第109話 進行役のいる会議は楽である
改稿済みです。
――――レイフの城・軍議の間
衝撃の事実で騒然となった一同。
未だその余韻冷めやらぬ状況ではあるが、このままではいつまでも話が進まない。
「まあ、それはそれとして、まずはご着席ください。皆さま方もどうかご着席を」
自分から爆弾発言をしておきながら、事も無げに話を切り上げ着席を促すソウガ。
しかし、誰一人として反応しない。
「…おい、勝手に話を切り上げるな。お前の目的が俺じゃないという事はわかったが、ここで賞金首と明かされて素直に従うとでも思っているのか? 仮に賞金を取り消したとしても、俺は魔王の下に付く気も軍に加わる気も無い。指図は受けんぞ」
「まあそう言わずに。別にこちらとしても、今更強引に仲間に加えようだなんて思っていませんよ? ただ、この会議は貴方にも少し関わってくる事ですので、円滑に事を進める為に出来ればご参加頂きたいのです。そうですねぇ…、話のまとまり方次第では、賞金の取消についても考慮致しますしょうか。どうです? 悪い話では無いと思いますよ?」
笑顔で言うソウガだが、細められた目から覗く瞳は決して笑っていない。
ルーベルトは心底嫌そうな顔をしているが、賞金取消については間違いなくメリットである。
それが分かっているからこその、嫌そうな顔なのだろうが…
「チッ……。話だけは聞いてやる」
ルーベルトはそれだけ言って、乱暴に着席をする。
思わず立ち上がった他の者達も、それを見て一人また二人と席につく。
「では、早速ですが始めさせて頂きます。議題についてですが、現在、トーヤ様と、その配下の方々には亜人領西部への援軍要請が下っています」
「援軍………、っ!? 援軍だと!? 西部にはタイガ兄様だけでなく父様も向かっていた筈だ! それが援軍を呼ぶなど、何が起きている!?」
リンカ達は、荒神の軍が西部平定を目的に遠征している事を聞いていたらしい。
だからこそ、それが援軍を求めている事の重大さを、一早く察知したようだ。
「落ち着いて下さいリンカ様。それも説明しますので…。さて、リンカ様が今仰った通り、亜人領西部にはキバ様とタイガ様率いる軍が出陣しています。魔王自らの出陣など、正気の沙汰ではありませんが、まあそれだけ本気だったと思って頂きたい」
亜人領西部には国境が複数存在している。やや北西気味に妖精領、その下に蟲族領、不死族領と続いており、防衛的観点からかなり重要な地方である。
今回の遠征では北西寄り、つまり妖精領の方面になるのだが、実はそこで、とある部族が国を名乗り支配体制を取っているらしい。
彼らは彼らなりに国境を守ってくれているようなので、平定するにしても後回しで良いんじゃとも思ったのだが、どうも彼らは荒神の支配地域にまで手を出し始めているそうだ。今回の遠征もそれが切っ掛けのようだが…
「残念ながら、今の荒神には国境を防衛する戦力でも手一杯でして、遠征に出せる戦力が限られています。外に出す軍と言えば、タイガ様率いる1万の軍勢が唯一と言ってもよいでしょう。しかし、今回の目的である西部はかなりの難敵でして、相当な苦戦が強いられる事が予想出来ました…。ですので、その解決策として、キバ様自ら出陣する事で被害を減らすという迷案があがり、それが通ってしまいまして…」
遠い目をするソウガ。余程その案を認めたくなかったのだろう。
でも、俺には分かる。きっとこの案を出したのも推し進めたのもキバ様本人に違いない。
そうじゃなきゃ、こんなアホな案は通らなかったはずだろう。
「まあ結果としてそれは効果的だったようです。キバ様の圧倒的な戦力を前にして西部の者達は後退するしかなく、最早彼らに残された地は首都のみとなったのです」
「そこまで善戦しておきながら援軍を呼ぶって事は、当然問題が発生したんだろうな…」
「ええ、その通りです。実は、彼らの首都の位置が問題でした」
「首都の位置? って確か… まさかとは思うけど…」
「お気づきになられましたか? 彼らの首都『羅刹』は妖精領との国境付近にあるのです」
国境には魔王のみに影響が出るとされる結界が張られている。
その結界の効力はかなりのもので、魔王の力を大きく減衰させるらしい。
それでも、魔王が本気を出せば破れない事は無いらしいのだが、ほぼ全エネルギーを使い果たす覚悟がいるそうだ。
まあ、そんな事をすれば協定違反となり、全魔王から攻撃対象とされるのだが…
「調子に乗って攻めていたキバ様ですが、国境が近づくにつれ、徐々に力を失っていき情けない姿を曝したようです。お陰で『羅刹』の者達は今が勝機とばかりに凄まじく士気を上げてしまったそうで…。更には、力の差故に『羅刹』の者達が逃げに徹していたのも災いしました。思いのほか、敵軍の被害は少なかったようで、精鋭揃いのタイガ様の兵でも士気と数の差で劣勢に陥っています」
そういうことか…
てゆうかキバ様、何やってんだよ…
本来、最強の手札である筈の魔王が、今はむしろ相手の士気向上に繋がっているとか、正直笑い話にもならない。
あれ、でもタイガさんは何故それを止めなかったのだろうか?
「そんな事が…。タイガ兄様はそれを止めなかったのか?」
同じように疑問を感じたリンカがソウガに尋ねる。
「それが、そもそも近付いただけで結界の効果が発揮されるなど、タイガ様どころか魔王様自信も知らなかったらしく…。リンカ様もご存じなかったでしょう?」
「…ああ」
成程…、キバ様自身も知らなかったって事なら、確かに防ぎようが無かったのかもしれない。
しかし、協定が結ばれ、結界を張られてから150年経つと言うのに、一度も近付かなかったのか…
「というわけでして、トーヤ様方には至急援軍に向かって貰いたいのです」
事情は分かった。しかし、このレイフ城の戦力には現在、援軍に裂けるほどの余力は存在していないのである。
先日の戦で、確かに戦力は増加した。しかし、組織的な強度についてはむしろ脆くなっていると言える。
確かにこちらは劇的とも言える勝利をした。そして、北の戦力の大半を取り込む事に成功している。
しかし、それは同時に80名、いや、グラ達を加えれば119名の新参者を抱えたという事になる。
119名というのは十分な戦力であり、いつでもレイフ城を落とす事の出来る人数だ。
例え反逆の可能性が低かろうが、それが出来る状態というのが不味いのだ。
リスクとなり得る要因に対して、常に解答を用意しておく事が、組織の安全を保つ基本だ。
魔界には内部統制なんてものは無いだろうが、リスク管理とはそういうものなのである。
「さっきも言ったが、今の状況はこっちとしても厳しい。しかし、西部の状況が逼迫しているのも理解できる…。こちらも出来る限り協力はするつもりだが、それが援軍でという事であれば、いくつか条件を出さざるを得ない」
「…それが皆様を集めた理由、ということですね」
「そうだ。その前に一つ確認させてくれ。恐らくだが、ソウガの口ぶりから察するに、これって命令じゃないんだろ? そうじゃなきゃさっさと強制だって言うだろうしな。違うか?」
「…ええ、その通りです。ただし、キバ様に万が一の事があっては元も子もありません。それは配下であるトーヤ様自身にも関わってくること。トーヤ様もそれは重々承知だと思いますが」
「ああ、わかっている」
これは命令ではない。しかし、状況だけ見れば半ば強制に近い。
ソウガは立場上命令こそしないが、その状況を盾に強迫していると言っても良い。
ただ、それはソウガの立場からすれば仕方ない事であり、ソウガを責める気は全くない。
ならば俺の仕事は、馬鹿正直に従うのではなく、いくらか譲歩させるかたちで話を進めることだ。
「援軍は出す。ただし、全軍を動かす事は無理だ。そもそもな話、うちの戦力は全部で200名程度なんだ。そこから援軍を出すとなると、動かせるとしても半分以下になる。当然、非戦闘員を徴兵する気も無い。つまり、多くても100人程度の援軍にしかならないが、そこは認めてもらいたい」
