曇り後曇り
今度はお屋敷のようです。
四・曇り後曇り
「総領娘様。門番が寝ている場合、館に入る為の正規の手続きはどうすればいいのでしょう」
「もうこの時期じゃ春眠暁を覚えずってわけにはいかないでしょう、叩き起こして」
「…………」
三つ目の訪問先、吸血鬼の館――紅魔館の入り口で二人は立ちすくんでいた。
入る為の手続きを行うはずの門番、紅美鈴は、器用にも鉄製の門にもたれかかったまま涎をたらして爆睡している。
起こそうと肩を揺さぶろうとしても足が地に根付いたかのように動かず、かといって頬を叩くことなどできない衣玖はほとほと困り果ててしまった。
「門番さん。起きてくださいよ」
「グー」
「お仕事してください」
「ググー」
衣玖の気も知らず、門番はいびきで返事を返すだけだ。
衣玖は何時天子の癇の虫が騒ぎ出すかと考えると気が気でない。
自分だけが災難を受けるならまだいいのだ。
もし、また大掛かりなことを仕出したら…………。
「起きてくださーいっ!」
「グー」
「騒がしいわね。どうかしたの、美鈴?」
溜まりかねて声を張り上げたのが幸をそうしたのか、何時の間にか門前に銀髪のメイドが現れた。
「グー……グ? ……起きてますよ?」
それと同時に目を覚ます美鈴を見て、十六夜咲夜は溜め息を付いた。
「下手な芝居にすらなってない。これは立派な職務怠慢ね。罰則では……あら、天のお二人がどういったご用件で?」
凍りつく門番をそのままに、咲夜が今気付いたかのように二人に向き直って言った。
「あ、はい。それはですね――」
「さっさと館に上がらせてよ。こっちはそこの門番のせいで無駄に足止め食ってるんだから」
天子の言葉に用件を説明しようとしていた衣玖の笑顔が凍りつく。
この人は本当に人を招待する為に回っているのだろうか。
そんな考えが衣玖の脳裏を掠めた。
「…………」
どう考えてもフォローするべきだが咄嗟に言葉が見つからない。
「あ、あの」
「そんな人を入れるわけには行かないんだけど……ま、いいわ。こちらの不手際もあるし、それにお嬢様からのお許しもでたしね」
「え?」
「さあ、どうぞ」
咲夜の言葉と同時に軋むような音が鳴り、鉄製の扉が開かれた。
「それじゃ、お邪魔させてもらいます」
「あ、はい。お邪魔します」
咲夜に続いてズンズンと先に進んでいく天子の後を、なんとか衣玖が動揺を押し切ってついていく。
(何時、彼女は主の許可を得たのかしら? ……そんな時間があったようには思えなかったけど)
音もなく館の扉が開き、三人を招きいれた。
館の扉が閉まる直前、門番の悲鳴が僅かに館まで響いたが幸いにも二人の耳には届かなかった。
天子と衣玖の二人は咲夜に案内されて広く縦に長い部屋に通された。
その部屋には純白のテーブルクロスが敷かれた長いテーブルがあり、二人から見て反対側の奥で館の主が妖しく微笑んでいた。
「いらっしゃい。天人さんとお使いさん。挨拶はいいから、さ、掛けて」
部屋にいたメイド妖精に案内され、レミリアと反対側の席へ二人が座る。
「さっそくですがお誘いに来たのです」
座るや否や、天子が話を切り出した。
「ええ、知ってるわ。咲夜」
何時の間にか咲夜は主であるレミリアの後ろに影のように控えていた。
咲夜が傍に控えていたメイド妖精に目で合図を送ると、妖精は天子の目の前に手に持っていた物を静かに置いた。
「それでしょ?」
「あの天狗、もう作ってましたか」
手元の新聞にはでかでかと天人が宴を主催と載っている。
何故このような宴を開くに至ったのか? というインタビューまで書いてある。
当然天子はそんなインタビューを受けた覚えなど全くない。
予想の斜め下を行く新聞の出来栄えに天子は軽い頭痛を覚えた。
「大丈夫。全部真に受けるやつなんて幻想郷にはいないよ」
悪戯っぽく紅い目を輝かせて笑いながらレミリアがそう付け加える。
「……手間は省けたからこれはこれでいっか。じゃあ、吸血鬼さん。貴方は来てくれますか?」
