プロローグ:将来を決めた日
それは、まだ将来なんてぼんやりしていた高2の春だった。
「竹倉、これ読んでみ」
図書委員でミステリー好きの親友・松岡が鼻息も荒くすすめてくれたのは“神谷 宗佐”という知らない名前が書かれたハードブックだった。
「かみや、そうさ……誰」
「ちがーう!“かみや そうすけ”!!K大ミステリー同好会出身の新進ミステリー作家なんだけどさ、在学中にデビューして今年のミステリー大賞は確実と言われてる作家なのよう。だから竹倉、先物買いだと思って読んでみ」
「松岡~、私は海外ミステリーのほうが好きなんだけど」
「いいものに海外も国内もある?それにね竹倉、著者近影を見てみなさいって」
あんまり松岡がうるさいので、私はカバーに載っている“著者近影”を見た。
そこに写っていたのは、ラフな感じなんだけど眼鏡をかけた顔がとても知性的で、だからといって冷たそうではなく温かみのある男性だった……要するに、ちょっとだけ好みのタイプだったのだ。
「どうよ~。おっさんくさくもないし、おごった感じでもないし、普通に雰囲気がいいでしょ?既婚者なのが残念なんだけどさ、まあ作品には関係ないからそれはいいや。
彼の作品は込み入ったプロットと事件によって起こる人間関係の波紋が実にいいバランスで書かれていて、再読に耐えられる作品が多いのよ。とにかく、私としては神谷作品の特別コーナーを作ってでも推したいわけ」
「わ、わかったよ。じゃあ何から読んでみればいい?」
「だからこれ!デビュー作から順繰りに読んでいくのがおすすめ!!」
松岡がここまで勧めるなんて、よっぽど面白いんだろう。私は差し出された「虹の行方」を受け取った。
……そしてハマってしまったのだ。松岡に「ね?面白かったでしょ」とドヤ顔されてしまったのはちょっと面白くなかったが。
それからの私は松岡とともに神谷先生の作品を読み続けた。そのうち本編だけじゃなくて後書きも楽しみにするようになった。ちょっと笑っちゃう後書きに必ず“担当の森川先輩”が登場するのだけど、決して貶めたりするものではなく“森川先輩”への感謝の気持ちがあふれているその文章を見て、私は編集者という仕事に興味を持った。
高2の春、私のなかで大げさだけど人生が動いた。