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石鎚表参道殺人事件  作者: 生間ひろし
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捜査本部

 明美が合流点で休憩している間にも多くの登山者が登ってくる。その中で「土小屋」からの単独登山者に明美の知り合いがいた。

「先輩っ。倉田先輩っ。」

「あっ、明美ちゃんかぁ?」

 伊予松山大学の倉田幸次郎であった。倉田はワンダーフォーゲル部に所属し、明美の短大サークルと交流があった。山登りに関しては、所詮二学年しかない短大なので、四年制のクラブから教えてもらうことが多くあった。

「先輩、一人ですか?」

「あ、ああ。」

 今日は「弥山」から「堂が森」まで抜けると言い、すぐに先に向かった。明美は相手をしてもらえず、いつもと違って、暗く感じた。

(お酒の入ってないときはあんな感じなのかな?それとも一人だからかな?)

交流の中には、松山や道後での飲み会もよくやっていたのである。

 明美は東京出身である倉田に対し、恋焦がれるほどではないが好意を持っていた。山好きなのか、山の話を持ちかけると、周りが標準語を茶化すのをお構いなしに熱弁していたものである。


 感電とは、人体に電流が流れ障害を受けることである。電気というものは目に見えないものであるが、機械的、数学的に正直なものであり、閉じた回路にしか電流が流れない。日本では家庭用のコンセントは、100Vの電圧がかかっているが、そのままでは回路として開いた状態であり、電流は流れていない。コンセントに機器を差し込むことにより、その機器への電気回路が構成され、閉回路として電流が流れるのである。

 つまり、人体も電気に接触したとしても、流れ出す回路がなければ、電流が流れない、感電しないということになる。電柱に登っている電気作業員をよく見てみると、ゴム状の手袋、長靴や、カッパのようなゴム上着を付けているのがわかると思う。それは、電気に触れないようにすることと、流れ出さないようにするためである。逆に感電した時は、充電部に触れて流入した入電部位と、流出した出電部位が存在するのである。

「高圧が肩からお尻に抜けてよう」などと電気作業員が同僚、後輩にその入電部位と出電部位を武勇伝のように見せたりするが、感電すること自体がプロとしてあってはならないことである。


 三十日午後十時。愛媛県警。

「感電死とういうのは本当か。」

「他に外傷も無いし、体内の内容物、血液中にも不審な物は出なかったから、やはり感電による心停止でしょうや。瀬部さん。死亡推定時刻はその日の朝二時から五時。」

 刑事部鑑識課課長、友田が答えた。

「山の中で電気なぁ。・・・ところでホトケの素性をつかめるものは見つかったか。」

「つけよる服、コンタクトは調べちょるけん。わかったらすぐ知らせるけん。DNAにもまわしとる。」

 ミッシェルがめんどくさそうに答えた。

「ただ、着衣、靴など新品でないから、人に借りたんでなければ、初めての登山ではないやろ。靴は登山用やから、松山の登山用具屋回ったら当たるかもしれん。」

 友田がミッシェルの態度をかばうかのように付け足した。

「まあええか。明日調べるわ。」


 二九日午前十一時。明美。

 石鎚の尾根は頭上にあった。振り返ると登ってきた道が成就社まで見渡せる。

(歩けば来れるものねぇ。ようやく前が空いたわ、巻き道を行った方が早かったかも。)

「二の鎖」65mの登りである。先行したベッコウおやじも、倉田も上方にはいないようだ。前は老夫婦で、妻のほうはわーわー言いながらくらいついていた。

「お父さん。こわい。お父さん、こわい。」

初めてなのであろう、なかなか進まない。すぐに追いついていまい、明美は妻の上がらない足を押し上げもした。少し休憩できる場所があったので、夫婦を追い越した。「おじょうちゃん。すいませんねぇ。」

「いいえ、ゆっくり気をつけて。」

(また、おじょうちゃんか。)

 明美の鎖の挑戦は三度目に過ぎなかったが、いかにも何回も経験済みのように言った。下から見られているのはわかっていたので、何事もないそぶりで、すっ、すっと登った。休まず動かす腕、押し上げる太ももは悲鳴を上げそうであった。

 石鎚の鎖は太く大きい。日本でこの大きさの鎖はないのではないだろうか。明美は足場の取れない垂直岩では鎖の輪っかにつま先をいれ足がかりとした。「二の鎖」をやり過ごすと、「三の鎖」であるが、「通行止め」の表示でロープがはられていた。

 迂回路は金属製の急な階段の連続となり、上りと下りで二列に分れている。最後の登り、心臓が、肺が、太ももが、ふくらはぎが、泣き言をいう。冬であっても全身汗だくになる。


 七月一日(火)朝七時。愛媛県警刑事部。

「ブン屋のやつら、やりやがった。」

瀬部警部が声を上げながら、自分の机に着いた。

(石鎚山系で殺人か)朝刊の見出しである。

「報道規制もしてないし、あれだけヘリが飛んだんだから、ブン屋も仕事するでしょ。だいたい、昨日の夜からネットに出てましたよ。」

 河野が当然のように言った。

「しかし、河野ぉ、この予讃新聞には、感電死かと書かれているぞぉ。こんな情報誰がわかるんや。」

「感電、・・・。それは県警内部ですね。ブン屋から金もらっているやつがいるのでしょう。」

「しゃあないなあ。しかし全国版にも出てるから、警察庁は黙ってるやろか?あいつらが出張ってきよったらやりにくうてしゃあない。ほい、朝礼や。」


「はい、おはようさん。まず、私から連絡します。」

捜査一課二係 係長 竹本である。

「お山の事件は、県警に三係と合同で捜査本部を立てるから、西条西署地域課からも4名、場合により高知県警にも協力要請する。今回は、愛媛県警にて迅速に解決するよう、公安より本部長に連絡が入ったそうだ。本日十時捜査本部結団式、十一時には記者発表するから、瀬部君、昨日の捜査状況をまとめておいてくれ。」

「えらい時間ありませんなぁ。まあ、県警で仕切れるなら頑張るしかないやろなぁ。」





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