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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第3章 羅刹の鬼達
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第102話 遠征前準備 引き継ぎや調整②




――――レイフ城・最上階屋根部分





「こんな所にいたのか」



屋根に上ると、月見酒に興じているルーベルトを発見する。

レイフ城の屋根、その最上部は、日本の城で言う所の入母屋破風のような状態になっている。

物見用に小窓が取り付けられているのだが、ここから外にでるとはな…。

俺でギリギリ通れるサイズだった為、残念ながらグラは通れなかった。仕方ないので中で待たしている。



「…何の用だ」



振り返りもせず、ルーベルトが尋ねてくる。



「ちょっと頼み事があってな…」



「俺は指図は受けんと言ったはずだが?」



相変わらず取り付く島もない…、とは思わない。

こうして会話が成立しているだけ、実は今日はマシな方なのだ。

酒が入っているからかもしれない。



「指図なんてするつもりは無いよ。だから、あくまでただの頼み事だ。まあ一応誠意的なものを見せる為、手土産も持ってきた」



そう言って、俺は腰にぶら下げた瓢箪を手渡す。

訝しげにしながらも、それを受け取るルーベルト。そのまま蓋を開け、臭いを嗅いでいる。



「…これは、酒か?」



「ああ、米が手に入ったんでな。作ってみた。まあ、保存が効かないし、持っていくわけにも行かないから貰ってくれると助かる」



俺が作ったのは所謂どぶろくというヤツだ。

ご家庭でも比較的簡単に作れる酒だが、日本には酒税法がある為、作ったのがバレると罪になる。

そんな法など関係ない魔界では関係ない話なのだが。



「まあ飲んでみてくれよ。毒なんて入ってないのはわかるだろ?」



「…」



毒なんて持ち込んだら、この男なら手渡す前に気付く。

そして受け取ったという事は、この中身に興味があったからに違いない。


ルーベルトは少し不機嫌そうな顔をするも、瓢箪に口をつけて傾ける。



「…!? これは…」



「意外とイケるだろ?」



どぶろくは、濁り酒や甘酒のように白く濁った酒だ。

あまり見た目は良くないのだが、濾過してない故の甘味、旨味があり、口当たりが良い。

魔界では米由来の酒があまり出回ってないらしく、これを最初に飲ませたガウは大層気に入ってくれたのだのだが、どうやらルーベルトにも好感触だったようだ。



「…悪くない」



そう言ってもう一口、口に含み吟味している。



「それは良かった。また作ってみよう」



俺が満足げに言うと。ルーベルトは再び嫌そうな顔をして顔を逸らす。

気難しい男だ…



「…さっさと要件を言え。話くらいは聞いてやる」



「…まあ、ある程度察しているかとは思うが、コルト達の事だよ。出来れば、俺がいない間、コルト達ハーフエルフの子供達を守ってやって欲しいんだ」



頭を下げる。こんな所を他の者に見られると非常に怒られるのだが、今は俺とルーベルトしかいないのでいいだろう。



「今更、そんな事を言いに来たのか? 貴様に言われるまでもなく、俺とあの兄妹は…」



「契約の話は聞いている。けど、そこには他のハーフエルフの子供達は入っていないだろ? それに、これは俺の口から改めてお願いしたかったんだよ」



ルーベルトとコルト達兄妹は、自分達とその家族に対して危害を加えないという契約を結んでいる。

ルーベルト自身も、コルト達に危害が加わるようなことが有れば手を貸すとまで言っていた。

しかし、それはあくまでコルト達との契約だ。俺は俺で、ルーベルトには子供達、特にハーフエルフの事を頼みたいと思っていた。



「外敵の事もあるけど、今でも内心的にハーフエルフに対して不安を感じている者もいる。あまりこんな事は考えたくないけど、今は俺が人格を把握しきれていない者もいるし、魔が差すという事もあり得る。だから、そんな時に守ってくれる者が欲しいんだ」



「…貴様の望みはわかる。が、それを何故俺に頼む? わざわざ俺に頼まんでも、他にいくらでも人材はいるだろう?」



「もちろん、ルーベルト殿以外にも頼んではいるさ。ただ、戦力的に見て俺はルーベルト殿以上の存在を知らないし、これはあくまで俺の勘だけど、ルーベルト殿は恐らく約束や契約を破らないんじゃないかと思うんだ。それがただの口約束だとしても、ね」



