少し変わる朝
globeさんの「FACE」を聞いて書いてます。
独自解釈とも言えるモノですので、苦手な方はお引き取り下さい。
尚、閲覧後の苦情等は受け付けません。
耳障りな目覚ましが、起きろと叫ぶ。カーテンの隙間から見える朝日に爽やかさも希望も見いだせないままベッドから下りれば、狙いすましていたかのように携帯が鳴った。
「――はい、はい。では、そのように……」
寝ぼけた声を誤魔化すように手短に話を終わらせ、着古したスーツに袖を通せば、何の変哲もない日常が始まった。
「それでね……」
「あ~、宿題やってない」
「テストあるらしいぜ?」
「まじかよ! サボりてぇ~」
「バイト先の店長がさぁ……」
足早にロータリーを駆け抜ければ、耳に届く学生達の声。あのくらいの年の頃、自分も似たような会話をしていたなと懐かしく思う。本人達にとっては重要な会話でも、社会人からしてみれば、守られているから話せること。制服を脱ぎ捨て、代わりに袖を通す物がスーツや作業着になれば、守ってくれるモノはほとんど無い。
「今を楽しむって大切なことだな」
ぼんやりと呟けば、また携帯が鳴った。目を通せば不躾な内容のメール。時間と場所しか書かれていない、こちらの都合なんて考えないそれに返信なんてしない。黙々と足を動かし、頭を下げ、つまらない会話に愛想笑いをして、時間が過ぎるのを待つ。
「お疲れ様でした」
定時無視のサービス残業を終えて、外へと出る。今日、最後に見たのは暮色に染まりかけている空だった。
「見る影もないってこのことだな」
頭に浮かんだ言葉を呟きつつ、星も月も見えない真っ黒な空を見上げた。子供の頃はそれが怖くて、学生の頃は隣を歩く人と少しでも長くいられる方法を探して気づかなかったそれに、「大人」と一纏めにされるようになった私は息を吐いた。
「なにしてるんだろう」
やりたいことは本当にこれだった? 望んだ未来は? 子供の頃の夢は? いつ諦めた? いつ叶える?
虚無感とその隙間から顔を覗かせる何ともしがたい……もう少ししたら「情熱」というモノに姿を変えそうな衝動を、溜息で誤魔化す。たくさんの人の波の中、足を止めれば迷惑がられるけれど、何故足が止まったのか理由を尋ねるような人はいない。自分だってそうだ。
「大人だから」
呟いて、頭の中で響く理不尽なクレームを打ち消す。ついでに、泣きたくなる思いも誰かに八つ当たりしたい衝動も忘れたことにする。男だろうと女だろうと、泣くし喚く。けど、そんなことしても、今の私のこの感情がどうにかなるわけがない。
色々な思いを無視する為に視線落として、機械的に足を動かせば、見慣れた横顔が見えた。
甘い恋人同士のように「ごめん」や「待った?」なんて声を掛けることはしない。抱きつくなんてありえない。そんな時間は、とっくに私達の中を通り過ぎた。
「こんばんは」
「ああ」
言葉少なに挨拶をして、二人並んで歩き出す。お洒落なレストランにも、小洒落たバーにも入らない。行き先は――
「片付いてるな」
「まぁ、一応」
褒め言葉にもならない言葉に相槌を打って、適当に食事を作る。無愛想な恋人がソファーに沈んでいるのを横目に配膳を済ませれば、不意に視界に入った鏡に私と彼が映っていた。
お互いに疲れを隠した顔、別にそれが悪いとは思わない。この理不尽な人の波と情報の山をきちんと歩いた証拠だから。初めて社会人となったあの時より、二人共成長している。
「ん」
食事も片付けも終えて、のんびりとテレビを見ていれば、僅かに開けられた彼の左隣。そこに座ってもたれかかれば、心地いい体温が伝わってくる。何故か心地良い沈黙が続く。
付き合いたての頃、痛くなるような鼓動や彼の顔を見ることが恥ずかしかった。何となく会いたくなって、公園にいる君に会いに行った事もあった。「散歩してたらついた」と嘘を言って……何もかも懐かしい。月が明るくて、お互いに照れて……今とは違う沈黙と離れたくないって思いが二人の中にあったあの時は、同じ道を、場所をぐるぐる回っていても苦じゃなかった。
(気づいて欲しい)
言葉が少なくなっても、付き合いたての頃のように甘い時間じゃ無くなっても……私があなたに恋をしているのを。
目覚めたらいなくなっていそうで、こうして一緒にまどろんだまま、時が止まってしまえばいいと思うことがある。けれど。
そんなことはありえない。
分かっているから、伝わってくる体温が無くならないように祈りながら、目を閉じる。素直に甘える事も、思いを伝える事もできない。気づいて欲しいと願いながら、変われる朝が来るのを待つ。
「じゃぁ」
変われない朝、何も知らない太陽に全てを任せてしまえればいいのにと空を見上げながら、後ろで玄関の扉が開いた音を聞いた。残された言葉が、耳の奥で響く。
お互いに見せ切れていない傷や癒やしきれなかった痛みを分けあって、傷を舐め合うふりをして……何もなかったように迎えた今日もまた、理不尽な人波と情報の山に呑まれていく。
「行ってきます」
誰もいない部屋に響く声。冷たいくせに温かい玄関の閉まる音が、無愛想な恋人の姿に重なった。
賑やかな学生達の声、楽しいことがあると信じて疑わない小さな子どもの声を聞きながら、私は昨日と同じように一人、急ぎ足で駆け抜けていく。
リクエストを頂き書いてみました。
リクエストを下さったmitsu様、有難う御座います。