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迷い人形

今度は森の二人に逢うようです。

   三・迷い人形


「ということで、お宅の魔法拝見!」

 ドアを開けて、よく見知った顔が開口一番に発した意味不明な言葉。

「……お帰りください」

 それに対してアリスはツッコむ気があるはずもなく、そう言ってさっさとドアを閉めにかかる。

「おっと、待ってよ。奥さん」

 が、素早くドアの隙間に靴が差し込まれ阻止される。

 ドアの隙間からウェーブの掛かった金髪が見え、茶目っ気たっぷりの青い瞳が覗き込んできた。

「誰が奥さんよ。悪いけど遊びに付き合ってる暇は無いわよ。魔理沙」

「そんな怖い顔すんなよ。私は調査しに来ただけだって」

「調査って何よ」

「……魔法使いの生態調査?」

「帰って」

「痛い、痛いって! ちょっと相談しに来ただけだよっ!」

 挟まっている足などお構いなしで閉まろうとするドアに魔理沙が悲鳴をあげた。

 涼しい顔でアリスがその光景を眺める。

「……何か言うべきことは?」

「っつ……! からかって悪かったって。許してくれよ!」

 魔理沙が半分涙目で謝って、やっとその足が開放される。

「……ふー、ふー。おー痛い痛い。全く酷い目にあったぜ……」

 挟まれた足を抱え込んで息を吹きかける魔理沙。

 その情けない姿をドアから半身を覗かせたアリスが呆れ顔で見下ろす。

「私は魔理沙ほど暇じゃないんだから、くだらないことに付き合せないで」

「人生ってのは無駄なもんで溢れてるほうが丁度いいんだぜ」

「貴方の家みたいな人生はちょっと遠慮したいわね」

「あれはあれで考えつくされた配置なんだぜ?」

「はぁ……良く言うわ」

 真面目顔で言う魔理沙に溜め息を付いて、アリスがやっとドアを開け切った。

 もう何度も帰れと繰り返すより、さっさと要件を済ませた方が早いということにアリスは気付いたからだろう。

 人形達の修理の後にはやりたい実験もある。幸い魔理沙の相手だけだったら今日の予定に支障が出るほどの時間はかからないだろう。

 魔理沙が帰ったら今日はもう居留守を使ってでも予定を消化しよう、そうアリスは心に決めた。

「用があるならさっさと入っ……て、何よ貴方達」

「あ、丁度いい。森の魔法使いがまとめているわね」

「……こんにちは。本当に急で申し訳ないのですが、もし宜しければお話を聞いていただけないでしょうか?」

 天から舞い降りてきた二人を見て、アリスは目を瞑り俯く。

「…………」

「おーい。入っていいんだろー?」

「お邪魔しますね」

「本当にすみません。どうか上がらせていただけないでしょうか?」

 三人三様同時に家に入れるのかとアリスに訊ねる。

 いや、既に一人を除いて家に上がる気満々。

 もうこれを断るのも、迅速に手早く済ませようとするのも簡単ではなさそうだ。

「…………ふぅ。はいはい、三人とも好きにすれば?」

 今日の予定への未練を溜め息と供に吐き出し、アリスは三人をドアの中に招き入れた。



 小さな小さな手によって紅茶が注がれる。その音だけが静かな部屋に響いていた。

 直ぐに四つのカップが暖かい紅茶で満たされ、小さな四組の手がテーブルに香ばしい匂いと供に焼き菓子の並べられた皿を運んだ。

「便利だなー」

「結果だけ見ればね。でも、私が求めてるものはもっと先よ」

 仕事を終えた人形達がアリスの後ろへ静かに下がり、それを機にアリスが両肘をテーブルに付け話を始めた。

「さて、どちらからお話をうかがおうかしら」

 丸いテーブルを挟んで反対側の天子と衣玖の二人と、やや離れて左側に座る魔理沙とへ交互に視線を向ける。

「ああ、そうですね。ならそちらからどうぞ」

「そうか。悪いな」

「いえいえ、お気になさらず」

 口ではそう言ってはいるが、天子の視線は紅茶と焼き菓子に奪われっぱなしだ。

「どうぞ。気にしないで食べて。味は保障しないけど」

 その視線に気付いたアリスが促す。

 面倒だから部屋を一緒にしてしまったが、自分と魔理沙との会話に入ってこないならそれに越したことはないからだ。

「では遠慮なく…………美味しい」

「ええ、これは本当に美味しいですね」

 天子に続いておずおずと焼き菓子を口にした衣玖も、同じく顔を綻ばせる。

「ありがと。マカロンは初めて作ってみたんだけど、上手くいったみたいで良かったわ」

「ひゃりふのはいつもうまひなー」

「……栗鼠みたいに口に詰め込んだまま喋らないで」

「はゃい、…………んん! んー!」

 魔理沙が咽に詰った菓子を紅茶で無理やり流し込み、息を付くまで待ってやっと話が始まる。


挿絵(By みてみん)

「で、御用時は?」

「ああ、それなんだがな。この前霊夢に勝負を挑んだんだ。結構実力が伯仲した良い勝負だったんだが……」

「何時もどおり負けたと」

「あともう一歩ってとこまでいったんだがな~」

 まるで武勇伝のように目につぶり、大げさな手振りでその様をしめす。

「はいはい。善戦したけど、惜しくも魔理沙は負けてしまったのね」

「そうなんだ」

 呆れを通り越して冷めたアリスとは対照的に魔理沙が大仰に頷く。

「で、だ。私は考えた。もう少しの何かが私にあれば勝てたのではないかと」

「……それでなんで私の所へ来るわけ?」

「まあ、そう急ぐなって。さて、私は既にパワーとスピードなら十二分にある。ということは?」

「…………落ち着きがたりない?」

「チッチッチ。落ち着きと臆病は紙一重だぜ。そんなもん私にはいらない。必要なのは――」

 天子は紅茶を飲みながら、お茶菓子にも紅茶にも口を付けず、魔理沙と話しているアリスを不思議そうに眺めた。

「総領娘様、きっとあれがお二人の空気なのです。天人達が毎日を暮らすように、この二人もこうやって楽しんでいるのです」

 天子の様子に気付いた衣玖がそっと耳元でささやいた。

「少なくともアリスと私は楽しくないと思うわ」

「ふふ、きっと総領娘様はまだ楽しさを見つけていないだけですよ」

「……そうかしら?」

 天子は衣玖に子供扱いされたような気がしたが、案外腹は立たずストンと言葉が心に落ち着いた。

 衣玖の言葉は、天界での勉強で教えられる言葉とは違うと天子は感じた。


「つーことで、人形を私にくれ!」

「……ふぅ。嫌よ。わざわざ無駄になるものなんかに協力したくないわ」

「いや、私は確実に使いこなしてみせる。下手すりