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第17話 11.メッセージ

 11.メッセージ



 ソノダ医師は明日の昼までにカノンとエリザベスが泊まるためにひとつ個室を確保すると約束してくれた。ケンはソノダ医師の診察室のベッドで寝れことになりそうだ。

 そんなわけでホーライ博士の別荘のダイニングルームで食事するのも最後になった。


 エリザベス、ケン、カノンは食卓を囲んでいたが、誰もが食欲なんてなかった。

 スープを流し込むのがせいぜいだ。

 沈黙にたまりかねたようにカノンが言った。

「ねえ、エリザベス、そんなに暗くならないで」

「ええ、そうね」

 エリザベスはカノンに作った笑みを向けた。

「カノン、うちのダーリンかジュリの心は読み取れない?」

 カノンはクビを左右に振った。

「何度か試したけど読めないの。

 でも、エリザベス、博士はさらわれただけだよ。

 ケンのおじさんだって、さらわれたけど無事に返されたんだから、博士も返してもらえるよ」

 ケンは自分が返されたのは他の仲間を割り出すためだと判断していた。

 奴らが博士の仲間をさらに探し出す気がなければ博士は簡単には返されないだろう。

 しかし、気持ちとしては、カノンの言うとおりだ。

「僕もその可能性はかなりあると思いますよ。

 連中もあまり波風は立てたくないから、僕を返したんだと思う。

 だから博士もジュリもすぐに帰ってくるかもしれない」

「そうね、良い方向に考えましょ」

「そう、ポジティブ思考でゆこう。オー」

 ケンが握りこぶしを宙に突き上げると、エリザベスとカノンも真似をした。

「あ、ちょうどニュースの時間だ。

 エリザベス、テレビをつけてくれる?」

 エリザベスは「ええ」と言いながらリモコンを入れた。

 三人は期待を込めて画面に見入った。


 地球儀が回って、ワシントンから矢印が全米各地に伸びてゆき、男性キャスターの映っている小さな画面が次第に大きくなってゆく。

「ごきげんよう、ハリー・へンダーソンです。

 まず、今日の項目からいきましょう」

 キャスターの背後で文字がフラッシュして内容を伝えてゆく。

「アイダホ州、竜巻で死者4人」

「エレベーターのシャフトに落ちた猫が無事救出」

「女性下院議員が万引きで逮捕」

 カノンがケンを振り向いて言った。

「おじさん、ナノチップがニュースになってないよ」

「アランからは確かにアップしてメールも送ったと連絡があったんだけどな」

「変だわね」

 ケンは重い口を開いた。

「まさか、もみ消されてしまったのか」

 エリザベスは口を閉じた。

「物的証拠を奪われた上に、アップしたビデオも反応がないとなると、陰謀の告発は失敗ということになってしまう」

 するとカノンがケンの腕を指で突いた。

「おじさんは、たった今、ポジティブ思考でゆこうって言ったばかりじゃない」

「いけね、そうだった」

 三人は顔を見合わせて笑った。

「大丈夫、きっと私たちは博士やジュリを助け出して告発をやりとげるよ」

「カノンちゃんが言うと、不思議と実現できそうな気がスルわ」

 カノンは急に椅子から立ち上がると、自分のポシェットからデジタルオーディオプレーヤーを持って戻って来た。

「あれ、それは海に浸かったんじゃないのか?」

「博士が分解して乾かしてくれたの」

「乾かすだけで直るか?」

「直るんだよ、パパが携帯を洗面に落っことした時にね、みんな知らないけど、古い電化製品は水で洗って乾かして修理するんだよって教えてくれたの。

 みんなは中が濡れてるのに動かそうとするから却って駄目にするんだって、言ってた」

「そうか、勉強になったよ」

 ケンが笑うと、カノンはうなづいた。

「私ね、なにかを考える時は、きれいな歌を聞くの」

 カノンがイヤホンを両耳にして、ボタンを押すのを、ケンは小さなひっかかりをもって眺めた。

 なんだろう、このひっかかる感じは。

「カノン、切りのいいところで俺にもそれを聞かせてくれる」

「うん、そうだ、エリザベスさん、そこのステレオにつないでいい?

