれやれだな…



「…いいか、アンナ。これは俺からのお願いでもあるんだ。俺がいない間、レイフと意思を交わせるのはアンナだけになるからね。…こんな事を頼むのは本当に心苦しいし、無責任だと思うんだが、もし最悪の自体が発生した場合、アンナには城の機能を駆使して、家族を守って欲しいんだよ。これはアンナ以外、他の誰にも頼めない特別なお願いだ。部下でもないアンナに命令する権利なんかないから、絶対に守れなんてことは言えないけど、アンナの事を家族として信頼しているからこそ、その家族の事を任せたいんだ。だから、どうか、頼む…」



沈黙。

そして、涙を溜めていた彼女の瞼から、ついに涙が流れ落ちる。

ああ、泣かせてしまった。本当に俺はどうしようもなく、最低だ…



「卑怯ですよトーヤ様…! そんな事を頼まれて、断れるはず無いじゃないですか…、っっく…」



しがみ付いたまま涙を零すアンナ。

卑怯者の俺は何も言えず、そのまま彼女を抱きしめる事しか出来ない。


お互いに何も言わぬまま、アンナの嗚咽だけが響く。

時間にして数分と経っていない筈だが、俺の後ろめたさがその時間を1時間にも2時間にも感じさせた。

やがて彼女は泣き止み、俺から一歩離れる。



「…必ず、帰ってきてください」



「…ああ。俺だってさっさと終わらして帰りたいと思っているしな」



「そうしてください。でないと…、いえ、なんでもありません。家族の事はお任せください。ご武運を、トーヤ様…」



「俺も無事を祈っている。…じゃあ、行ってくるよ」



そう言って俺は馬車に戻る。

今度は止まることなく乗り込み、それを確認した御者の獣人が馬に鞭を打つ。



「父親役も大変だね?」



隣に座るライが苦笑いをしながらそんな事を言ってくる。

俺の事を気遣って言ってくれたのだろうが、自己嫌悪に苛まれている俺は素直に頷くこともできなかった。




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