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プロローグ

 プロローグ 



 並んだモニターに屋内のプールで戯れるイルカたちが映っていた。

 その手前で警備員たちがトランプをしている。

 そのスキを見透かしたように、一頭のイルカがそっとショープールへの通路に入った。

 イルカは立ち泳ぎしながら水上50センチほどにある取っ手をくわえて引く。するとメインプールへ続く仕切りの金網の扉が開いた。

 空の青さを映し出したメインプールにはさざ波が立っている。

 イルカはプールの中で大きく円を描いて泳ぎ出した。



 薄暗い部屋の中、一人の男が粗末なベッドに仰向けにされていた。

 肩、肘、手首、腹、腰、膝、足首と幅の広いベルトで縛り付けられ、天然パーマの頭は左右から巨大な万力で挟むように固定されて、脳波形のコードがつけられている。脇のテーブルには手術に使うような広いステンレスのトレイがあり、何本かのメスがあったが、どうみても大工道具のさびかけたペンチや電動ドリルが一緒に並んでいる。


 靴の音を響かせ、ポマードで固めた髪に淡いブラウンのサングラスをかけた、スーツ姿の男が近寄ってくる。

「フィリップ、私はジョーカーだ。一度ハッキング事件の時に面接したな」

 ジョーカー大佐はフィリップの手を撫でると、次の瞬間、つねった。

「ウッ」

「残念だよ、君が裏切るとはな」

 フィリップは反論する。

「裏切りじゃない、お前らがおかしいんだ。イカれてる」

「どっちがだ?組織を裏切って何が得られる?」

「こんな人権を無視した計画は馬鹿げている」

「馬鹿なのは大衆だ。

 テレビとゲームにうつつを抜かしていながら、マスコミが騒ぐと急に政治が悪いと言い出す。もっともマスコミが我々の宣伝に乗って正義だと言えば我々の味方にもなるところが可愛いがな。

 とにかく大衆には正しい判断などできない。考える力のない愚かな大衆がくだらない思想にかぶれないようにコントロールし、国家の利益を優先する正しい国民に変革するのだ。これは来るべき終末の混乱を制御する理想的なシステムだ」

