12:天の配剤-3
「なんなの、あなたが口出すことじゃないでしょう」
「いいえ、口を出します。私は先生の担当編集者なので一緒に仕事をしていますが、先生は傲慢でも意気地なしでもありません。ちょっと直してほしいところはありますが、先生は真摯な方です」
北上さんが私をキッとにらんでくるけど、そんな視線なんて女子高時代に卯月ファンの女の子たちからさんざんされてたから怖くなんかないもんね。
「竹倉。俺のことをかばってくれて嬉しいけど、今は座っとけ」
先生が困ったように笑いながら、いつもの優しい目で私を見る。
「でも先生、北上さんの言い方はちょっとひどいです。自分の要求どおりにならないからって」
「竹倉、だから北上はこういう人間だって言っただろうが」
「でも編集長」
「まあ、落ち着けよ。ほら座って」
「……わかりました」
私が座ると、北上さんはふんと鼻で笑って私たちを見た。
「まるでしつけのなってないペットみたいな部下ね、森川さん。宗佐もこんな子が担当なの。大変ね」
「そうか?竹倉は俺が見込んで神谷の担当につけたんだ。期待通りの働きをしてくれてるぞ」
「俺にとっては頼りになる担当だよ。森川先輩には感謝してる」
2人の言葉に私は思わず胸が熱くなる。私、2人の期待に応えられるように頑張らなくちゃ。今度、先生の部屋を掃除するときは、あんまり先生に文句言わないようにしよう。
「……やってられない。時間の無駄だった」
「まったくその通り。俺をあてにするなんて時間の無駄だよ。お姉さんと相談したほうがよっぽど有意義だ」
先生がやたらにこやかな顔をしてそう言うと、北上さんは悔しそうに顔をゆがめた。
「もういい。金輪際、宗佐の顔なんか見たくもない」
「お、気が合ったな。俺も同じことを思ってるよ」
「たとえ本が売れなくなっても、私のところに泣きついてこないでよね!!」
そう言うと北上さんはドアに向かって歩いて行く。
「北上、下まで送ってやろうか」
「はあ?森川さんに送ってもらうなんて冗談じゃないわよ」
編集長の申し出を北上さんは断り、勝手に部屋から出て行ってしまった。
「北上、もう神谷と連絡取りたいとか言わないだろうな。たぶん」
編集長が思いっきり伸びをした。
「そう願いたいですよ。悪かったな竹倉、変な場所につきあわせて」
先生がすまなそうに私をみるけど、“はい”というのも変だし“いいえ”も変だ。でも“いいえ”が無難か。私、担当だし。
「さーてと、じゃあ俺は仕事に戻るぞ~。神谷は竹倉とここで打ち合わせだろ?」
「「はい?!」」
先生と私が、ほぼ同時に編集長の発言に困惑の返事をすると、なぜか編集長がニヤリとして手をひらひらさせて部屋を出て行ってしまった。
2人だけになると、先生は自分の隣の席に座るように促した。
「竹倉、本当に今日は悪かったな」
「いいえ。先生こそ、お疲れさまでした……でいいんでしょうか」
「うん、ほんと疲れた。なあ竹倉、ちょっと肩貸して」
「先生?!」
そう言うと先生が私の左肩に頭を寄せた。
「悪い。ちょっとだけ」
「……わかりました。私の肩でよろしければ」
「俺のこと擁護してくれて、さっきはありがとな」
「私は思ったことを言っただけです」
「そうか。じゃあ“ちょっと直してほしいところ”ってどこだ?」
「それは言えません」
「なんだ、言えないのか。まあいずれ白状してもらうけどな」
そういうと先生は笑って、それから静かになった。
ちらっと見れば先生は安心したように目を閉じている。どうか今だけは誰も入ってきませんように。
とはいえ、長時間この体勢はつらいなあ……私は壁についている時計を見ながら、いつ起こすべきか考えていた。




