第27話 16.爆弾 後編
キャンピングカーの運転席のジョーカー大佐は双眼鏡で会場を見つめてつぶやいた。
「開始まであと一時間、客は増えてせいぜい八百人というところか」
ジョーカー大佐は小さなヘッドセットで、運転席の上に突き出た寝台にいる部下に聞いた。
「どうだ、ソナーは見えるか?」
「はい、ジョーカー大佐。
椅子席の真ん中、やや後方にソナーが着席しています」
「照準はとりあえずソナーに、無線は常にオンにしておけ」
「了解」
部下は開け放った小さな窓からライフルを構えていた。照準スコープの十字線で捉えているのはヘッドフォンをつけ、緊張した表情のジュリだ。
ベアリーの前にひと目でテレビ局の取材スタッフとわかる三人が現れた。
「初めまして、SCテレビのエリックと言います。あのケンに取材を許可していただきたいんですが」
「ああ、SCテレビさん、一度、先輩、つまり、ケンがお願いしたディレクターの方ですね、話はちょっと聞いてます」
「ええ、その時はご期待に添えなかったんですが、今回たまたまネタ探ししていたら、チャリティコンサートされると聞いて、走ってきたんです」
「今、ケンに連絡します」
ベアリーが楽屋に携帯をかけると、ケンが出てびっくりした。
《すぐ、変わってくれ》
ベアリーはエリックに携帯を渡す。
《エリックさん、その節は大変失礼しました》
《いいえ、こちらこそ。
是非、チャリティコンサートを取材させて下さい》
《僕はもちろんオーケーです。ちょっと待って下さい》
ひと呼吸、間があって、
《マリア・グリーンさんも取材を受けてくれるそうです》
《ありがとうございます》
ベアリーは、ケンの指示でチャリティの箱の中身を取り出し箱だけを残すと、取材スタッフ一行を連れて、楽屋であるバスに向かった。
海沿いの道に向けて、楽屋であるバスの窓は内側からカーテンで覆われ、屋根上には『ガイアに感謝!マリア・グリーン・チャリティーコンサート』と看板が掲げられている。
楽屋には、ケンやエリザベス、カノン、そしてバンドマンとドレスを着たマリア・グリーンがリラックスして談笑していた。
「最初、曇り時々雨の予報だったのに、たくさん人が来たわね」
エリザベスが言うと、カノンが返す。
「マリアさんの生の歌が何曲も1ドルで聞けるんだもん、たくさん来るわ」
皆がドッと笑い、ケンがひやかした。
「なんだ、カノンはお客だったらチャリティーに1ドルしか出さないつもりなのか」
「じゃあ5ドル。だってあんまり出すと曲が買えなくなっちゃうもの」
頬を赤くしたカノンが言うと、マリアがフォローした。
「嬉しいな。カノンちゃんのおこづかいが減らないように、今度からは新しい曲が出るたびにカノンちゃんに送ってあげるわ」
「本当に?」
「もちろん」
「ありがと、マリアさん」
「でも、晴れてよかったわ」
マリアが言うと、ケンが指を立てて咳払いした。
「んんっん、晴れ男の僕のおかげだよ」
「私は、おじさんがそばにいると水に落ちてばかりだけど」
カノンがそう言ってみんなを笑わせた。
その時、ドアがノックされた。
「ベアリーです。SCテレビのエリックディレクターとクルーがおいでです」
「今、開ける」
ケンは急いでドアを開けて、エリックたちを迎えた。
「やあ、来てくれて嬉しいです」
エリックはケンと握手を交わした。
「元気そうですね。今日はスクープ班ではなくイベントネタで来たんですが、例の話はその後どうですか?」
「悔しいけど、証拠はまだ見つからないんですよ」
「そうですか、情報掴んだらください」
「ありがとう、エリック。
マリア・グリーンさんに紹介します」
マリア・グリーンは椅子から立ち上がると会釈した。
「はじめまして」
「はじめまして。SCテレビのエリックといいます。
ちょっと取材させていただきたいんです」
エリックがマイクを向け、インタビューする。
「今回、このチャリティコンサートをしようと思ったきっかけについて教えていただけますか?」
「実は、このコンサートの主催はそこの女の子カノンちゃんなんですよ。
ケン、カノンちゃんでいいですよね?」
「ええ、もちろん」
カメラがカノンに向くとカノンは恥ずかしそうに手を目の横に上げ指先をひらひらさせた。
「このカノンちゃんと町の喫茶店で偶然会って、大事なのは調和だってことで意気投合したんです。
カノンちゃんはすごくしっかりした考えを持っていて、詳しいことは後でステージでカノンちゃんが演説しますから、それを撮影してあげるのが一番わかりやすいと思います」
「やだあ、マリアさんたら、演説だなんて、そんな風に言われたら、めちゃめちゃ緊張しちゃうよ」
笑い合っているマリアとカノンは歳の離れた姉妹のようだ。
ケンが笑っていると、ベアリーが隣に来て耳打ちした。
「先輩、先輩の誘った反戦グループがみっつ来ましたよ、人数は合わせて百十人ぐらい」
「そうか、よかった」
「そうだ、それから、さっき変な客も来たんすよ」
「変な客」
「コンサートだっていうのに、ヘッドフォンして、胸には赤ん坊抱いてるんです。おまけにえらく濃いサングラスで」
「ふうん」
「でもって、言うことが非常識なんですよ。
あったら使いたいから、託児所とイルカの休憩所はあるのか?って聞くんです」
ケンは「エッ」と声を上げた。
「イルカの休憩所って言ったのか?」
「ええ」
ベアリーは急にケンの目が睨みつけたような気がして思わず言い返す。
「ま、まさか、用意してあったんすか?
