第104話 若き者達
改稿済です。
――――レイフ城・外部演習場
闘仙流の朝稽古は、日の出と共に始まる。
季節は下季、日本の四季で言うところの冬にあたる時期だ。
この時期の早朝ともなれば、それはもう寒い。寒すぎる。
だと言うのに、今日も子供達は元気に稽古に励んでいた。
その元気な姿を見ているだけで、自分も元気になっていくような気がするので不思議なものである。
とはいえ、そろそろこの朝稽古を外で続けるのは厳しい。
かと言って、地下演習場はこの前の人員増加の影響で混みあっているので、正直避けたい所だ。
俺が使いたいと言えば彼らは快く場所を譲ってくれるだろうが、それは少し嫌な感じがする。
同じように、今回の戦で新たに仲間に加わった者達も、自分達から使わせろとは言い辛いだろう。
現に今も、地下が使えずに仕方なく外部演習場を使っている者を少なからず見かける。
(しかし、こんな早朝から、皆やる気あるなぁ……。もしかしたら、俺達が早朝から訓練しているもんだから、変にプレッシャーを感じているのか? まあ、いずれにしてもこの状況は、彼らのやる気に水を差すようで悪いな……。後でソクに相談しよう)
実際の所は好んで外部演習場を使っている者も多いのだが、天候に左右されることもあるし、早急に手を打っておいた方が良いだろう。
そんなことを考えていると、タイミング良くソク達の部隊が演習場に入ってきた。
「おーい! ソク! ちょっと相談があるんだがいいか?」
◇ドウド
俺の名はドウド、トロールとハイオークの混血種だ。
かつてレイフの森北部で幹部を務めていたドーラ、もしくはその配下であるハイオーク達の誰かが俺の父にあたる存在だ。
ドーラも含めたハイオーク達は、先日の戦で全て討たれたらしい。
らしいというのは、俺はその時、アギというもう一人の幹部の部隊に組み込まれていた為、伝え聞いただけに過ぎないからだ。
別に、誰かも特定できない父が死んだところで、思うことは何もない。いや、むしろ喜ばしいくらいかもしれない。
何しろ俺を含め、北に居たオークの混血種は、攫ってきた女から産まれ奴隷として育ってきた者ばかりなのだ。
特に俺のような最古参の者は、グラ達が現れる以前からドーラ達にこき使われていたため、憎しみもより深いものとなっている。
だから、この件に関してはここの連中に感謝こそすれ、恨みなど一切ないと言える。
しかし、現状には些か不服な点もある。
まずはこの部隊についてだ。この部隊の隊長は、ソクというオークが務めている。
正直、俺にはこのオークが部隊長を務めるほどの器ではないと思っている。
もちろん、新参者の俺が上に立とうなんて気は全くないが、自分より劣る者の下につくのは、やはり少し抵抗がある。
以前自分の上に立っていたアギは、はっきり言って知性の欠片もない屑であったが、実力だけは確かなものであった。
(どうせなら、あのアギを容易く葬ったガウというトロールの部隊が良かったんだがな……)
あの一戦でのガウの雄姿を思い出すと、今でも体が疼く。
この疼きは、俺に流れるトロールの血のせいもあるだろう。
しかし、それだけとは思えない。それ程に、あのガウという戦士に畏敬の念を抱いているのだと思う。
(……まあ、現状は我慢だ。この部隊を踏み台とし、いずれはガウ殿の部下、いや、ガウ殿と肩を並べる存在になってみせる!)
「おい……、今日もやってるぜ」
と、そんなことを考えていると、同じトロールの混血種であるライドが声をかけてきた。
その視線の方向には、この城の城主トーヤ殿とその近衛兵、そして子供達が怪しげな踊りをしている。
「……またか。随分と気楽なもんだな」
不服な点のもう一つが、あのトーヤ殿のことだ。
はっきり言って俺は、あのガウ殿の上に立つ者がどれ程の存在なのかと、非常に期待していたのである。
それがまさか、あんな子守が趣味のような優男などとは思ってもみなかった。
今行っている怪しい踊りに関しても、何のためにやっているのか、さっぱりだ。
全く、この軍は本当に大丈夫なのだろうか?
――――午後
訓練以外の俺達の仕事は、主に見回りである。
この森には多くの魔獣が住み着いているため、魔獣対策は必須だ。
特に、城郭周辺には多くの罠をしかけ、厳重な警備体制をとっている。
しかし、畑などの農地については、城郭程強固な守りを築くワケにもいかないため、俺達戦士が定期的に見回りをし、警戒しているのであった。
「それにしても、この様子じゃ今日も何もなさそうだな……」
愚痴るライドの気持ちもわからなくはない。
先日の戦で、ここら一帯の魔獣については粗方狩りつくしたのだ。
はっきり言って、しばらくの間はこうして見回りすること自体、あまり意味の無いことのように思える。
「はぁ……。少し休憩しようぜ? 疲れちゃいないけど、こうも何もないと精神的にだるいわ……」
「……そうだな。そうするか」
俺自身も、正直見回りには飽きがきていた。
だからこそライドの提案に乗り、手ごろな石に腰かけようとする。
異変に気付いたのはその瞬間だった。
僅かに視点を下げたことで、畑の中でオークの少女がしゃがみこみ、何かをしていることに気付く。
それだけなら、別に珍しいことではなかった。
子どもが親に付いて畑の収穫に来ることなど、よくあることである。。
しかし、問題はその少女の向こう……森の中にあった。
一匹の魔獣――シシ豚が、今にも飛び出すような姿勢を取っていたのであった。
(まずい!)