「それについては、トーヤ様が問題無いと判断されるのであれば平気でしょう。戦力が多いに越した事はありませんが、真に期待しているのはトーヤ様の左大将としての能力ですから。それに、援軍として派遣されるのは当然ながらトーヤ様達だけではありません。比較的安定している地域からも戦力を集めていますのでご安心を」
俺の参加を、さも当然として勘定しているな…
まあ、良いさ。その為にこの場を用意したのだから。
「それを聞いて安心した。しかし、人数以外にも問題点はある。特に俺を含め、いくらかの人材を遠征に参加させるには条件がある」
「条件…。それがルーベルト殿の件でしょうか?」
俺が何か言う前にソウガは察したらしい。流石だ。
「…ああ、さっきルーベルト殿自身が言っていたが、彼は配下でもなんでもなく、客人扱いなんだ。俺の配下じゃないのだから、当然連れて行く事は出来ない。しかし、その彼を残して戦力の半分以上を遠征させるなんて事も、当然ながら出来ない。一応契約上は俺達に危害を加えるような事は出来ないみたいだが、抜け道はあるし、安心できるようなものでもない」
チラリとルーベルトに目をやるが、フンと鼻をならしながらも、特に機嫌を損ねた様子は無い。
いや、最初から機嫌は損なっていたか…
「ふむ。成程、彼に対する保険、抑止力が必要というワケですか」
抑止力、という意味では正直誰が残っていようと無駄な気もするが、一応レイフとの通信妨害に対しては対策を練ってある。
その機能を最大限に活かせば、レイフ城はルーベルトと言えど簡単には抜けない要塞と化すのだ。
ただ、その機能を十全に発揮する為には、俺の存在が不可欠であり、それが出来ないとなると…
「…では、こうしましょう。トーヤ殿が遠征に出てる間、私がルーベルト殿の見張りも兼ねてこの城に留まりましょう」
「っ!? いいのか!?」
願っても無い話である。正直な所、俺が提示しようとしていた妥協案ですら不安があったのだ。
ソウガの実力については未知数だが、実力者である事は間違いない。いや、実力が見えないという点で、俺はむしろタイガさんよりもあるいは…とすら思っている。
「ええ、構いませんよ。前にも言いましたが、私はお飾りの最高責任者代理です。ある程度の判断は許されていますが、基本はキバ様やタイガ様の指示をそのまま伝えるのみの存在。代わろうと思えば誰でも代えが効きます。今回はご隠居気取りの指南役達にでも任せますので、そこはご心配なく。いざとなれば私も1時間程で戻れますしね」
想像通りとはいえ、言葉にして聞くと空恐ろしいものがある。
馬で片道4時間の距離を1時間て…
速度はもちろんだが、その速度で1時間走り続けるとか、車が存在したとしても要らないレベルだ。本当化け物だね。うん。
「あとは、そうですねぇ…。シュウ辺りを残して頂けるとこちらも少し楽になりますが、どうでしょうか?」
「あ、ああ、それはこっちから打診しようとしていたくらいだ」
俺がの妥協案が、口にせずとも理解されている。
まるで心を読まれているようで不安な気持ちに…、ならないな。意外と慣れてるしね…
とゆうか、俺にもこんな参謀が欲しくなってきたぞ?
「なっ!? ちょっと待て! また俺はお留守番か!?」
「…シュウ、話のまとめに入ろうとしているのに、相変わらず空気の読めない…。ではシュウ、私がここに留まる間、少し手合わせしてあげましょう。以前からしたがっていましたし、これでそうですか?」
「いいのか!? それなら全然かまわんぞ!」
また一つ課題がクリアされた。楽だなー、これ。
結局、会議はソウガが取り仕切る事でつつがなく進行し、それなりの落としどころでまとまった。
急を要する為、今からでも出立したい所だが、準備や引き継ぎも含めれば到底無理な話で、出立は明日正午と決まった。
それでも、時間的にはギリギリである。寝る間も惜しんで準備をせねばならないだろう…