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第29話 17.オンステージ中編

ケンが大きな声で言う。

「とにかく急いで」

 もう少しで椅子席のブロックが終わる、そうすると立ち見席の人ごみで追っ手から完全に姿を隠せる筈だ。

「あ、同じ通路に入った、銃をこちらに向けた!」

 ジュリが続けざまに叫ぶ。

「止まって、こっちに向いて膝まづけって!」

「聞こえないふりしたいが、ジュリが聞こえてるしな。あと少しなのに」

 立ち見席に張られた仕切りのロープはあと7メートルほどだ。

「ジュリ、膝立ちになろう」

 ケンはジュリと後ろに向き直り膝まづいた。

 男は銃の入ったバッグに手を入れたまま、こちらに向けて、徐々に近づいてくる。

 ケンは必死で切り抜ける策を考えた。

 しかし、男はバッグに入ったまま発砲して、こちらを撃ち倒せるかもしれない。

 逃げるのは難しいか。

 男は首の脇を押さえて、話している。特殊部隊が使う骨伝道型のマイクで報告しているのだろう。しかし、会場の音楽が低音域にも響くためかうまく通じないようで、声を張り上げている。

 その時、

「いいぞ」

 ケンは笑みが洩れそうになるのをこらえた。

 わめいてる敵の背後に、ベアリーが腰をかがめて走ってくるのを見つけたのだ。 

「カノンちゃんが指示してくれたんだわ」

 ジュリも笑みをこらえて言う。

 男はようやく連絡がついたらしく、こちらを睨みながら接近してくる。

「お前は、この前、泳がせたやつじゃないか。

 残念だったな、両手を頭につけろ」

 ケンは両手を頭に添えて大きな声で言い返す。

「こういう作戦行動中は無駄口を叩かないのが基本じゃないのか?」

「ふん、そういうお前が無駄だって言うんだ」

「ひとつ教えてやるよ。

 せっかくこんなに砂があるんだから、砂を目潰しに使うといいんだ」

「何を言う、あ、」

 男が言うやいなや、男の背後からベアリーが両手に砂を持って男の目を覆った。

「うぐッ」

「そのまま倒せ」

 ベアリーはひるんだ男を体重で押さえ込み、チョーク技で首を締め上げた。ケンは素早く駆け寄る。

「バッグに銃があるぞ、手が届かないよう気をつけろ」

 二人がかりで濃緑のトレーナーの男を押さえつけ、ショルダーの肩ひもで手首を後ろで縛った。さらにベアリーがタオルで男の口を縛った。

「先輩、アドバイスありがとうございました」

「よくやったな」

「もしかして、俺、ヒーローすか?」

「うん、第一候補だ」

 ベアリーは嬉しそうに頭をかいた。

「ついでにその男の首の輪っかみたいなベルトを外して、ベアリーの首に巻いて、『大佐、やつは始末しました』て言うんだ。準備はいいか?」

「相手がなんか言ったら?」

「無視。一方的に報告して終り」

「はい、じゃ首の横のスイッチを入れて」

 ベアリーはケンの言うとおりに報告してスイッチを切った。

「よし。後はこいつをとりあえずそこのスピーカーの土台にくくりつけておこうか」

 二人は男を会場後方の大きなスピーカーの裏側に連れて行き、そこにあった針金で男の手足、胴をスピーカーに巻きつけた。ジュリは落ちていたダンボールにベアリーから借りたペンで、こいつは凶悪な殺人鬼です、ただ今、警察が逮捕に参ります、と書いて、胴につけてやる。


 ケンはジュリと立ち見の人々をかきわけ、波打ち際にまで出た。

 カノンが立っている先の水面にマックスがいた。

 ジュリは服が濡れるのもかまわず海に駆け入る。

「マックス」

 マックスを撫で、再会を喜ぶ。

 ケンは慎重におんぶひもを肩から外した。

「よおし、カノン、マックスに、この赤ん坊の人形を沖まで運んで、海の底に捨てるように頼んでくれ」

「うん、マックス、わかるね、赤ん坊の人形をうんと沖まで運んで、捨ててくるんだよ」

 カノンはそう言い聞かせ、マックスの口に赤ん坊の人形の服をくわえさせた。

 ジュリも「マックス、気をつけて」と送り出した。

 マックスは赤ん坊の人形をくわえて、沖へとすいすい泳ぎ去った。

 その海にはイルカが小さくジャンプして何頭も横切っている。

 ケンは不思議に思い言った。

「どうかしたのかな、あたりにイルカが何頭も集まってるね」

 カノンが笑って教える。

「マックスったら、あちこちの野生のイルカやクジラたちに声をかけてくれたみたいで、サンタモニカの海に集まってきたのよ」

「でもイルカや鯨に集まってもらってもチャリティのお金はもらえなさそうだけど」

「おじさん、そう言わないの。気は心でしょ」

「確かに、可愛いやつらだな」

 三人は顔を見合わせて微笑んだ。

「あ、私、そろそろ、ステージの準備しなきゃ」

「カノンちゃん、何かするの?

