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1:波乱と混乱の後に

 灯の旅行や神谷先生とのやりとりを詳しく見たい方は「一擲千金いってきせんきんの効用(バカンスでザンス企画)」をご覧ください。

 やっぱり、こういうときだけ神様の前で誓うのがよくなかったんだろうか……いや、そんなこと言ったら全国で結婚式をするほとんどのカップルがよろしくないことになってしまう。

「こんな昼ドラみたいなことってあるのね」

 新婦専用の控え室で、椅子に座っていた私はぼんやりと頭の中で浮かんだことを口にした。部屋に用意されたハンガースタンドに吊るされているのはウェディングドレス。ついさっきまで私が着ていたものだった。



 私と彼がチャペルで誓いの言葉を言おうとしたそのとき、扉が開いて入ってきたのは取り乱した様子の若い女性だった。私たちの式は親族のみで、彼女は私が招待した親族ではないし互いに親族紹介をしたときにも彼女はいなかった。

 もしかして披露宴には友人や会社の同僚を招待しているので時間を間違えてしまったお客様だろうか。

「あの人はあなたの知り合い?」

「え……」

 その間にも彼女は、係員の制止を振り切りバージンロードをつかつかと歩いて私たちの前に来て、彼を潤んだ瞳で見つめたあとに私のほうに敵意満載の視線を向けてきた。

「あなたが彼の奥さんになるひとですか?」

「そうですけど、あなたは?」

「私は彼と同じ会社の後輩で、彼とつきあって1年になります。私のおなかには彼の子供がいるんです。お願い、彼と別れて!!」

 そこから先は修羅場の一言。爆弾発言をした女性はすぐに係員と警備員と共に別室へ。式は当然中止で、私たちは係員の誘導で応接室に移動した。

 新婦の私はドレスを着たまま黙って座っていた。なんと言ったらいいのか……つきあって1年って言ってたな……ということは、交際期間の一部は二股をかけられていたのか……それにしても妊娠て。“子供はいてもいなくてもいいよ”って言ってたくせに……ふん、頭と下半身は別ってことか。

 彼の両親と彼は、私たちに土下座をしそうな勢いで謝罪している。両親と姉夫婦は新郎を恐ろしく冷たい目で見据えていた。もちろん双方の親族は皆困惑顔。

 ここは泣いたほうがいいのかな……なんか涙が出ない。彼を罵ったほうがいいのかな……だめだ、罵る気力がない。要は、顔面蒼白になりながら言い訳しつつ謝罪しまくっている彼に対して、私は何もしたくないのだ。

 ここにいたくないな。一人になりたい。このドレスを脱ぎたい。

 私は近くにいた姉の袖をちょっと引っ張った。

「灯、どうしたの?」

 私の動作に姉だけではなく、皆が一斉に私を見た。

「お姉ちゃん、私着替えに行きたい。もうドレス着ている必要がないよね?」

 姉は私の顔をじっと見ると、わかったという顔で頷いた。

「そうね。ドレスはもう着ている必要がない。灯、控え室に行こうか。お父さん、お母さん、あなた、この場は任せたわよ。それではちょっと失礼します」

 姉はそういうと、立ち上がった私を支えるように部屋を出た。

 その後、披露宴に招待していた上司である森川編集長や同僚たちは驚きながらも、事情を話すと何も考えられない私の分まで呆れ、怒っていた。



 そして、現在。出勤して同僚たちにも結婚休暇を返上することを淡々と話し、私の日常は興味津々な一部の同僚たちの視線を浴びてはいたものの、以前と同じ。

 さっきまで私の部屋を訪れていた両親と姉が話してくれたところによると、本当にあの女性は彼の子供を妊娠していること。彼の言い分は「私の仕事が忙しくてすれ違いが多かったときに食事に誘われてからずるずると」という実に姑息かつバカでありがちだったこと。

 挙式にかかった費用はもちろん彼側の全負担、新郎と相手の女性は私に慰謝料を払うこと……などがすごい勢いで決まったらしい。

 ここまでスムーズにいったのは相手側が全面的に有責だったからだそうで、彼よりも彼の両親が憔悴していたそうだ。

 彼がこれからどうするのかは、私の知ったことではない。ただ……ちょっと扱いに困るものが私の目の前に置かれている。

 両親と姉が「これは灯への慰謝料だそうだ。もらっておきなさい」と置いていった250万円。

 さて、どうしようか。普通はこんな大金をもらってしまったら貯金するのが堅実なんだろうけど……この先、通帳でこの金額をみるたびに思い出してしまいそうでちょっとやだ。

 どうせならぱーっと使いたいけど、悲しいかな使い道が思いつかない。うーん……私の知り合いで大金を使うことに慣れていそうな人に聞こう……そう思ったときに頭に浮かんだのは私が現在担当しているミステリー作家の神谷先生だった。

 その後、先生のアドバイスで私は行ってみたかったローマ・バルセロナ・ロンドンへ一人旅。いつもよりちょっと豪華なホテルに泊まり、ビジネスクラスで往復。 ロンドンから帰ってくる頃、私はどうにか気持ちを立て直すことが出来たけれど……まさか神谷先生から口説かれるとは思っていなかった。


-仕事を抜きにして俺とのことを考えてみないか?-

 否定しようと思えばすぐ出来たはずなのに、どうやら時は私に安寧を与えてくれるだけじゃなくて違うものも用意していたらしい。

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