2:休暇を終えて
長期休暇を終えて会社に出社し、迷惑をかけた同僚や関係部署に挨拶ついでにお土産を手渡す。こういうちょっとしたことの積み重ねがあとで互いに気持ちよく仕事ができる潤滑油になる。
長期休暇の理由を知っている同僚たちは、私がいつもどおりでいるのが分かると一様にホッとしているようだった。
まあ、あれは確かに今後の人生では二度と味わいたくない経験だった。私も呆然としたし、家族も激怒していたけど、怒り狂っていたのはもう一人。高校時代からの親友、清崎卯月だ。
そもそも彼との出会いは卯月に連れて行かれた合コンだ。自分が紹介したようなものだと本人はいたく責任を感じており“あの男が今度私の前に顔を出したらボッコボコにしてやる!!”と息巻いていたのを、私が必死に止めたのだ。
「松岡、落ち着いて。相手の女性は妊娠してるっていうし……しょうがないじゃない」
「竹倉、あんたは人がよすぎ!!これが怒らずにいられるかっての!!」
高校時代からのくせで、どうしても卯月に対しては旧姓になってしまう。昔から責任感が強く友達思いだから、今回彼がやらかしたことは卯月にとっては“最も許し難い部類”の行為だった。
まあ、それでも私と旦那さんでなんとかなだめられたからいいけど、旅行から戻って卯月の家にお土産を持って行ったら卯月がうふふふふと実に黒い笑みを浮かべていた。
「松岡、笑顔が怖いよ」
「竹倉、あのバカ男は左遷だって」
「へ?!」
「あのとき、彼の上司やら同僚やらがいたでしょう。それまで結構重要なプロジェクトとかに参加してたんだけど、あの騒動がきっかけでヤツはプロジェクトから外されたんですってー♪まさに自業自得よね」
「うわー……そうなんだ」
びっくりしたけど、私も聖人じゃないので、松岡の“自業自得”に激しく同意だ。
「だから竹倉!あんたのすることはさっさと忘れて次に行くことだよ。いいわね」
そう言って、卯月は私にはっぱをかけたのだった。次に行く……もし私が次に恋愛をするときには、考慮しなくてはいけない人がいる。
「竹倉さん、どうした?」
心配そうに隣の席の人から声をかけられて、私はあわてて笑ってごまかし席を立った。
皆の予定はパソコンで閲覧できるとはいえ、編集長の“ぱっと見て分かりやすいだろ”の一言で、うちの部署ではいまだに行動表が現役で使用されている。
予定表に「神谷先生宅。打ち合わせ」と書き込み、私はバッグに必要なものを入れて会社を出た。
午前中にうかがう時間を伝えたときは、いつもの神谷先生で内心ホッとした。でも今日は思わぬ告白をうけてから初めて顔を合わせる日だ。緊張しちゃうけど、どうか先生には見抜かれませんように。