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天人の仕込み

宴の始まりです。

   六・天人の仕込み 


 曇天の空の下、博霊神社の境内は久方ぶりに賑わっていた。

「うん。それはそこに……その御酒はまだ置いといて」

 以前の神社の再建時と同じ様に天子の指示の元、天女達の手で着々と宴会の準備が進められている。

 天界から運ばれてきた酒樽が境内の隅に幾つも幾つも並べられる。酒豪の多い幻想郷を見越してのことだろう。

 天界にたいした酒の肴が無いことを考慮して八目鰻屋が、宴の余興としてプリズムリバー三姉妹まで呼ばれているから相当な気の入れようである。

「へー、さすがねぇ。これは楽で良いや」

 霊夢が本殿に腰掛け、ぼんやりと眺めている。

「……御自分の神社なのに宜しいのですか?」

 その横に腰掛けている衣玖が呆れた顔で問いかけた。

「いーの、いーの。別に困ることなんて何もないし。運良くお賽銭が入るなんてことになったら棚から牡丹餅ってぐらいよ」

「そうですか……」

 これほど適当で、巫女らしくない巫女もそういないだろう。

 そう衣玖は思った。

「そういうあんたこそ、何もしなくて良いの?」

「ええ、総領娘様がお得意なことですからね。それに、一応の上司とはいえ、天女は私とはほぼ関わり合いはありませんから。無理に私が入って和を崩すのも良くないでしょう」

「ふーん。良く分からないけど天界も面倒ねぇ」

「まあ、そうとも言えますね」

 実際、衣玖と天子を繋ぎ合わせる者はほとんど無い。

 天に住み、竜神の言葉を伝えるという役目を担う妖怪である衣玖。

 天子はその立場上、一応衣玖の上司とも言えるが普段近くにいるわけでもない。

 初めてまともに会話したのもあの異変の時だった。

「わざわざあいつの為に一緒になって、幻想郷のあちこちを回ったぐらいだから部下かなんかだと思ったけど」

「そう……ですよね。なんででしょう」

 衣玖自身振り返れば自分が呼ばれた理由はさっぱりわからない。

 幻想郷のあちらこちらを回るのも終ってみれば、案外天子の口調に怒りだす者は生真面目な妖夢除いてほとんど居なかった。

 最低限のフォローはしたつもりだが、それも必要だったかどうか。

 単純に使える知り合いが私だけだったからか、それともただの気紛れか。

 衣玖が考えても考えても答えはさっぱり浮かばない。

「んー、そうねぇ……」

 よほど暇なのか、霊夢は視線をぼんやりと漂わせたまま、ぼんやりと思考を巡らしているようだ。

 衣玖も別段やることもないので黙って霊夢の答えを待つ。

「……魔理沙はね。よくここに遊びに来るのよ」

「へえ」

 語りだした霊夢の表情に変化は全く無い。

 ただ淡々としゃべるだけ。

 それに合わせて衣玖も抑揚を抑えて簡潔に相槌を打つ。

「時には弾幕遊びもするけど、ほとんどは特に何もしないのよ」

「……何も、ですか」

「ええ、本当に来ても別段何もしないの。強いてあげれば湯のみの数が一個増えて、魔理沙の益体もない話に付き合うだけ」

「それは何の意味があるんですか?」

「さあ? 私は自分から魔理沙の家に遊びに行くなんて滅多に無いからね。用も無くわざわざ来る意味なんてさっぱりわからない」

 ただただ無感動とも言えるほど霊夢は単調に言葉を紡ぐ。

 しかし、だからこそ衣玖にはこれが霊夢の偽り無い言葉だと感じられた。

「で、私は聞いてみたのよ。『なんで、ここに来るの』ってね」

「どう、魔理沙さんは返したんですか?」

「……楽しいからだって」

「それだけ、なんですか?」

「ええ」

 霊夢がゆっくりと腰を上げ、立ち上がった。

「……結局私には良く分かんなかったんだけど。もしかしたら、あいつもそうかもしれないわね」

 座ったままの衣玖に霊夢の表情は窺い知ることはできない。


挿絵(By みてみん)


