第31話 18.ビッグジャンプ 前編
18.ビッグジャンプ
マリアが紫のコサージュをつけ、紺色のドレスに身を包んで、ステージに現れると、ひときわ大きな拍手が沸き起こった。
その時、会場で椅子にかけていたジュリはびくっとして、おそるおそるヘッドフォンのスイッチを入れた。
《いえ、ジョーカー大佐、特にないです。はい》
見つからないようジュリの足元でかがんでいるケンが聞く。
「ジュリ、またあいつからだね?」
「ええ、新たにテレパシーに覚醒した人間がいるか確認してきたの」
「ジョーカー大佐って、ディナークルーズで襲ってきたやつだよね?」
「ええ、顔を思い出すだけで吐きそうよ」
ケンは「まったく」とうなづいた。
ステージのマリアがトークに入る。
「私、自分のマリアって名前、もちろん嫌いじゃないけど、あまりに素晴らしい方の名前を戴いて誇りと同時にいつも緊張するんです。
そしてこの曲を歌う時、厳かで気高い愛が、そのマリア様から降りてくるような気がします。聞いて下さい。アヴェ・マリア」
マリアは舞台の中央に立つと、歌い始めた。
その透き通った声に合わせて、バイオリンがメロディーを奏でる。
会場はさっきと一転した厳かな雰囲気の中でマリアの歌唱力に聴き惚れている。
曲が二コーラス目の半ばを過ぎた時、ケンはジュリに確信を持って囁いた。
「ジュリのヘッドフォン、外そうよ」
そう聞いただけでジュリはケンに顔を近づけ「だめ、爆発する」とささやいた。それだけで顔は青ざめ、目は泳いでパニックになっている。
しかし。ケンは自信を持って言う。
「大丈夫だよ。
ジュリは、奴の心を読んではいけないことと、ヘッドフォンに爆弾が仕込まれていることについて催眠術をかけられているんだ」
「どうして、そんな風に言い切れるの?」
ケンはにやりと笑う。
「まだ気付かない?」
「……?」
「たった今、僕をクルーザーで撃った例のジョーカー大佐をイメージしてみたら、奴の柔らかい心の波を掴まえた。
奴は『まさかあのニュータントはヘッドフォンの爆弾がハッタリだと気付いてないだろうな』と恐れて心配しだしてる」
「あ、それっ!」
ジュリの目が急に輝いた。
「そうなんだ、どうやら僕もたった今、テレパシー覚醒したみたいだよ」
「でもまだだめ、狙撃手が私を狙ってるの」
「うん。たぶん、この曲が終わるとスタンディングオベーションだ、その隙に移動してヘッドフォンを外そう」
美しいアヴェ・マリアが終ると、大きな拍手が沸き起こった。スタンディングオベーションが起きる。
ケンとジュリはかがんで通路に出て、横から会場を出た。
「お疲れ様」
ケンが微笑んでジュリのヘッドフォンを外すと、ジュリはようやくホッとした。
「よかった。これで私たちは互いにも、わかりあえるのね」
ステージのマリアがトークに入る。
「どうもありがとう。
皆さんに、神の祝福を。
続いては私の最大のヒットナンバー」
すかさず会場から拍手が起こる。
「そしてさっき素敵な演説してくれたカノンちゃんも大好きな歌です。
ピエタ、聞いて下さい」
ピアノ、チェロ、バイオリンの前奏が流れ、マリア・グリーンがヒット曲の『ピエタ』を歌い出す。
『hear my heart , feelin' my heart …、
今も愛が、つなぐよ。
(離れていても、)
君の輝ける
(笑顔、感じてる)
笑顔、まぶしくて
この、美しき、歓びを
永遠に、とどめん』
《あの、大佐!》
狙撃手からの無線にジョーカー大佐が聞き返す。
《どうした?》
《ソナーが席から消えました》
《なんだと?》
《さっきまでいたんですが、スタンディングオベーションが終わると消えてました》
《すぐに探せ、まだ会場のどこかだ。
聞いてるか、お前たちも屋根に上がって探せ。
非常事態だ、人目についてもかまわん》
ジョーカー大佐は後部座席の隊員たちにも命令し、ジュリを呼び出した。
《今、どこにいる?》
ヘッドフォンを聞いていたケンが、ジュリの耳に囁いて、マイクを向けて、ボタンを押す。
《トイレよ、他に行くとこなんかないでしょ》
《そうか、早く戻れ》
《了解》
そう答えてジュリは悪戯っぽく舌を出した。
『 hear your heart , feelin' your heart …、
今も消えぬ、み徴よ。
(君の生まれし)
星の輝ける
(力、信じてる)
力、あふれてる
この、美しき、言葉で
貴方、奇跡を教えん
love…、
真を伝える
(いつか、いつの時)
不思議な言葉
口にするだけで
闇の星もまぶしく
輝き取り戻す
love…、
哀れなひとが
試そうとしてもいい
(強く)
もっと
(もっと)
強く、
(もっと)
強く、
(勇気のかぎり)
涙見せるがいい
そうだ、もっと
君よ 愛せ
君は 奇跡さえ呼べるひとさ 』
美しい歌声が会場に響き渡り、潮騒と重なり合った。
ジュリはびっくりして言う。
「ケン、大変だわ、この会場でテレパシー覚醒したひとがどんどん増えている」
「もしかして『臨界ジャンプ』か」
「そこまでの規模は無理かも。
ジョーカー大佐が、この会場の客数じゃ『臨界ジャンプ』は不可能だって、言ってた」
「そうかもな」
ケンが寂しそうに肯定すると、急に後ろから声がした。
「ジュリ姉さん、おじさん」
ジュリとケンがびっくりして振り向くと、カノンが笑っていた。
「いいお知らせがあるの」
「どういう?」
ジュリとケンが同時に聞き返した。