12:天の配剤-2
北上さんの発言に先生ため息をつき、ゆっくりと口を開いた。
「北上、どこがいいアイデアなのか俺にはさっぱり分からない」
「どうして?だってそうすれば何もかもうまくいくじゃない」
当然といった顔をしている北上さんを見ていると、私はなんだか気の毒になってきた。編集長が言うように確かに言動も行動も自分本位で迷惑というか困惑してしまう。
でも失礼ながら私より年上の彼女は今までこうやって生きてきて、誰も忠告とかはしなかったのだろうか。例えば彼女のご両親とか。
それにしても映画や小説だと元鞘モノってジャンルはあるけど、実際のところ原因があって別れた相手と復縁したいだろうか。私は少なくとも二股同時進行をされた元彼とは北上さんみたいに“やり直したい”なんて思わない。人それぞれだけど、先生が北上さんと復縁なんてことになったら……複雑だ。
思わず先生のほうをチラッとみると、先生は持ってきたカバンの中から角2の封筒を取り出し机の上に置いていた。
「北上、長尾さんを覚えてるか」
「覚えてるわよ。うちの両親にあなたの代理として連絡してきた弁護士でしょ。まったく余計なことをしてくれて」
「彼は森川先輩の友人だよ。今回、北上から電話があったことを聞いて俺はすぐ長尾さんに連絡を取った。あの人は優秀だから、とりあえず2日でこれだけ調べてくれた」
「な、なにを調べたっていうのよ」
先生の隣に座っている編集長も、その内容を見せてもらって感心した顔をしている。逆に北上さんの顔色がいささか悪くなっているような気がした。
「本当のところ、北上の目的って復縁じゃなくてお金だろ」
「ち、違うわよ。私は宗佐とやり直したいの」
「そうか?だって今でも一緒に逃げた相手と暮らしてて、周囲は夫婦だと思っているんだろ?で、男のほうが失業して収入が減ったんだよな。だからって夫同然の相手見捨てて別れて10年以上たってる元夫を頼るか、普通。ああでも北上にとってはそれが普通なのか」
こんな冷たい口調で淡々と話す先生を見るのは初めてだ。
「ひどい、そんな言い方しなくてもいいじゃない」
北上さんが目をうるませて先生を見つめる。
「北上~、お前の嘘泣きはもう神谷に通用しないぞ?」
編集長がのんびりした声で2人の間に割ってはいる。先生も非常に冷めた目で北上さんを見ている。
それにしても、私がここにいる意味はあるんだろうか。先生と編集長の違う一面を見て、私はちょっと驚いたけど、だからといって2人を見る目が変わるわけじゃないし。
北上さんは、しばらくうつむいていたけれどゆっくりと顔を上げた。さっきうるんでいたはずの瞳にそのカケラはなかった。
「宗佐、変わったね。なんか傲慢になった。名の知れた作家の驕りってやつかしら」
「離婚してから少しだけ成長したんだよ。ああ、そうだ。長尾が今回の件を君の実家に連絡して現状を知らせたそうだ。で、お姉さんから伝言」
そう言って、先生は紙をめくって伝言の内容を伝えた。
「ご両親も弱ってきているから、今後のことを相談したい。ついては一緒に暮らしてる男性と一度顔を見せに来るように、とのことだ」
「どうして余計なことをするの。ふん、どうせ介護人員の確保が目当てでしょうよ。田舎がいやで都会の大学に進学したのに」
「ああ、そうそう。これはお姉さんからの手紙だって」
そう言うと先生は白い封筒を北上さんの前に差し出した。
「こんなもの……」
「俺が持っててもしょうがないから、北上が受取らないなら捨てるぞ」
「……わかったわよ。もらえばいいんでしょ!」
そういうと北上さんはひったくるように受取ると席を立った。
「宗佐なら助けてくれると思ってたのに、あてが外れたわ。それも一人で会わずに森川さんと知らない子まで連れてくるなんて。傲慢になったうえに意気地なしにもなったわけ」
「そんな言い方はひどいです!!」
自分の意思が通らないからって、先生になんてことを!!私は思わず席を立って口を開いてしまった。