 そしたらみんなで聞けるわ」

「ええ、いいわよ」

 

 カノンがデジタルオーディオプレーヤーをサイドボード上のステレオセットにつなぐと、女性ヴォーカルの曲が流れた。

 それは歌聖マドンナと呼ばれ、歌唱力を絶賛されているマリア・グリーンが、「G線上のアリア」を『ピエタ』というタイトルでカバーした曲だ。

『心に耳澄ませ、心を感じて……、

 今も愛が、つなぐよ。

 (離れていても、)

 君の輝ける

 (笑顔、感じてる)

 笑顔、まぶしくて

 この、美しき、歓びを

 永遠に、とどめん

 

心に耳澄ませ、心を感じて……、

 今も消えぬ、み徴よ。

 (君の生まれし)

 星の輝ける

 (力、信じてる)

 力、あふれてる

 この、美しき、言葉で

 貴方、奇跡を教えん

 

 love…、

 悲しいことが

 (いつか、いつの時)

 胸を痛めても

 意味をまなび

 涙ぬぐい歩め 

 我がいとしの君

 

 love…、

 哀れなひとが

 試そうとしてもいい

(強く)

 もっと

(もっと)

 強く、 』


 三人はマリアの歌を聴きながら、素晴らしいアイデアを求めて、それぞれ考え込んだ。

 ふとカノンが口を開いた。

「おじさんがDDP研究所に入った時、何か見つけたんじゃないかな?

 その時の私はまだ人の心をテレパシーで読めなかったから言葉は受け取れなかったけど、おじさんが何かに驚いたか、怒ったりしてるのを感じたの。

 おじさんは自分でも陰謀の証拠にたどり着いたんだと思うな」

「いや、僕の記憶にあるのは美人の研究員がイルカの研究について説明してくれる様子なんだな。

 迷走して陸に打ち上げられる鯨やイルカの写真を見せられ、彼らを救うためにイルカたちの調査をしているという話だ」

「もちろん、それがニセの説明であることは理解してるよね?」

「うん、わかっているよ」

「おじさんの見つけた証拠はどういう形だったの?」

「いや、全く記憶にないんだよ」

「目をつぶって集中して探してみて。

 研究所にはどうやって入ったの?」

 カノンの要求に、ケンは目を閉じて「うーん」と唸りながら、当日の記憶をさかのぼろうと試みる。

「警備員がいた。

 僕が中に入れてくれとしつこく頼むと不法侵入で逮捕すると脅した。

 仕方なく僕は引き返した」

「でも中に入った筈よ」

「うーん、どうやって入ったかは思い出せない」

「自分で言ってたじゃない。

 おじさんは優秀なスパイの演技ができる筈でしょ、思い出して」

「そうだな、私はイーサン、現在使ってる仮の名はケンだな」

「もしかしたら、おじさんは奴らも気づかない方法で証拠を持ち帰っているんじゃないかな?」

 ケンは目をつぶったまま眉間にしわを寄せた。

「うーん、証拠なんて持ち帰ってなさそうだ」

「じゃあこういうのはどう?

