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13:神谷先生と食事

 打合せを兼ねて神谷先生が会社へやってきて、首をかしげた。

「さっき廊下ですれ違った木ノ瀬からちょっと哀れみの視線らしきものを受けたんだが、俺の気のせいか?」

「先生、気のせいだと思います」

 木ノ瀬さん、気持ちは分かるけど悪いのは先生じゃないから。でも北上さんが先生とのやり取りで少しでも思うところがあればいいなと思う。好意と憎悪は紙一重とは言うけど、やっぱり先生のことを悪し様に言われて私は少し悔しかった。

「ところで、今日は竹倉って残業?」

「いいえ。先生との打合せを終えたあとは書類を片付けて定時の予定ですが、どこか取材へ行くんですか?」

 先生は単発作品やエッセーも書くけれど、メインとしているのはアラフォー独身の某大学の法学部教授が主人公のシリーズと、明治から大正時代を舞台に自分たちの探偵能力に気づいて探偵事務所を設立した一家が勝手に事件に首をつっこんで各々の特技を活かし警察より先に解決しちゃうシリーズの2つだ。

 前者のシリーズが警察がらみで始まり様々な仮説を繰り返しながら真相に近づく作品なら、後者のシリーズは身近のちょっとした出来事や不思議な依頼から展開していく。先生にとっては交互に書くのが気分転換になるらしく特に出版の順番は決まっていないのに、交互に出版されることが多い。

「あのさ。俺は竹倉を取材以外で誘ってはいけないんだろうか」

「はい?」

「今日は取材抜きで俺が竹倉と食事をしたいの。それで、今日の予定は?」



 先生が連れてきてくれたお店はカウンターのほかは全て個室で、騒ぐ客もおらずぼんやりとした照明がとても落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 どうみても合コンとかで使う店ではなく大事な人と来たり、一人で楽しむための店だ。先生は以前に誰かと来たことがあるのだろうか。それとも一人で?

「ここは和食の店でお酒の種類も豊富だぞ。好き嫌いやアレルギーはあるか?」

「いえ特にありません」

「それなら料理人にお任せコースでもいいか?和食と言っても気取らず食べられるものばかりだからリラックスしろよ」

 先生がそっと私の肩をぽんとたたく。ああ、先生のいつもの仕草だ……先生が過去に誰と来ていても、それにモヤモヤするなんて。私ったら彼女じゃないんだから。先生が厚意で連れてきてくれたのだから楽しまなくては損だ。

 どうやら先生は予約をしていたらしく、受付で先生が名前を告げるとすぐに個室に通された。靴を脱ぎ、ほりごたつ形式で背もたれのついた椅子に腰掛ける。

 お店の人がいなくなり、先生と2人だけになった。

「何か言いたそうだな」

「あの、予約をされていたってことは相手の方がダメになったから誘ってもらえたんでしょうか」

「……違うよ。竹倉を誘いたいから予約したんだ」

「えっ。でも、よく私の仕事状況が……編集長ですね」

「そう。今日あたりなら大丈夫じゃないかと教えてもらった。さすがミステリー作家の編集だけあって、そういう方面の察しはいいな」

 先生がにやりと笑った。でも、その言葉にみょうなひっかかりがあるのは気のせいだろうか。


 最初に来た旬の食材小鉢数種から肉に魚、一口大の手まり寿司、お吸い物に茶碗蒸しを楽しみ、今は最後のデザートが目の前に。形はロールケーキみたいだけどぷるぷるしており、なかに果肉。ラズベリーとブルーベリーが添えてある。

 さっそく一口食べてみると、スポンジケーキなのに食感がなめらかでプリンの味。ぷるぷるなめらかななかに果肉がいいアクセントだ。

「先生、これ美味しいです!」

「それはよかった」

 先生がとても楽しそうに笑う。取材抜きで先生と食事なんて初めてだったから話題とかあるかなあって心配だったけど、それは杞憂だった。私は心から美味しい食事を楽しめた。

 プリンを食べていて、視線を感じて見上げると先生と目が合う。

「竹倉はほんとに美味しそうに食べるよなあ」

「それは、ありがとうございます」

 私がそう言うと、先生はスプーンを置いて真面目な表情をして私に頭を下げた。

「竹倉、北上のことに巻き込んで申し訳なかった」

「先生、頭を上げてください。先生は悪くありません。それに北上さんがまた近づいてきても、今度は私も先生を守ります」

 先生は顔を上げると一瞬ぽかんとしたあとふきだした。

「……竹倉に守られてるようじゃ俺は終わりかもしれない」

「それって失礼ですよ!!」

「俺が竹倉を守るもんだと思ってるから。おまえ、俺があの日空港帰りに言ったことにたいしての返事がまだだからな。答えはでたか」

「……え」

「ごめんな、急かさないって言っておいて」

 先生はそう言って微笑んだ。

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