「ライド!」
「ん……? ってやべぇ!」
俺の視線を追い、ライドも事態の気づく。
俺は既に駆け出しているが、駄目だ! 間に合わん!
シシ豚は、既に少女目がけて突進を開始していた。
魔獣の中では鈍足とはいえ、シシ豚も魔獣であることには変わりない。
その速度は、通常の亜人を遥かに凌ぐものであった。
警戒を怠ったことが悔やまれる。
その結果、一人の少女が命を散らすことに……
(済まな………………、え?)
一瞬何が起こったのか、俺には理解できなかった。
脳裏に浮かんだのはシシ豚に轢かれ、無残にその身を引き裂かれる少女。
しかし、現実は違っていた。
「とう!」
シシ豚と少女がぶつかったと思った瞬間、宙を舞ったのはシシ豚の方であった。
何かに躓いたような吹き飛び方をしたシシ豚は、そのまま畑を飛び越して地面でピクピクしている。
(あれは……、首が折れている……?)
よく見ると、シシ豚の首は体からズレるように少し曲がっていた。
生命力の強いシシ豚だからこそしぶとく生きているが、完全に致命傷である。
「ちょっとセシア! 先に行っちゃ駄目って言って……、ってコレ、どうしたの!?」
「やっつけた! なんかね、すごい勢いでガーッ! って来たの!」
俺もライドも、その光景を見て完全に停止していたが、母親の登場でようやく現実に引きも出される。
「す、すまない! 俺達がそいつを見落としたばかりに!」
少女の母親らしきオークの女性も、俺達の存在に気付いて状況を察したようだ。
「見回りの方ですね。お疲れ様です。正直驚きましたが、娘が無事だったので良かったです……」
「本当に、申し訳ない! 今後は絶対にこんなことにならないように注意するんで!」
「まあまあ、お二人ともお若いのでしょう? 若い時は失敗がつきものです。幸い何事もなかったのですから、この幸運を大事にして、これからも頑張ってくださいな」
確かに、俺達は若い。
しかし、少女の命がかかっていたのだ。そんなことは言い訳にはならない。
だというのに、この女性は俺達の失態を許し、励ましてくれている。
なんとできた人物なのだろうか。
「幸運じゃないよ! セシアの実力だもん! とーせんりゅーは凄いんだから!」
「そうね。やっぱりトーヤ様には感謝しなくちゃね」
「うん!」
とーせんりゅー? さっきの技のことか?
そういえばこの少女、そしてこの女性は今朝も外部演習場で見かけた。
トーヤ殿と一緒に、あの怪しげな踊りをしていたはずだが、まさか……
「あの、とーせんりゅーとは?」
「あら? そういえば、貴方達は新しく入った方々かしら? 闘仙流は、トーヤ様が考案した新しい武術らしいですよ? 私達も毎朝特訓してるんです。今日はその技が娘を救ってくれたようですし、本当に素晴らしい武術だと思いますよ」
やはり、そういうことか……
まさかあの踊りが、武術の類だったとは……
「おや? ドウドとライドですか? どうした……っと、シシ豚ですか」
「ソク隊長! ……すみません! 魔獣の侵入を許してしまいました!」
「なるほど、そういうことですか……。シア? 大丈夫だったのですか?」
「ええ、これでも私、トーヤ様に武術を習っているのですからね」
そう言ってシアさんは、娘の口を塞いで俺達に笑顔を向ける。
娘のことは言うなということか……
何から何まで、申し訳ない気持ちで一杯になる。
「……そうですか。まあ二人とも若いので、失敗することもあるでしょう。ただ、失敗は失敗ですからね……」
ソク隊長は、恐らくこの状況を正確に察していると思われた。
俺は、厳重な処罰が下ることも覚悟する。
「まあ丁度良かったです。これから、ここに場内演習場を建てるつもりなのです。二人にはそれを手伝って貰いましょうか」
「……え? そ、それだけでいいのですか?」
「ええ。ただ、今日一日で完成させる予定なので、それなりに忙しいですよ?」
「今日一日!? 規模にもよりますが、そんなこと無理に決まって……」
「無理ということはありませんよ。ひな形を生成するだけなら、一刻もかかりませんよ?」
この男が何を言っているのか、俺にはさっぱり理解できなかった。
しかしその数分後、俺はその発言が決して嘘でも冗談でもなかったことを理解することとなる。
今日一日で、思い知ってしまった。
俺の認識が、どれだけ大きく間違っていたかということを……