第19話 12.証拠 後編
SCテレビのディレクターは編集作業中ということで小さな編集スタジオで会うことになった。
最初にビデオカメラがテーブルに置かれ、回された。
「はじめまして、エリックです。特番スクープを担当しています」
「電話したケンです」
「最初に応対しました者が失礼して申し訳ありませんでした。
何せ持ち込み情報が多いもんですから、物的な証拠か映像のある方以外は受け付けてませんのでお許し下さい」
「いえ、こちらこそ、突然でしたから」
「それで、謎の巨悪組織に誘拐されたとか?」
「はい、動物言語学のホーライ博士、フリーライターのアラン、イルカのトレーナーのジュリの三人です。
巨悪組織の名前はAAG、陰謀の作戦名はDDP、デイドリームプロジェクトです」
「白昼夢プロジェクトですか。
その巨悪組織はマフィアか何かの組織ですか?」
「いえ、もっと大きな権力、体制の黒幕といってよい集団だと思われます」
「と、言いますと?」
「密告者の語ってくれた経緯から説明します。
現在、ほんのわずかですが、テレパシーの覚醒した人が現れています。
彼らが勢力を持つと本当の平等意識、博愛思想への大変革が起きてしまう。
自分の富を守りたい有産階級や権益を守りたい権力階級としては、この覚醒を絶対に阻止したいんですよ」
ディレクターは率直に疑問を投げかけた。
「はあ、なんかまだ実感のない話ですね」
「そもそもは冷戦時代からのテレパシー研究が始まりのようです。
そのおかげで、巨悪組織はまだ誰も知らない、テレパシーの影響について独占的な情報を持っているんです。
とにかく何もせずに自然に任せると、近い将来に、現在の体制が崩壊するようなテレパシーによる大変革が急に起きるんでしょう」
「それと誘拐された三人はどう結びついてくるんですか?」
「巨悪組織は脳内に電子チップを埋め込みナノ技術で意識を制御する実験を既に行っているんです。
それはまずイルカで始まり、人間にも実験が行われています。
実際に、我々はイルカの脳と、研究所に侵入して一時拘束された私の脳から意識統御ナノチップを取り出し、その中に内部告白のビデオファイルを見つけました。
そこで、アランがそのファイルをネットに流そうとしたんです。
しかし、逆に巨悪組織にホーライ博士の研究所を奇襲され、物的証拠を奪われ、博士とジュリが拉致されたんです。
連絡が途絶えたアランもおそらく彼らの手の中でしょう」
「本当なら大変なことですよ!
あ、いや、失礼、では早速、ビデオを確認させてもらっていいですか?」
「これです」
ケンがデジタルオーディオプレーヤーを差し出すと、エリックはそれをノートパソコンにつないだ。
タッチパネルで問題のファイルを探し出し、クリックするとビデオプレーヤーが起動する。
ケンは、イルカの脳に意識統御ナノチップを埋め込むシーンを予想して説明を始めようと意気込んだ。
が、そのシーンは現れなかった。
代わりに、そこにはプロジェクターを前にきれいな外人女性がイルカの迷走現象について解説しているシーンが映し出された。
ケンの顔が引き攣った。
「これですか?」
「こんなバカな」
「どうかしたんですか?」
「ファイルの中身が入れ替わったんです。
でもきちんと確かめたんですよ。
こんなことありえない」
「もう一度ファイルから探してみましょうか?」
ケンはデジタルオーディオプレーヤーの中身を確認してみたが、そこにあるビデオファイルは確認済みのひとつのみで間違えようがなかった。
「バックアップがあるので、ちょっと電話を借ります」
ケンはソノダ医師に電話してノートパソコンを開いてもらった。
《そのパソコンのDドライブを開いてほしいんです。
そこにフォルダーがあるでしょ。それをクリックして、》
《クリックしたら、パスワードを求めてきた》
《ええ、ホーライ博士の誕生日は知ってますか?》
《知ってるよ、俺より2ヶ月と三日遅いんだ》
《それを一桁後ろにずらした6桁です》
《オーケー、今やってみる、これを入れて、開けた》
《開いたらそこにある一番大きいファイルをクリックして下さい》
《あ、出たぞ。
エーと、ブロンドの女性がプロジェクターに映ったイルカについて説明している。
これって昼に見たのじゃないぞ》
《……わかりました。もういいです》
ケンは青ざめて受話器を置いた。
「どうでした?」
エリックに聞かれてケンは首を左右に振った。
「バックアップも入れ替わってました」
「そうですか」
「いや、午前中に三人で内容を確認した後は、僕がポケットに入れてましたから、絶対、誰も触ってないんです」
ケンが言うと、エリックはうなづいた。
「ケンの話が真実としたら、その巨悪組織は、おそらく元のオリジナルにコピーすると一度再生した後に問題のビデオが削除され、別のファイルに自動的に入れ替わるように細工しておいたんでしょう。
悪意のある高度なパソコンウィルスに関して、そういう手の込んだことをするという例を聞いたことがあります」
「なんてことだ、せっかくの証拠が」
ケンはテーブルを拳で叩いた。
「手の込んだソフト的な悪戯ですが、あなたの信用を失墜させ、希望を奪うにはとても効果的です」
「悔しいです、こんなこと」
ケンが憤りを堪えながら言うと、エリックもうなづいた。
「私もあなたがわざわざ、ここまで来て騙すとは思えません。
が、証拠がない以上、番組としては取り上げられません。
残念ですが」
「お願いします。なんとかお宅の取材力で調査できませんか?」
「それはちょっと無理ですよ」
「あんた、拉致された三人の命が危ういかもしれないんですよ」
「そう言われても、証拠がなくては上を説得できないんです」
「あんたにジャーナリストの正義感はないんですか?」
ケンは思わずエリックディレクターの腕をつかんでいた。
エリックは悲しそうな顔をしてケンの手をトントンと叩いた
「ケン、気持ちはわかりますよ。しかし、冷静になって下さい。
私としても確証がないネタの取材で番組に穴を開けるわけにはいかないんですよ」
ケンは素直にあやまった。
「すみません、取り乱してしまって、失礼なことして」
「いえ、お気持ちはわかります」
エリックディレクターはケンの肩に手をあてて言った。
「正義感もゼロというわけではないので、少しでも証拠が手に入りそうなら、また連絡下さい」
「わかりました」
「残念ですが、今日のところはこれでお引取りください」
「ありがとう」
ケンはオヅ映画を真似て、頭を垂れてスタジオを後にした。