16:後輩と部下
森川編集長視点です
傍から見ると何も変化がないようなことでも、ちょっとしたところから変化に気づくことがある。例えば俺の後輩・神谷宗佐と俺の部下・竹倉灯。 どうやらつきあっているのを隠しているようだが…ふふん、俺様の眼力をあなどるなかれ。
それにしてもだ。俺が2人を会わせなかったらそういう風にならなかったわけで。俺ってもしかして縁結びの才能でもあるのかも。あの2人、少しは仕事以外の話をしてるんだろうか。竹倉にはとても聞けないので、宗佐にでも聞くか。
思い立ったが吉日ということで俺は宗佐に連絡をとった。
「宗佐。おまえ、竹倉とようやく恋人同士になれてよかったな」
俺の言葉に酒を噴出しそうになった有名作家はかろうじてこらえた。
「森川先輩、何をやぶからぼうに」
「おまえさあ、俺をごまかせるなんて本当に思ってたのか?お前と竹倉のちょっとした変化なんて、お見通しだ」
「いずれ先輩には言おうと思っていたんですよ。彼女の仕事のこともありますし」
うちの会社は特に社内恋愛を禁じてもいないし、作家と編集者のカップルなんてのも許容されている。ただ結婚となると、編集者は異動を命じられるのが決まりだ。
なんでもその昔、作家と編集者で結婚したときに仲がいいうちはよかったが次第に不仲になっていき、それまでの作風が変わってしまったばかりでなく作品の質も落ちたことがあったらしい。作風が変わるのは別に悪いとは思わない。でも、作品の質が落ちるのは困る。
まあ確かに不仲の私生活パートナーが担当編集者ってストレスたまるよな。
「ふーんお前、結婚する気があるんだな」
「当たり前じゃないですか」
「それ、俺じゃなくて竹倉に言えよ」
「…そのうち言います。それに俺も今はまだ彼女以外の担当は困ります」
こいつ、さらっとのろけたよ……でもまあ、最初の結婚が微妙だったから後輩の幸せそうな姿は嬉しいものだ。
2人の結婚が決まったら宗佐にぴったりの担当を見つけてやろう。俺は眼をつけている何人かの顔を思い浮かべた。
その後、宗佐から報告された(本当は誘導尋問だが)と竹倉に話をふると、少しだけ顔を赤らめたあと、なぜか表情を引き締めて俺を見た。
「確かに付き合ってはいますけど、仕事は公私混同をしているつもりはありません」
「ああ、それは分かってる。竹倉、以前より人を見る目が肥えたじゃないか」
「はい、私もそう思います」
うれしげに、でも迷いのない口調できっぱりという竹倉。またもや、さらっとのろけられてしまった。
それから1年近くたったある日。俺は文芸の編集長である春田から呼び止められた。彼女はパワフルな性格の持ち主で、猪突猛進なところがあるが実に頼れるやつだ。
「森川くん、相談したいことがあるんだけど今から話せる?」
「なんだ、俺の素晴らしいアドバイスが必要な事態があるのか」
「一度、その頭の中をのぞいてみたいもんだわね。仕事の相談以外になにがあるのよ」
俺と彼女は同期だが、今まで一度も口で彼女に勝てたためしがない。でも彼女と無駄口をたたきあうのは楽しいから、ついついふざけたことを言っちゃうんだよなあ。
「いいよ。今日は特に会議も急ぎの仕事もないし」
「それなら、うちの会議室で話しましょう。ほら、さっさと行くわよ」
「はいはい」
今の状況を例えるなら、女王様と従者…似合いすぎてシャレにならない。
文芸は皆出払っているらしく、残っているのは春田だけらしい。それにしてもここの会議室はいつ来ても整然としている。
「それで相談なんだけど。実は、うちの木ノ瀬くんと瀬戸先生が結婚することになったのよ」
間違いなく木ノ瀬から押したんだろうな~。何しろ瀬戸は自分の恋愛沙汰に鈍い。
「それはめでたいな。よく今まで隠し通したな。木ノ瀬くん、たいしたもんだ」
「まあ木ノ瀬くんだからね。そうなると彼は異動でしょ。そこで森川くんに提案があるのよね」
あ、なんか春田が言いたいことがわかった。
「木ノ瀬くんと竹倉さん、トレードしない?もともと彼女、瀬戸先生の担当だったし今でも気心しれてるみたいだしね。それとも、神谷先生が文句いうかしら」
「……ほんと察しいいよね」
「実際に見かけただけよ。社内の根回しは任せてね」
そう言った春田がふふっと笑う。
そして、俺が宗佐の説得をすることにいつの間にか決まっていた。