それ以外にも、ルーベルト自身が最大の脅威になり得る以上、口上だけでも約束を取り付けたかった。

まあ、これはあえて口にしない。ルーベルトも当然理解しているだろうしな。



「………馬鹿馬鹿しい。俺がここで頷いたとして、それが守られる保証など何も無いと言うのに…」



「本当に信頼できる保証や、安全な保障なんてものは、この世にはほぼ存在しないよ。だから俺は、自分が信じると決めた事を信じるようにしている。例えそれが裏切られる可能性があるとしても、な」



そこからは暫し無言。時折瓢箪の酒を口に含んでは、味わうように嚥下する音だけが響く。


ふと、俺の目の前に皿が差し出される。

よく見るとそれは空ではなく、透明な液体が注がれている。



「???」



「飲め」



「飲めって…、これ酒か? いや、俺まだ色々仕事があって…」



ほのかに香るアルコール臭から、それが酒だと理解する。

別にアルコールに弱いワケでは無いが、職務中に酒を飲むのはなんとなく抵抗がある。



「いいから飲め」



有無を言わせぬルーベルトの圧力に屈し、俺は仕方なくそれに口をつける。



「…これは、果実酒か? 美味いな…」



口当たりの良い、梨に近い味わいを感じる。

これ程までに口当たりが良いと、さぞ悪酔いしそうである。



「…ふん、それなりに高い酒だからな。…だが、お前の持ってきたコレも、悪くない」



そう言って再び瓢箪に口を付け、月を見つめる。

美しい容姿も相まって、その仕草は妙に絵になった。



「この酒はまだあるのか?」



「あ、ああ。樽一杯分くらいだが…」



「……それで手を打ってやる」



「っ!? 本当か!?」



俺は思わずルーベルトに詰め寄ってしまう。

ルーベルトはそれを、うっとおしそうに払いのけた。



「チッ…、話は終わりだろう!? さっさと消えろ!」



「あ、ああ! よろしく頼む! ルーベルト殿!」



もう用は無いとばかりに答えない。ルーベルト。

俺も返事には期待せず、そのまま去ろうと腰を上げ、小窓に向かう。



「…ルーベルトだ。殿はいらん。それから、ミカゲを連れていけ。アイツは俺がそれなりに手塩にかけた手駒だ。失えばそれなりに痛手になる。契約書変わりに持っていろ」



契約書…って、それは要するにわざわざ俺に約束を守る保証、担保を用意したって事か?

…もしかして、ルーベルトってツンデレというヤツなのか?



「…わかった。ありがとう、ルーベルト」



色々と確認したい気持ちを抑え、俺は礼だけ言って、小窓をくぐった。



「…フン」









小窓をくぐると、グラが目を瞑り、微動だにせず待っていた。

待たせたなと声をかけようとしたのだが、その鍛え抜かれた肉体と、鉱物のような肌から、一瞬緑石で作った石造のように見えてしまい、思わず言葉を呑んでしまう。



「交渉は無事終わったようで」



「あ、ああ。待たせたな。とりあえず、次に行こうか」



と言っても、今ので調整事の大きな山は越えた。あとは遠征の準備が主となる。

グラが頷くのを確認し、俺は歩き出す。



「…トーヤ殿、一つ宜しいか?」



前を歩く俺に、グラが声をかけてくる。



「ん? なんだ?」



「トーヤ殿は先日の戦、北の最大の敗因をまとまりの無さだと言っていたが、それは仮にルーベルト殿が戦線に加わっていたとしても、か?」



「いや、そんな事は無いよ。もしルーベルトが戦線に加わっていたら、あの作戦は通じない。別の作戦を立てたとしても、正直分が悪かったろうな」



俺の答えに、グラは悩むような仕草で付いてくる。



「…では、北の最大の敗因、言い換えればこちらの勝因は、ルーベルト殿が戦線に参加しなかったという事になるのでは?」



「…それは違うなグラ。あの時考察したのは、あくまであの戦場における勝因敗因だ。用意された駒以外の事は取り入れていないよ。第一、それをしだしたらキリが無いぞ? それこそ俺が居なければ勝ってたとか、臥毘(がび)達に弱点が無ければ、とかの話になってしまう。広い意味では、準備の時点から戦が始まっていたと言えるが、ああいった考察ではそこまで考えるべきじゃない」



「…それもそうか。済まない下らぬ事を聞いてしまったな」



「いや、考える事自体はいいことだ。その調子で意見してくれた方が俺も助かる。これからやろうとしている事は、まさに戦の準備だしな。やる事は目白押しだ。頼むぞ、グラ」




こうして遠征の準備をしながら夜は更けていく。



―――結局、準備が終わる頃には陽光を拝むことになっていた。




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