 スパイ映画の熱烈ファンのおじさんは奴らも気づかない方法で証拠をどこかに隠した」

「やっぱり、覚えがないなあ」

 そこでエリザベスが発言した。

「ケンは催眠術をかけられたままなのよ」

 ケンとカノンはうなづいた。

「だとしたら、催眠を解けばイイわ」

「それは名案かも」

 カノンはパンと拍手した。

「じゃ、ケン、目をつぶって、心を楽にして下さい」

 ケンはあまり乗り気ではなかったが、言われるままに椅子にもたれるように座り、心を緩めた。

「あなたは深い呼吸をします、気分がとても楽になってきた」

 エリザベスの暗示にケンは素直に従い、深い呼吸をしながらリラックスする。

「これから、アナタは私がみっつ数えて、手を叩くと催眠がすっかり解けて、隠れていた記憶を取り戻します。

 いいですか?」

 ケンはうなづいた。

「イチ、ニィ、サン」

 エリザベスが手を叩いた。

 が、ケンは自分の記憶が戻ったようには感じなかった。

「……うーん、エリザベス、申し訳ないけど、記憶は戻らないよ。

 相手は巨悪組織なんだから、単純な暗示で解除できないという暗示まで、既に仕掛けているかもしれない」

「そうね、残念だわ」

 エリザベスとケンは再び気分が落ち込むのを感じた。

 するとカノンが言う。

「みんな、なんか忘れてない、さっき、ポジティブ思考でゆこうって言ったじゃない」

「そうね、カノンちゃんが言うんだから、きっと記憶は戻るわ」

 その後、時々、会話をしながら、三人は素晴らしい解決策を考えて時を過ごした。

 三人が眠りについたのは午前1時をまわってからだった。


 夜明けの浅い眠りの中で、ケンは夢を見た。 

 自分は海を覗き込んでいる。

 水中を何かの影が近づいてくる。

 まもなくマックスが跳び上がってきて、ケンの手首に噛みついた。  

 噛みつかれたケンはじっとして、のんびりマックスの顔を見つめて、ああ、そういえば自分は記憶喪失だったのに、そのことまで忘れていたなと笑った。

 マックスは手首に噛みついたままじっと見つめてくる。  

 次の瞬間、マックスの言葉がダイレクトに頭の中に響いてきた。


『ケン、また話ができた、三回目だね』

『えーと、まだ二回目だよ』

『いや、三回目だよ。二回目はケンが僕に伝言を預けた』

『伝言って誰宛てに?』

『君自身だよ』

『僕自身に』

『奴らに記憶を消される直前、僕と交信できた。

 その時、伝言を頼んだんだ』

『そうか、それはすごいや!』

『伝言を聞く準備はいいかい?』

『いいとも』

『DDP研究員ダニエル、デジタルオーディオプレーヤー、バックアップ』

『そうだった、思い出した。

 ありがとう、マックス!』

『こちらこそ。

 前回も言ったけど、助けてくれてありがとう、ケン!』

 

「わかった!」

 ケンは大声を張り上げベッドから飛び起き、今の話を忘れないように書き留めた。

 そしてカノンとエリザベスが眠る寝室の外で、カノンに向かってほとんど聞き取れないぐらいの声でささやく。

「起きなよ、カノン。

 俺の声が聞こえたら起きておいで」

 まもなくトレーナーを着たカノンが目をこすりながらドアを開けた。

「おじさん、早起きだねえ、何かあったの?」

「あった、あった」

 ケンが嬉しそうな表情なので、カノンも期待をもって聞く。

「何があったの?」

「また夢の中にマックスが出てきたんだ」

「そう、ステキ!」

「そして僕が僕宛に残した伝言を教えてくれたんだ。

 同時に記憶も戻った。

 えへん、私、イーサン・ハントはちゃんと仕事をしていたんだよ」

「仕事って?」

「つまり巨悪の陰謀の証拠を隠しておいたんだ」

 エリザベスもナイトガウン姿でやって来た。

「おはよう、どうしたの」

「おじさんがね、夢の中でマックスから伝言をもらって、記憶も戻ったって」

「グレート、やったわね」

「肝心の証拠もちゃんと隠しておきましたよ」

 ケンが興奮して言うと、エリザベスも嬉しそうに言った。

「よかったわね、ケン」

 カノンは「きっとうまくいくと思った」と眠そうな声で言った。

「で、ケン、証拠はどこに隠してあるの?」

「それがそう簡単ではなくて、また取りに行かなきゃならないんだ。

 それでね、是非、カノンに手伝ってほしいことがあるんだ」

「そうか。

 それを持っている人に会ってみなきゃいけないんだ」

「話が早くていいね。

 すぐに顔を洗って、目を覚ましておいで」

「はあい」

 ケンは微笑んでカノンを見送った。



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