第26話 16.爆弾 前編
16.爆弾!
ジュリは毎日、椅子に座らされ、濃いサングラスをかけ、ヘッドフォンをされ、ジョーカー大佐によって、ケンたちのテレパシー監視を命じられていた。
「ケンは何をしている?」
ジュリはケンの声を求める。
あの高さ、あの響き、あのぬくもり、あの優しさ、ジュリにとって最も心地よい、その声。
もしかしたら新たな情報を知らない方がいいのかもしれなかった。
そのためならケンの心を探らずに探るふりだけするというのも賢い選択なのだろうが、監禁されて不安の極にあるジュリにとって、それは縋りたい、甘えたい、救いの声だったのだ。
そんなジュリに出来るのは情報をなるべく少なく申告することしかなかった。
ジュリは、ケンがカノンたちと、巨悪組織に潰されたマリア・グリーンのコンサートを、手作り規模で開こうとしていることを読み取った。
「彼は今、音楽を聴いています」
「ふん、性懲りもなく、またマリア・グリーンだろう?」
「そうみたいです」
「コンサートを潰されて、いじけてるか?」
「…そうみたいです」
ジョーカー大佐はジュリの返答の一瞬の遅れを逃さなかった。
「まさか、まだコンサートを開こうとしているのか?」
「…わかりません」
「ちゃんと答えろ。
ケンはまたマリア・グリーンのコンサートを企画しているんだな?」
「わかりません」
ジョーカー大佐はジュリの顎をつかんで言った。
「正直に答えないなら、またホーライ博士を連れてきて電気ショックで踊ってもらうしかなさそうだな」
「や、やめて下さい。
もう電気ショックはやめて、博士は耐えられない」
「私も同じ意見だ。
博士もだんだん体力が落ちてきている、これ以上のダンスは無理だ。
電気ショックを省きたいなら正直に答えるんだ。
ケンはまたマリア・グリーンのコンサートを企画しているんだろう?」
ジュリは観念して正直に答えた。
「え、ええ、そうみたいです。
でも素人の手作りのチャリティコンサートです。
規模も小さいし、あなたたちの敵じゃないでしょ。
もう彼を狙うのはやめて下さい」
「ケンはまだ我々に歯向かおうとしているんだろう?」
ジョーカー大佐がそう聞くと、ジュリはサングラスの下からジョーカー大佐を睨み返した。
「私たちを助け出したい気持ちはずっと持っていてくれてます」
「そういうのを、身の程知らずって言うのだ。
自分たちに勝ち目があると思ってるのかね?」
「彼はきっと私たちを救い出してくれる。
卑劣なあんたたちなんかに負けるもんですか。
彼は絶対にテレパシー進化を起こそうと思い続けているわ」
ジュリがそう言うと、ジョーカー大佐は、ようやく治りかけていた、ジュリの小指の爪をペンチでつかんだ。
「ギィァー」
「ふん、そういう危険な思想を持ち続ける以上、我々としても厳重に監視しないわけにはいかないんだよ。
わかるな?
コンサートはいつだ?