託児所とイルカの休憩所!」
「違う、そいつジュリかもしれないぞ!」
ケンはインタビューしているエリックに断る。
「すみません、ちょっとカノンちゃんを借りますね」
ケンに手を引っ張られたカノンは聞き返す。
「おじさん、どうしたの?」
「ちょっと」
ケンが言うと、カノンはケンの意識を読んで顔がほころばせて聞く。
「本当に来たの?」
ケンがカノンとバスの外に出ると、小声で言った。
「うん、そうかも、お客の中にジュリが紛れているかもしれないんだ」
カノンがうなづいた。
「だから、ちょっとテレパシーで探ってみてほしい」
「わかった」
カノンは目を閉じて、ジュリの心の声を探った。
ジュリ姉さん、会場に来てるなら、この前みたいに私を探って。
そしたら引き波で姉さんの声をつかまえるから。
ジュリ姉さん、私を探って、声を聞かせて。
しばらくして、カノンが、ハッと目を開いた。
「おじさん、大変だよ」
さっきまでほころんでいたカノンの顔がみるみる青ざめてゆく。
「どうした?」
「ジュリ姉さん、やっぱり会場に来ている」
ケンは思わず笑顔になりかける。
「ホントか?どこ?」
「椅子席の真ん中あたりみたいだけど、だけど、とても危険なの」
「危険って?」
カノンはケンの耳にささやく。
「頭には嘘発見器みたいなヘッドフォンをつけられ、胸に抱いた赤ん坊の人形には爆弾がぎっしり」
「じょ、冗談だろ?なんのために?」
カノンが口に一本指を立ててケンの大きな声を抑える。
「テレパシーの覚醒が広がったか確かめるため。
会場で一人一人の脳を調べるわけにはいかないでしょ、だからジュリ姉さんに確かめさせるつもりなんだ」
「それでテレパシーの覚醒が広がったら爆発させるってのか?」
「そうみたい。
一番悪い奴は離れたキャンピングカーから双眼鏡で監視してる」
ケンは地面を蹴り「どこまで汚いんだ」と叫んだ。
「みんなを避難させなきゃ?」
「うん。いや、待って。
カノンが読んだ情報はジュリがそう思った情報だけだ。
最悪なのは、避難しようとしたら爆発させるかもしれないってケースだ。
とにかく、へたに動いて相手を刺激するのは危険だ」
ケンは最良の方法を考えながらカノンに言った。
「カノン、マックスは?」
「うん、近くの海まで来てる筈よ」
「じゃ、会場の波打ち際まで急いで呼んでくれる?」
「わかった」
そして、ケンはバスの中に顔だけ入れてマリア・グリーンを呼び寄せる。
「マリアさん、ちょっと」
マリアはうなづいてドアの外に出てきた。
「急なお願いですまない。
曲目の順番だけど、最初のうちは客が立ち上がって拍手するようなノリのいいアップテンポのを続けてほしいんだ。
双眼鏡で監視してる人間がいるみたいなんだ」
「もしかして、巨悪組織が?」
「たぶん。そいつに気づかれずに、会場に紛れ込んでいる友人と接触したい」
ケンの厳しい表情から大変なことが起きていると察して、マリアは即座にうなづいた。
「わかった、ドレスをデニムに着替えて1曲目から盛り上げるわ」
「ありがとう。恩に着ます」
「だけど私の持ち歌でその手のタイプは、そうね、あまり歌ったことのないのを含めても、せいぜい5曲ぐらいしかないの。
その他の持ち歌は全部バラードになっちゃう」
「うん、ただ、もしカノンかベアリーが最前列で×マークをしてたら、不自然でも同じ曲を何度も繰り返して絶対客を座らせないでほしい。
その場合は、たくさんのひとの命がかかってる」
ケンの真剣な言葉にマリアは圧倒されながらうなづいた。
「わかったわ」