6:ブルーベリーチョコレートタルト
ようやく卯月に神谷先生のことを話せたのは、2月にはいってすぐの休みの日だった。
「へええ~、神谷先生やるじゃないの。で、竹倉はどうするの」
「……どうしていいのか、分かんない」
「ふーん。ねえ、なんか前に見た映画みたいよね。ほら、失恋したヒロインが旅に出て立ち直って、戻ってまた恋をするって言う内容の。
浮気をして彼女を捨てた元彼よりも、旅に出た彼女をずっと待ってくれてるカフェのオーナーのほうが断然いい男で、待ってる男があんな素敵だなんて羨ましいって話したことがあったじゃない」
「あー、そういえばそんな映画見たね」
「浮気をした元彼はあのバカ男で、カフェのオーナーが神谷先生……ぴったりじゃん!!」
自分の思いつきに興奮気味の卯月に、神谷先生に言われて旅先からメール出してましたなんて言おうものならますます映画のようだとテンションが上がってしまうだろう……なんか、とてもじゃないけど言えない。
「松岡、いくらなんでもそれはちょっと強引じゃ」
「強引でもなんでもいいの。よかったー、竹倉の次の恋が、あのしょぼい男より何もかも500倍はマシ……いやいや比べるのも失礼な相手で」
「だーかーらー。まだどうしていいのか分からないんだよ……自分が恋愛に向いているのかどうかも最近怪しくて」
「確かにあれは相当ヘビーな体験だろうってのは私も想像がつくよ。でも竹倉、神谷先生はあのバカと同じに見える?」
「それはない」
うん、それだけは断言できる。先生の担当になって仕事ぶりや森川編集長や蒼葉先生とのやりとりを見てきたけれど、違うってことは分かってる。
「分かってるじゃない。まあ、結論は自分で出すものだしね。ところでもうすぐバレンタインだし、先生にチョコあげれば?」
「毎年、先生あてに結構な量のチョコが届くから別に私があげなくても差し入れで充分賄えるよ。だいたい昨年もあげてないのに、今年からあげたら変じゃない」
私がそういうと、なぜか松岡はものすごく残念そうな目で私を見た。
神谷先生はお酒も飲むが甘党でもある。これはよく巻末やエッセーにも書かれているのでファンの間では結構知られている。
そのためバレンタインデーが近くなるとミステリー編集部に神谷先生あてのチョコレートが贈られてきて私はそれを差し入れとして先生にわたしている。
もっとも先生は毎年「俺あてじゃなくて、キャラクター宛だろう」といいつつキャラの代わりにチョコを食べている。
先生は分かってない。百歩譲ってメインキャラクターであるアラフォー独身の大学教授宛がほとんどだとしても、先生個人のファンだって結構いるとおもうんだよね。
それにしても卯月、人のこと残念な感じで見て・・・そんなに先生にチョコをあげてないのがよくなかったのかなあ。それとも今年はいつもと違うことをしてみてもいいんだろうか。
先生は、私の持っている複数の袋を見て中身を察したようだった。
「先生、今年もチョコをいただきましたよ。ありがたいですね」
「そうだな~。ありがたいよなあ。袋持つよ」
「ありがとうございます。それでは大きい袋をお願いします」
「そっちの小さいのはいいのか?」
「はい。これは軽いですから。先生、原稿はいかがですか?」
「まあまあだな。今から竹倉も一緒に休憩な」
そう言うと、先生は私に椅子をすすめる。いつもなら素直に座るけど、今日は少しだけ違う。私はテーブルの上に小さい袋を置いた。
「先生、先ほどのチョコとは別にこちらも持ってきました」
「お、そうなのか?」
「はい。私からなんですけど、ブルーベリーチョコタルトです。先生からのアドバイスには本当に感謝しているので……先生?」
先生は私の話を聞いているのかいないのか、テーブルの上の小さい袋をなぜか凝視している。
「もしかしてブルーベリーはお嫌いでしたか?」
「い、いや。そうじゃなくて……ようやく今年もらえたんだなあ、俺」
「はい?」
今度はちょっと感動している先生をみて戸惑う。そりゃこれを買ったケーキ屋は美味しいけどさ。
「今まで竹倉から本命は当たり前だけど、義理ももらえなかったからなあ・・・俺、うれしいよ」
「先生、うちの会社は義理チョコ禁止です」
「……あのな、俺は好きな女性からのチョコ1つだけで充分満足できる人間なの。チョコタルトだから、チョコ扱いでいいよな?」
そこではっと気づく。
「あ、あくまで感謝です、感謝」
「いいよ。今は感謝でも。そのうち、な?」
先生は私をどきどきさせて楽しんでいるみたい。