第105話 励む者達
改稿済みです。
――――室内演習場
室内演習場では既に多くの兵士達が訓練に励んでいる。
いやはや、流石ソクである。
頼んだ翌日には完成してしまった室内演習場。
たった一日でレイフ城の半分以上を完成させたソクのことだから可能だとは思っていたが、想像以上の出来栄えに舌を巻く。
広さはレイフ城に匹敵する程であり、打ち込み用の木人や、対人戦用のフィールドなど、最低限の施設も用意されていた。
室内になったとはいえ寒いものは寒いのだが、風は凌げるし、より本格的に寒くなった時用に暖炉の設備もある。
しかも、ソクは頼んでもいないのに浴場まで作っていた。これは正直大変助かる。
レイフ城の大浴場は、レイフ城城郭内の集落に限らず、近隣の集落にも開放している。
しかし、先日の戦でその規模が増え、利用者も増加したため、若干手狭になっていた。
浴場が一つ増えたことで、その問題については大分緩和されるだろう。
また、農場の隣という立地も中々に良い。
レイフ城に来るより距離的に近い集落も多いし、訓練の合間に収穫の手伝いなどもし易いからだ。
元々この農場はソク達の住んでいた集落の跡地に作られたのだが、その際に必要なくなった家屋の解体を行っている。
その時に出た資材は、いつでも活用できるようにと倉庫に保管されていたのだが、それが今回の室内演習場設営に大いに役立ったそうだ。
「それにしても、何故ウチの朝稽古の人数が増えているんだ……?」
昨日まで、俺の近衛を除けばシア親子と子供達くらいしかいなかったというのに、何故だか今日は20人程参加者が増えている。
しかも、そのほとんどがハーフの者達のようだ。
先日の面接で全員の顔を見ているため恐らく間違いないと思うのだが、人数が人数だったこともあり実はあまり自信がない。
そもそも、他種族の顔を俺が正確に覚えられているか、大分怪しいところだ。
記憶の片隅に、外人は日本人の顔がみんな同じに見えるなどという情報が残っているが、まさにそんな状態なのかもしれない。
まあ、人数が増えること自体は問題ない。
これまでもゾノやソクといった部隊の者が数名参加していた実績もある。
ただ、20名というのは流石に初めてだ。
しかも、彼らは俺に、これから毎日参加したいと伝えてきた。一体何故……?
「おはようございます。トーヤ様」
「ん、ソクか。おはよう。早速だが使わせてもらってるよ」
「ええ、お役に立てたようで何よりでございます。それにしても、本日はいつにも増して賑やかですね?」
「そうなんだよ……。理由は全くわからないんだが……」
「ふむ」
ソクは少し考える素振りをして、稽古する彼らを見つめる。
「……あの二人、私の部隊の兵士でドウドとライドと言うのですが、恐らくは彼らが広めたのだと思います」
どうやら、ソクには思い当たることがあったらしい。
「そりゃまた何故?」
「実は先日、畑にシシ豚が侵入する事件が発生しまして……。それをシア……、いえ、恐らくはセシアが、見事に仕留めたようなのです」
「……それは、凄いと思うが、あまり素直に褒めたくない事件だな」
いくら弱い部類とはいえ、シシ豚も魔獣であることに変わりはなく、犠牲者が出ることも少なくないのだ。
いくら不可抗力な事故でも、セシアのような少女を戦わせるのは心情的に怖い。
「全くですな。丁度その際に警備していたのが彼ら二人で、セシアがシシ豚を仕留める瞬間を見ていたようです。恐らくはそれで闘仙流に興味を持ったのでしょう。ああ、ちなみに二人には侵入を許した罰として、この演習場の設営を手伝って頂きましたので、どうかご容赦を」
「直属の上司であるソクが赦したのなら問題ないさ。それについては、容易く侵入できる状態にしていた俺も悪いし、俺から責任を問うつもりはないよ」
しかしそうか……、そんなことがあったのか……
俺自身、兵士達、特に若い者達には、徐々に闘仙流を指導していきたいと考えていた。
実際は既に計画は進行しており、俺やスイセンさんがモデルケースとして戦闘することで、少しずつその実用性を広めていくというプランを取っていたのだが、どうにも受けが悪かった。
理由について尋ねてみたのだが、どうも兵士の多くは、俺もスイセンさんも特別な存在であり、強者であるなどと勘違いしている節があるらしい。
彼らの言い分では、そんな俺達と同じやり方で強くなれるとは思えない、だとさ。
そんなことないと言っても聞いてくれやしない。
それが今回の件で、通常であれば大の大人4人がかりで仕留めるのが普通であるシシ豚を、弱者の代表とすら言えるオークの少女が、一人で仕留められるという実例を見てしまった。
目の当たりにした二人が、セシアの技に興味を持つのは必然と言えるかもしれない。
……今回の事件については今後厳重な注意が必要だが、口コミでここまで広がったのであれば相当な宣伝効果である。
彼らが闘仙流を修め、戦場で活躍すればそれはさらに広がるだろうし、なんだか少しワクワクしてきた。
「彼らは若いし、物覚えも良いでしょう。私もあと10年、いや20年若ければ……」
「いやいや、ソクはこの前見た感じ、結構わかってたと思うが?」
「それは……、私が術者だからでしょうな。多少の魔力の動きであれば昔から意識していましたので。でも、そうでなければこの流派の神髄に至ることはできないでしょう……」
「それは……、そうなのか?」
「シアを見ればわかるでしょう。彼女は私よりも10は若いですが、技術の伸びは娘のセシアより遥かに劣る。それは魔力の流れを感じる、感受性のようなものが足りないからだと思います。まあもちろん、護身用としては十分なのですが、トーヤ様達程に使いこなすのは難しいかと」
……確かに、思い当たる節はある。
感覚に左右されやすい技術、例えば音楽や芸術、踊りのようなものは、習う年齢が早ければ早い程身に付きやすい。
例外は存在するが、一流と呼べるほとんどの者が、若い頃からそういった分野に関わっている。
闘仙流も感覚を重視する流派だ。そう言った面では共通点が多い。
「我々の扱う術も、老いてからでは身に付きませんしね。その点で言えば彼らは最年長でも16歳。ギリギリかもしれませんが、恐らくは問題なく理解できるようになると思いますよ」
「……だといいな」
「ええ。……さて、私も負けていられませんので、他の者達と訓練にいきます。彼らのことはどうか宜しくお願いします」
「ああ、任せてくれ。あ、あとソク、見回りの連中に農場の柵の強化を……」
「それでしたら先日の内に済ませてありますよ。では、失礼致します」
全く。頼もしい限りだな。
……さて、俺も頑張るとしますか。