天子移動中…………
五・天子移動中…………
「うん。美味、美味。この粗野な味がまたいいわね」
「はぁ、そうですか」
八目鰻の蒲焼を美味しそうに頬張る幽々子を、妖夢が複雑そうに見つめる。
八目鰻を好きになれないのか、もしくは生真面目な妖夢のことだから、主を自分の料理で満足させられていないのを恥じているのかもしれない。
「あ、そうです。幽々子様。お言い付け通りざっと案内してしまいしたが、本当によろしかったのでしょうか?」
「それでいいのよ。そんなことよりこっちの方が一大事よ」
心配気な妖夢の事は全く意に介さず、幽々子はまた一つ八目鰻を頬張った。
「まあ、実際何かされたわけではないので良いのでしょうけど……。もし、またあの方たちが来たらどうしましょう」
「……んく。よっぽどのことじゃなければ放っておけばいいの。妖夢が何かするとつまらないじゃない」
「はぁ」
「天人の宴を寝て待ってればいいだけよ」
それは幽々子様だけなんじゃないのか、疑問とその言葉を妖夢はグッと飲み込んだ。
「おー、宴会が楽しみだなー」
「研究はどうしたの、研究は」
「それはそれ、これはこれ。人生ってのは楽しそうな物は持てるだけ持っていくものだぜ」
「……貴方はそうかもしれないわね」
自信満々にそういう魔理沙を見てアリスが苦笑する。
「でも、自宅の留守番ぐらいは急いで作ったほうがいいかもよ」
「へ? なんでだ?」
急に真面目になった声音を聞いて魔理沙が、やや驚いた声を返す。
「そうね。天から来たネズミがいるみたいだから」
「おお、それは珍しいな。今度罠でも仕掛けて置くか」
「…………ま、キノコの生えた家じゃネズミも嫌がるか」
そう呟いたアリスを魔理沙は不思議そうに眺めた後、
「ふむ、なら霊夢のとこにも仕掛けてみるか」
魔理沙が真面目な顔で呟く。
「んー、そこはもう一回お手つきしたから来ないかも」
「不思議なネズミだな」
「そうね」
そう言ってクスクスと笑うアリスを、なんだかさっぱりわからない魔理沙は更に不思議そうに眺めるほかなかった。
「お嬢様。よろしかったのですか?」
「んー、何が?」
「天人の件です」
「いいんじゃない? 最近暇だったし。それに約束された曇り空ってのは魅力的だわ」
「……そうですか」
腑に落ちないという表情をしつつも、咲夜のその腕は滑らかに主の紅茶の用意を済ませる。
「咲夜は気にしすぎー。う……、今日のは苦くない?」
その紅い紅茶がよほど苦いと感じたのか、レミリアが顔を顰めた。
「今日は秋摘みの茶葉を使ってみました」
「ん~~、苦いわ。とても苦い」
言わずともサッと目の前に置かれたミルクをドボドボと注ぎ込み、スプーン一杯の砂糖を流しこんだ。
スプーンで掻き混ぜられると見る間に血のような紅から、枯葉のような茶色に変わっていった。
「お嬢様にはそろそろこの味を知ってもらうのもよろしいかと」
澄ました表情の咲夜に対して、あれだけ入れてもまだ苦かったのかレミリアが恨めしそうな視線を向ける。
主の視線に気付かないフリなのか、咲夜は言葉どころか、表情一つ変えない。
騒がしい主へのちょっとした意趣返しなのかもしれない。
「……咲夜」
「はい。なんでしょう」
「秋摘みは当分いらないわ」
瀟洒な従者は無言で幼く我侭な主に頭を垂れた。
「当日はよろしくおねがいします」
博霊神社に着いた天子は、境内で掃き掃除をしていた巫女――博霊霊夢に開口一番そう言った。
宴の説明をして宴を開いて良いかどうか聞くという二つの段階を飛ばして、いきなり確認という所まですっとんでいる。
「……ああ、これね」
その無茶な言葉に霊夢は気だるげに箒を地面で指し、そう返した。
見れば、集められた枯葉の中に『文文。新聞』がチラリと見える。
さすがに同情を禁じえない扱いだ。
「そういう事です。こちらの境内をお借りするだけで、準備はこちらの者で行います」
「……その前に使っていいかどうか聞くべきじゃない?」
至極最もな言葉だ。
しかし、尚も暴言は続く。
「良いじゃないですか。こんな事でもない限り年中暇でしょう?」
さっきから、いやほとんどずっと衣玖は肝を冷やしっぱなしである。
異変解決の『博霊の巫女』に対してさえ、失礼なもの言いを天子は止めない。
「…………はいはい。分かったわよ」
今日は気が乗らないのか、それとも気に障らなかったのか。
どちらにしても危機は回避された。
衣玖は天子の横でホッと胸を撫で下ろす。
「暇つぶしになるなら私は構わないから、好きにしなさい」
「じゃあ、明日はよろしくお願いします」
「……は?」
霊夢が間の抜けた声を上げたのを、衣玖は不思議そうに、天子は顔色一つ変えずに見ていた。
幕間です。
宴までもう少しお待ちください。