「なにが理想的だ、お前らこそテロリストを煽り、世間を混乱に陥れる元凶だろ」

「ひどい言いがかりだな、

 まあいい、話を進めよう、どんな情報を漏らしたか、何をしたか話してもらうぞ」

 ジョーカー大佐はフィリップを睨みつけると続けた。

「どんな情報を漏らしたか、何をしたか話してもらうぞ」

「さあな」

「君は自分の置かれた状況を理解してないな」

「……、」

「諜報機関出身の私が、何故、このDDPデイドリームプロジェクトに高額で雇われているかも」

 ベッド脇のトレイでペンチと注射器がぶつかり金属音が響いた。 

「……、」

 ジョーカーはアンプルに注射器の針を差し込んで薬剤を吸い上げながら、言う。

「フ、君は拷問されるのは初体験だろうから、ゆっくり味あわせてやるよ」

ジョーカーは注射針を手荒にフィリップの腕に突き立てると、中の透明の液体を一気に押し込んだ。

「何を打った?」

「それぐらいテレビのスパイもの見てれば、見当つくだろう?」

「自白剤?」

「ま、そのうちでも一番軽いやつだ、相手がすご腕のエージェントなら強い自白剤が必要だが、お前は素人だからな」

 その言葉も終わらぬうちに鼓動が忙しくなり、軽い眩暈がフィリップの意識をぐらぐらと追い込む。

「今朝午前7時4分、お前は携帯から新聞社に電話し、我々の研究開発のダークサイドについて報道してほしいと持ちかけた」

「汚いぞ、個人の電話を盗聴するなんて」

「何を言う、プロジェクトの秘密を売り飛ばすのは契約違反だ。

 そして国家事業でもある我々のプロジェクトを裏切るのは国家叛逆罪だ。

 我々はいつでもお前を秘密裡に殺せるんだぞ」

 ジョーカーはフィリップの顎を引っ張るようにつかんだ。

「そんなこと、マスコミが黙ってるもんか」

 ジョーカーはあきれたように首を左右に振った。

「おめでたいやつだな、考えたこともなさそうだな。

 なぜ、この研究所が軍付属の研究機関なのか?」

「……」

「それはな、もし今回のような事件が起きた場合、非公開の軍事裁判で秘密裡に裏切り者を処刑できるからだ」

「……そんな、」

 フィリップは蒼白になった。


「さて、お前はメールを送ったな」

「知らない」

「しらを切っても無駄だ。どこにメールした?」

 ジョーカーはペンチでフィリップの右手の小指の爪をつまんだ。

 そして、ペンチで挟んだ爪をゆっくりと半分ほどめくりあげる。

「ギエエー、」

「どこにメールした?まだ爪を剥こうか?」

「ヒッ、あの新聞社だけだ」

「嘘じゃないだろうな」

 ジョーカーはさらにペンチでフィリップの爪をめくる、

「グァー」

 小指の肉が完全に剥き出しになった。

「オォーオォォー」

「指はあと十九本あるんだ、まだまだそんなに大げさに喚くなよ」


 そこへドアが開いて、白髪を七三に分け、狡猾そうな細い目をした男が入ってきた。

「どうだ、大佐、全部吐いたか?」

 ジョーカーは振り向いて「クロブラッド司令」と敬礼した。

「まだですが、時間の問題ですな」

「何をしようとしてたって?」

「こいつ、新聞社にメールを送ろうとしました。

 もちろんメールは我々がインターセプトして相手には届いてないが」

「……くそ」

 ジョーカーは悔しがるフィリップに向き直った。

「ミッキーマウスの画像には暗号鍵付で告発ビデオファイルを埋め込んであったな」

「だったら聞かなくていいだろ?」

「問題はそこから先だ、

 誰に頼まれたのか?

 他に仲間がいるのか?」

「誰にも頼まれてない、仲間もいないよ。

 もっともこの計画に吐き気を覚えている人間はこの研究所にもたくさんいるはずだ、良心がある者はみんなだ」

 ジョーカーはチッと舌打ちした。

「いけないねえ、それが拷問される態度かい?