それともやっぱり博士の電気ショックのダンスが見たいか?」
ジュリはコンサートの日時を教えるしかなかった。
空に白い雲が幾重にもたなびく下、観覧車とジェットコースターが見える。
隣にサンタモニカ桟橋が太平洋に釣竿を伸ばすよう、それを北西に1キロほどいった砂浜がマリア・グリーンのチャリティコンサートの会場だった。
砂浜に突き出た駐車場に運転台を切り離された大型トレーラーが側面のウイングドアを海に向かって上下に開いている。
上に開いたドアは、そのままワイドビジョンとなっていて、今はサンタモニカ桟橋を映し出している。
下に開いたドアはトラックから二メートルはみ出し、ステージを広げている。
トレーラーの中と、その左右には大型のスピーカーが設置されている。
コンサート開始までまだ三時間あるが、用意した折りたたみ椅子の五百席が徐々に埋まってゆく。
ジュリはコンサート会場を見下ろす駐車場でキャンピングカーから降ろされた。
黄色いトレーナーにジーンズという格好だが、大きなヘッドフォンと大きな黒サングラスが異様な感じだ。両脇には体格のいい隊員が二人、ぴたりとついている。
麻のジャケット姿のジョーカー大佐も車から降りて念を押す。
「いいな、こちらからの指示は随時入るようになっている。
お前は会場でテレパシーの覚醒した人間を見つけたら、すぐにヘッドフォンの右耳の脇のボタンを押して私に連絡するんだ」
「はい」
「ヘッドフォンを外そうとしたり、誰かに助けを求めたり、変な動きをしてみろ、爆弾が作動して頭を吹き飛ばすぞ。
もちろん博士の命もない」
ジュリは唾を飲み込んで「はい」とうなづいた。
「それから、赤ん坊の人形を抱いてゆけ」
そういってジョーカー大佐は、部下たちにジュリに赤ん坊の人形を胸に抱いた形になるようにおんぶひもをつけさせた。
赤ん坊の人形は非常に精巧に作られた既製品のようだった。
だが妙に重たいように感じる。
「絶対に落としたり、離したりするなよ」
「これも爆弾なのね?」
「いい勘だな。
もし、変な真似をしたり、誰かに助けを求めたりしたら、すぐに爆発させるからな。
もちろん会場のどこかにいるケンも必ず射殺する」
ジュリは唇を噛んだが、すぐに聞き返した。
「じゃあ、ちゃんと静かにしてれば、そっちも何もしないでくれる?
約束してよ。」
「当たり前だ、こう見えても私は紳士的なんだ。
無益な殺しはしない」
ジュリはジョーカー大佐の嘘っぽい言葉に虫酸が走ったが、その言葉に縋り、信じたかった。
テレパシーの覚醒なんてもういらない。
ただ何事もなくコンサートが終わってくれればいい。
ジュリはそう願わずにはいられなかった。
ベアリーはカンパの箱の前で、訪れる人々に声をかけ、礼を言っていた。
そこへ濃いサングラスに大きなヘッドフォン、そしておんぶひもで胸に赤ん坊を抱いたジュリがやってきた。
ジュリにヘッドフォンからジョーカー大佐の指示が入る。
「ポケットに五十ドル札がある。それを箱に入れて会場に入るんだ」
ジュリが指示の通りに五十ドルを箱に入れると、ベアリーが礼を言う。
「ありがとうございます」
ジュリはベアリーの顔を見つめて、私のことをケンから聞いてないか、何か特徴を知っててくれないかとテレパシーで探ってみる。
ベアリーの意識に先輩のケンを助けようとか、ジュリやホーライ博士、アランを救ってあげようという気持ちはあるのだが、具体的なジュリの特徴や容貌は伝えられていないようだった。
ジュリは溜め息が出そうなのをこらえて、それでも何か話しかけようと思った。
「あの」
「はい」とベアリー。
「その」
ジュリは、ここはなるべくおかしな質問がいいと咄嗟に思いついた。
印象に残り、後でケンに笑って報告するような……。
「託児所はないんですか?
普通、コンサートには託児所とか、そう、イルカの休憩所くらい用意するのが常識だと思うけど」
ベアリーは目の奥がひっくり返りそうだった。
託児所も珍しいのに、イルカの休憩所だなんて、何を言い出す女なんだろう。
「はあ」
「だから、両方使いたいんだけど、託児所とイルカの休憩所はないんですか?」
しかも黒いサングラスにヘッドフォン、赤ん坊だ。
おかしなやつがいるもんだなあ。
「す、すみません。どちらも用意してないんです」
「託児所も、イルカの休憩所も、どちらも?」
「申し訳ありません」
「じゃ、今すぐ、上司に報告して私の席に謝りに来てほしいわ」
「は、はい、わかりました」
「早くしてね、私は、そう、あの椅子席の真ん中ぐらいにいるから」
ジュリは指差して言うと、ベアリーがケンにおかしな客についてすぐ報告するように祈りながら、その場を立ち去った。
「なんだ?あの女」
ベアリーは呆れながら後ろ姿を見送った。
「まあ、沢山ひとが集まると変なのもいるってことだな」
ベアリーはケンにすぐ報告しようとは考えなかった。