 また、衣玖には霊夢の表情を想像することは難しかった。

「そうでしょうか……」

「ま、別に保障はしないわ。……そろそろ面子が揃ってきたみたいね」

 何時の間にか境内は、天女と天子だけでなく多くの妖怪や人間、妖精で賑わっていた。

 良く見れば咲夜とメイド妖精も天女に混じって、料理の準備をしているし、早くも魔理沙を筆頭として一部は呑み始めている。

 振り返りもせず霊夢はそのままその輪の中に入りに行ってしまった。

「楽しい……ですか。はてさて、私はどうなんでしょうねぇ」

 一人本殿に取り残された衣玖の呟きは、宴の喧騒に呑まれて誰にも届くことなく消えてしまった。



「では本日は私天子の宴の為に大勢集まっていただきありがとうございます」

 天子の良く通る声が境内に響き渡り、ざわめきがやや収まった。

「本日は天界特注のお酒も、食べ物も、見世物も全て十二分に用意しています。どうぞ、心ゆくまで楽しんでください」

 おーっといた声と供に升やおちょこ、杯が掲げられる。

 それを見て衣玖は心の底からホッと胸を撫で下ろした。

 なんとか無事にここまでことができた。

 もうここから問題事が起きることはないだろう、と。

「――――さて、その代わりと言ってはなんですが『紅魔館』『魔法の森』『白玉楼』の方にご提案があります」

「……へ?」

 が、衣玖が全くあずかり知らない事を朗々と天子が語りだした。

 周囲のざわめきが一瞬で静まり、三つの場所の住人達に視線が集まった。

 レミリア、妖夢、魔理沙が驚きに目を見開いている。

 咲夜、パチュリー、アリスは僅かに眉を顰め、幽々子は変わらず緩やかな笑みを浮かべていた。

「私にお家の増改築をさせてもらえないでしょうか!?」

 自信満々に胸を張って天子はそう言った。

 サッと衣玖の顔が青ざめる。

「当然、お代なんて要りません。時々、私を過ごさせてくれれば十分です。それに、もう皆さんのお屋敷の下調べは済んでいるので直ぐにでも天界式の住居が手に入ります。どうです? 吸血鬼さん」

 天子がはっきりと紅魔館の三人に顔を向け、自信満々といった顔で訊ねた。

 天子がわざわざ家を見て回ったのはこれが目的だったということだ。

「ふふふ、面白いじゃない。咲夜は良い? パチェはどう?」

 周囲の視線が集まる中、レミリア目をつぶり傍の二人には静かに問いかける。

「お嬢様が仰られるなら。どうぞご随意に」

「私の図書館にさえ手を付けなければいいわ。レミィの好きにすれば?」

「だってさ」

 目を開き、はっきりと天子と視線を合わせて紅魔館の主は答えた。

「ありがとうございます。では、そちらの魔法使いのお二人は?」

 にっこりと笑って、今度はアリスと魔理沙に問いかける。

「おおー。面白いな。ついでに片付けもやってくれるならいいぜ」

「……そうね。考えとくってことでいいかしら」

 魔理沙は嬉々として、対照的にアリスは無表情で答えた。

「ぜひとも、よろしくお願いします」

 アリスの答えも肯定的と受け止めたのか天子は喜びを全く隠さずに表情出している。

 衣玖はただただ黙って青ざめる。

(ま、まずい。このままでは総領娘様の思惑通りに運んでしまう。そうなれば、あの妖怪が黙っているわけがない)

 それを天子は確実に分かっているのだろう。

 むしろそれを望んでいるのだ。

 あの妖怪との『再戦』を。

 今思えば、言われるままに何も確認を取らず、ただの宴を開くだけと思っていた自分が甘かった。

 しかし、衣玖の後悔は遅すぎた。

 もう自分では天子を止められないのを嫌というほど衣玖はわかってしまった。

「さて、白玉楼のお二人は?」

「そうねぇ……」

「幽々子様!?」

 何時もどおりの、のんびりとした主に生真面目な従者が悲鳴に近い声を上げる。

「ま、まさか了承したりしませんよね?」

「えー、別にいいんじゃない? 無駄に広いんだし」

 紅魔館とは違い、主従の意見に一致は全く見られない。

 しかも、その主が何事にも適当としか見えない行動ばかりするから余計酷い。 

「いや、駄目ですよ! 幽霊達の一時の居場所でもある白玉楼に天人なんかいたら滅茶苦茶になりますよぉ」

「あー、それは大変ねぇ。妖夢が」

「そうですよ。一度散った幽霊集めるのは本当に大変なんですから……」

「それは確かに大変でしょう」

 白玉楼における秩序の為の諫言というよりはもう妖夢の愚痴に近い。

「でも」

 しかし、諫言だろうと愚痴だろうと、どちらにしろ幽々子が聞く耳を持つはずが無い。

「え?」

「私は良いですよって答えないとつまらないのよ。ご免ね。妖夢」

「えぇーー!?」

 真面目な庭師の願いは主によってあっさりと却下された。

 これで天子の作戦は完全に成功した。

 無言で俯いている衣玖を他所に、天子は成功の感触をグッと右拳を握り締め実感する。

 そして顔を上げ、営業スマイルで挨拶を終らせにかかる。

「ありがとうございます。では心ゆくまで宴を――」

「お手つきみーっけ」

 しかし、ついに御待ち兼ねの招かれざる客がやってきてしまった。


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