 礼儀知らずの君にはもう少しヘビーな拷問がよさそうだな」

 ジョーカーはトレイから電動ドリルを持ち上げると、フィリップの目の前でスイッチを入れてみせた。

 ビィーンとモーターが唸り、ドリルの先が鋭く回転する。

「いいかい、坊や、きちんと質問に答えないと、坊やの頭にタオルハンガーをつけてあげことになる、坊やはタオルハンガーは好きかな?」

「……」

「坊やは誰かに頼まれたのかな?」

 ジョーカーはドリルの先端を額の生え際に押し当てた。

「坊やは誰かに頼まれたのかな?」

 金属の冷たさがフィリップの神経を引き攣らせる。

「……い、いや、違う」

 ジョーカーはフィリップが答えたにも拘らずドリルのスイッチを入れた。

 皮膚に激しい痛みが走り、血が流れ、頭蓋骨に小さな穴がこじ開けられた。

「アァァァー、」

「あ、いけないなあ、先生の質問に答えるのが遅いから少し穴を開けちゃったじゃないか。でもこれぐらいなら、死なないよ」

 ジョーカーは笑いながら流れ出た血をガーゼでひと拭きすると、またドリルを押し当てた。

「坊や、仲間はいるのかな?」

「……いない」

「そうそう、それぐらい早く答えてくれれば間に合うよ。

 さて、次の質問だよ、坊やは別の方法でビデオファイルを持ち出していないだろうね?」

「……ない」

 ジョーカーは脳波形のモニターを見つめて言う。

「嘘があるなあ、坊やは正直だから先生のお気に入りだ。

 真実の時と、嘘の時の答える時の、声の間隔、高さが違うんだよ。

 先生にはすっかりお見通しだ、」

 ジョーカーはドリルのスイッチを入れた。

 おそらく脅しだけでドリルを奥には進めないはずだ。

 そう思いつつも、フィリップの心は底から頂点まで恐怖で満たされてしまう。

「アァァァー、」

「坊やは、他にもビデオファイルを持ち出そうとしていたんだな?」

 ジョーカーはさらにドリルを奥に進めるふりをする。


 すると、突然、フィリップは自棄になって叫んだ。

「ヴォォオオー、ハンク、ビッグジャンプだ」

「ハンク?」

 ジョーカーが疑問を挟むと、クロブラッド司令が教えた。

「ああ、そいつはうちの実験に使ってるイルカじゃないのか」

「ケッ、いかれてきたか、実験台のイルカのことなど聞いてない、ビデオファイルのことを答えるんだ」

 ジョーカーは今度はペンチでフィリップの爪をめくる、

 しかし、フィリップは一瞬悲鳴を上げたものの、その光景を間近に見ているように叫ぶ。

「そうだ、ハンク、ゴー、ゴー、ゴー!」

 あたかも、イルカが尾びれで青い海を蹴り、白い波しぶきを引いて、遠ざかっている様子が見えているのだといわんばかりだ。

「ハンク、ゴー、ゴー、ゴー!

 絶対捕まるな、ゴー、ゴー、ゴー!」


 クロブラッド司令はハッとしてデスクの電話に駆け寄り、受話器に叫んだ。

「研究室のイルカが逃げ出していないか至急チェックしろ」

 ジョーカー大佐は「まさか」とつぶやく。

「ありえるぞ、

 こいつ、イルカにビデオファイルを隠して逃がしたかもしれん」

 電話の向こうからまわりに聞こえるほどの大声が響いた。

「一頭、いません!」

「馬鹿め、何を監視してた、すぐ捜索するんだ」

「通常の自動無線追尾モニターでは見当たりませんが、」

「そんなもの切ってあるに決まってる。衛星監視システムは?」

「それが、今、テロ警戒作戦で東部および中東地域に向いてまして使用できません」

「なんだと?だから監視衛星は何個も打ち上げとけと言っとるんだ」

 男は命令した。

「至急、ボートを出して、そのイルカを探し出して捕獲するんだ。

 逃げられそうな場合は殺してもかまわん」


 ジョーカーはフィリップに尋ねる。

「お前、イルカの内臓チップに告発ビデオファイルを仕込んだのか?」

「ざまあみろ」

「余計なことを」

 ジョーカー大佐は怒りで顔を赤く染めて、フィリップを殴り、さらに親指の爪をめくり取った。

「ギャャアアア、」

「小しゃくな、二重策を用意したな」

「これでお前らの陰謀も終わりだぞ」

 フィリップはそう言い放ったが、ジョーカーは平静に言い返す。

「ふん、そううまくゆくとは思えん。

 誰が海を泳いでるイルカをつかまえる?

 誰がそのイルカを切り開いてチップを見つける?

 誰がチップの中にお前のビデオファイルがあると気付く?

 それはタンカーが針の穴を通るような確率だ。

 我々は監視衛星さえ都合つけばすぐにイルカを見つけるぞ。」

「……」

「それに、これ以上、君に話してもらうことはなくなった。

 君も知っているようにこの計画も人体実験の段階に入った。

 君はその名誉あるモルモットになるわけだ、君も知っての通り、まだ予期せぬ副作用があるが、君による実験データはきっとわれわれの計画に役立つだろう」

 ジョーカーは勝ち誇って笑った。

「や、やめろー、やめろー」

 フィリップの声が空しく響いた。            (1イルカショーに続く)



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