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第25話 15.マリア 後編


 ドアが開いて、ジーンズを履いて、空色のサングラスをした女性が入ってきた。

 カウンターの男の顔がほころぶ。

「やあ、われらの歌姫さん」

「こんにちわ、ボブ」

「彼女よ」

 カノンは言ったが、ケンは疑問に思った。ケンの知る限りマリアはいつもドレスなのだ。ファンに投稿された買い物や、美容室の写真もドレスだった。

「ドレスじゃないよ」

 ケンが言うと、カノンは指一本立てた。

「シッ、黙ってて」

 女性はケンたちの隣のボックスに席をおろした。


 サングラスを外すと、それはマリア・グリーンだった。

 マリアは紅茶とプレーンとトーストを注文すると、周囲を見回し、振り向いていたカノンは思い切り視線を合わせてしまった。

 カノンはすかさず言う。

「もしかしてマリア・グリーンさんですかあ?」

「え、ええ」

「私、カノンと言います。私、マリアさんの大ファンなんです」

 マリアはにっこりして、

「もしかして、お名前はパッヘルベルのカノンから取ったのかな?」と聞き返した。

「そうなんです。お母さんがつけてくれたの」

「あの曲はシンプルだけど心が弾んで素敵だよね。

 それが名前だなんて羨ましいな」

「マリアさんにそう言われるとすごい嬉しいです。

 マリアさんて本名もマリアなんですよね?」

「うん、私の場合は完全に名前負け。

 子供の時からいやだったんだけど、はっきりこんなの嫌いって言ってしまうと本物のマリア様に叱られそうで、ずっと困ってるの」

 マリアとカノンはあっと言う間に打ち解けて笑い交わした。


 そこでケンがカノンを肘でこづいた。

「あ、マリアさん、こっちのおじさんはケンさん」

「どうもはじめまして、ケン・フリードマンです」

「はじめまして」

「水族館に行く時、知り合ったんだけど、悪い人じゃないから安心して下さい。

 あのね、私、マリアさんにお願いがあるの。

 そのいつか、どこかで会ったら言おうと思ってたお願いなんだけど、聞いてくれる?」

「何かな?そっちに行くね」


 マリアはわざわざケンたちのテーブルに移ってくれた。

「私たちの大切な人を悪いひとから取り返すために、コンサートをしてほしいんです」

「え、なんかすごい理由だね?」

 ここぞとばかり、ケンが口を開いた。

「マリアさん、テレパシーって信じます?」

 カノンはマリアの意識が引いたのを読み取って、ケンの口を手でふさいだ。

「マリアさん、イルカは好きですか?」

「ええ、イルカは好きよ!」

「よかった。イルカも人間も哺乳類で元は同じ仲間ですよね。

 だけど人間は、自分と他人の間に塀や壁を立てて、すごい利己主義の、心の狭い文明に生きて、ほんの少し肌の色や宗教が違うだけで人間同士が殺し合う戦争を何度も繰り返してますよね。

 それに対してイルカや鯨たちは、海を自分の海だなんて思わないし、道具を使って仲間を殺そうなんてしない。

 いつも仲間とコミュニケートして、子育ては共同でするんです。

 調和して一緒に生きてゆく、暖かい文明を持っているんです。

 どちらが素敵だと思いますか?」

「うん、それはイルカの方がいいわ。

 カノンちゃんは偉いこと、考えるのね」

 マリアに誉められ、カノンは赤くなって首を横に振った。

「違うんです。

 私が考えたんじゃなくて、私たちの知り合ったイルカの先生、ホーライ博士から教えてもらったんです。

 みんなが悪いと思ってる戦争がやめられないなんて人間ておバカでしょ。

 でもみんながイルカや鯨みたいに調和を大事にして、みんなが自分の生活を我慢すれば、戦争がなくなり、飢える国もなくせると思うんです」

「うん、そうだね」

「だけど、今、沢山のお金と大きな権力を持っている人は自分たちのお金や権力を失うのが恐ろしくて、イルカみたいに調和を大事にする人が増えないように、脳にチップを埋めてでも人々の心をコントロールしようと悪企みをするかもしれないでしょ」

「あるかもしれないね」

「それ本当なんです。実際にそういう事件が起きているんです」

「ほんとに?」

「私、大好きで尊敬するマリアさんに嘘なんかつきません。

 実は、このおじさんもちょっと前まで悪いチップを頭に埋め込まれていて、病院のソノダ先生に手術で取ってもらったんです。

 そして、さっき言ったホーライ博士とイルカのトレーナーのジュリと雑誌ライターのアランが悪い組織に誘拐されてしまったんです」

「それは大変じゃない。

 警察には言ったの?」

「もちろん言いました。

 だけど、警察もマスコミもそんな陰謀なんてあるはずないって頭から信じてくれないんです」

 カノンは目に力を込めてマリアを見つめた。

「そこで私たちは知恵を絞って、マリアさんのコンサートで呼びかけようと考えたの」

「どうして私のコンサートなの?」

 マリアはカノンの瞳を覗き込んだ。

 カノンは小さく息を吸って答える。

「だって、美しい音楽って調和でしょ」

 ケンは、その時、カノンとマリアの間に不思議な淡い光が走ったように見えて、慌ててまばたきした。

「素敵!今のひとことで説得された!」

 マリアが微笑むと、意外なほど簡単に引き受けてもらえたことにカノンの方が驚いた。

「え、ホントに?」

「ええ、カノンのお友達のためでしょ、引き受けるわ」


 ケンは聞かなくていいのに聞いてしまう。

「あの、契約はいいんですか?」

「大丈夫です。

 私の契約は制約条項をなるべくなくしてあるんです。

 おかげでカノンちゃんのために役に立ったわ」

「じゃ、私たちのために歌ってくれるのね?」

「歌ってあげる、ただ、さすがにスケジュールに空きがないとね」

 そこでケンが言った。

「今月の20日は?」

 マリアは携帯のスケジューラーを開いた。

「ごめんなさい。その日はゲームメーカー主催の大きなコンサートみたい」

「そのコンサート、キャンセルになったんです」

「本当に?

 まだ聞いてないわ」

 ケンはうなづいて説明する。

「ええ、実はそのコンサート、元々僕らが呼びかけのために発案したんです。

 だけど巨悪組織が圧力をかけてきたらしく、事務所もスポンサーも降りたんです」

「いやねえ」

「もしかしたら、また圧力がかかるかもしれないし、もしかしたらマリアさんにとっても危険があるかもしれないんだけど」

 カノンが心配すると、マリアは笑った。

「ボランティアでコンサートに出るのは私の自由よ。

 どんな邪魔が入っても出ますよ。

 あと私のバックバンドも基本的に私とスケジュール一緒だからきっと出てくれるわ」

 カノンとケンは安心して微笑み礼を言った。

「ありがとう、マリアさん」

「カノンちゃん、指切りしようか」

「指切りって、指を切るの?」

「指は切らないわ。

 ゲイシャから始まった日本の風習よ、大事なひととの大事な約束に指を絡ませて誓うの」

 マリアが小指を立てて差し出すとカノンも小指を立てて、絡ませた。

「指切り、ゲンマン、ハリセンボン」

 カノンはマリアと約束して、胸がワクワクと高揚するのを感じた。


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