「それなんだけど……ここでやるならいいよ」
「どうしてですか」
「だって、そういうのは自分でやるから面白いんじゃない」
「……それにお嬢様は外を太陽が照らす限りこの館を限り出られません。昼の宴会への参加は無理というものです」
レミリアの言葉の後にそっと咲夜が理由を付け加えた。
「……あの時見なかったのはそういう事ね」
特別に驚くこともなく天子は一人頷き、呟く。
そう、天子が起こした異変でレミリアが天子の下に来なかった。いや、これなかった理由がこれだ。
吸血鬼は日の光の下で生きることができない。
つまり、参加してもらうにはこれを解決し、なおかつレミリアをなんとか納得させる必要がある。
レミリアの提案はその二つをある意味両方解決すべきものだが……。
簡単なフォローすら思い浮かばず、衣玖はただ成り行きを見守るばかりだ。
「悪いですけど、それは呑めません」
天子は顔色一つ変えずにその提案を突っぱねた。
「へー。理由は?」
「やる場所はもう決まっているからです」
「でもさー。私は昼間外に出るなんて無理だよ?」
半分からかい、もう半分は試すようにレミリアは天子を問いただす。
「そうですか? 日の光が問題なら日傘でもさせばいいと思うけど」
「むぅ……」
「厳しいでしょう」
言いよどんだレミリアに対して、咲夜ははっきりと言い切った。
「あれは遠出できるものではございません。それに宴会となれば私が付きっ切りというわけにも参りませんし……」
咲夜のフォローを得て、レミリアがそれらしく頷く。
自分の身よりも主人の身が大事な咲夜にとって日光は最も気がかりなことになるから、本音といえば本音である。
「仮に曇ったとしても雨の恐れがあります」
「っていうわけなんだ」
テーブルの上に両肘を立てて重ねた手の甲に顎を乗せ、レミリアはそれほど残念そうでも無く、小さく肩をすくめて見せた。
「それなら――」
「あら、そんな事ないと思うけど」
ドアが開き、大きな分厚い本を小脇に挟んだ少女が現れて、天子の言葉を遮った。
「ん? なんだ、パチェか」
「私でわるかったわね。で、話なんだけど日の光が駄目なら曇らせるってのはどう?」
「パチェが?」
「んー、そう言いたい所だけど……研究途中だからね。もしもがレミィにあるとまずいから、やってもらえばいいんじゃない?」
そう言ってパチュリーは紫色の瞳を天子に向けた。
「あ、そう言えば犯人だったね」
「……甘んじてその言葉を受けましょうか」
黙って聞いていた天子は集まった視線を受けて、溜め息交じりの笑みを浮かべてそう答えた。
「でも、それだけじゃ私は満足しないよ」
まるで、大人に玩具を取り上げられた子供のようにレミリアが唇を尖らせる。
「……なら、交換条件といきましょう。曇り空は欲しくありませんか?」
「っていうと……私は好きな時に出かけられるってこと?」
途端にレミリアの目が輝きだす。
彼女にとって屋外に出られるということはそれだけで、立派な娯楽といえるほどのものだ。
「ずっととは言いませんが一定期間なら保障します」
「ならいいわ」
即答。
あまりの速さに天子と衣玖は苦笑する。
パチュリーと咲夜がその代わり身の速さに対して、全く動揺を見せないのはさすがというべきか。
「あ、それとこの館を案内していただきたいのですが」
忘れていたのか、天子が慌てて付け加える。
「それも条件の一つ?」
不思議そうにレミリアは首を傾げた。
「そうしてもらえると助かります」
「ふーん。良くわかんないけど、まあいいわ。咲夜、案内してあげて」
主人の命に無言で頷き、咲夜が先立ってドアを開け二人を待つ。
それを見るとさっさと席を立った天子が先に、後を衣玖が頭を下げながら部屋を出た。
部屋を出た三人は、咲夜を先頭に紅魔館を回っていく。
(なんで、いくとこ全て見て回っているのでしょう)
衣玖の悩みは深まる一方だった。
思ったよりもアクセス数が多くてびっくり。
読んでくれてる人がいるみたいんなんで早めに投稿しました。