 あ、そうなんだ、すごい、皆にテレパシー入門の説明するんだ」

「そう、お話しするの」

 カノンは照れ笑いを見せると走り去った。

「しかし、困ったな、ジュリがテレパシーできるんじゃ俺の気持ちバレバレだ」

 ケンは照れながら言うとジュリはうなづいた。

「うん、その通りよ、ケン、ずっと私のこと心配してくれて、ありがとう」

 ジュリはケンにしがみついてキスを交わした。

「ゆっくりしたいところだけど、まだまだ危険だ。

 奴らに怪しまれないように元の席に戻ろう」

 ケンはジュリを元の席に戻し、自分は通路の地面に座った。


 アップテンポの5曲が終わった。

 マリアは汗をフェイスタオルで拭いながら最前列を見渡してカノンやベアリーから×マークが出ていないのを確認した。

 さらに振り返って、舞台の後ろでカノンがスタンバイしているのを見て、トークを始めた。

「ありがとう、皆さん、どうもありがとう。

 私もこんなに曲に乗ったのは久しぶりというか、初めてというか、ちょっと息が切れそうでした」

 会場から声援と拍手が飛んでくる。

「ありがとう。

 さて、ここで私の可愛い友人を紹介します。

 カノンちゃん、どうぞ」

 マリアの紹介でカノンがステージに上がった。

「初めまして、カノンです」

 カノンが挨拶すると、客席からぱらぱらと歓迎の拍手が起きた。

「実はカノンちゃんがこのコンサートの発案者なんです。拍手!」

 とたんに拍手が大きくなる。

「実はカノンちゃんはものすごい特技があるんです、ね?」

「うん、ちょっと」

「そのカノンちゃんからお話があるそうなので、皆さん、聞いてあげてください。

 私はその間に衣装を替えてきます。

 じゃまた後で」

 マリアを送る拍手が起こり、カノンひとりがステージに残った。



 カノンは会場を見渡してうなづき、口を開いた。

「私は最近一頭のイルカを助けました。

 その時、イルカや鯨の言語学者ホーライ博士とイルカのトレーナーのジュリお姉さんと知り合いました。その先生とお姉さんからとっても大切なことを教わったんです。

 それは私だけではなく、皆さんにも大切なことだと思うのでお話しします」

 会場のみんなが聞き耳を立てた。

「人間は、物を自分だけの物にして、土地を自分の塀で囲み、自分と他人の間に壁を立てて、すごい利己主義の、心の狭い文明に生きています。

 ほんの少し肌の色や宗教が違うだけで人間同士が殺し合う戦争を何度も何度も繰り返している。情けないです」

 会場がシュンと静まり返った。

 こんな小さな女の子に、普段、自分が目をつぶって知らないふりをしている問題を言われ、女の子が情けないと言ってる対象にまさに自分だと感じたからだ。

「ここでちょっとイルカや鯨のことを考えてみてください。

 イルカ、鯨たちは、海を囲って、ここまでは俺の海だ、なんて言ったりしません。

 道具を使って仲間を殺そうなんてしません。

 逆に仲間とコミュニケートして、子育ては共同でします。調和して一緒に生きてゆく、暖かい文明を持っているんです。

 人間と較べてどちらが偉いと思いますか?」

 会場のあちこちで小さな声が答えている。

 その中でひときわ大きな声で「イルカ、鯨」と叫んでいるのはベアリーだ。

 カノンは微笑んで続ける。

「もちろん私は今の文明を全部捨てろとは考えません。

 ただイルカや鯨の文明の素晴らしい点をもっと取り入れた方がいいに決まってると思うんです。人間の方がイルカや鯨より脳が発達していると言われてるのに、戦争がやめられない人間の愚かさはどこから生まれたんでしょうか?」

 会場の人々はまるで天使のお告げを待つように、カノンの口もとを見つめた。

「それは言葉が生まれてくるところを忘れて、自分の国の言葉というものに捉われすぎたためだと思います。

 言葉ってどこから生まれるんでしょうか?」

 カノンは会場を見渡した。

「それは心です。

 ひとは見つめ合い、心を伝えようとする時、言葉が生まれ、沢山の事を伝えられます。

 でも勘違いしないで!

 大事なことは言葉が伝わったのではなくて、心が伝わったのです。

 なのに、いつのまにか形だけの言葉がありがたがられ、身内だけの言葉で塔やお城を作り、その言葉がわからないひとに向かって『あんたらは仲間外れね』て中に入れない。

 仲間外れになった方も、同じように自分たちだけの言葉でお城を作り『あいつらは意地悪で悪いんだよ』て子供に教える。

 どちらも大事な事、心を伝えなきゃてことを忘れて、身内にしか通じない言葉のレンガを高く積み上げて壁を作ってしまったんです。

 こうしてわかりあえない言葉がいくつも、いくつも生まれて、その言葉の数だけ国境が出来て、差別や軽蔑、敵視が生まれ、戦争が繰り返されてきたんです」

 会場で多くの人たちがうなづいている。

「それに較べて、イルカや鯨はどうでしょうか?

 彼らは言葉のレンガで壁を作ったりしませんでした。

 言葉なんていらないんです。

 お互いに分かり合おうという気持ちで、見つめ合えば、音を分かち合えば、大事な事を、大事な心そのものを伝え合うことができる筈なんです。

 そこでは固いレンガみたいな言葉は溶けてしまい、水のように自由に流れ、光よりも速く伝わり、空気よりも透き通った、柔らかい心の波が生まれて、しぼんでいた蕾の花びらがパッと咲くように広がるんです。

 それに同じように心を向けて受け取れば、大事な事を分かち合える筈なんです」

 会場は女の子の説明に感心したように静まり返った。



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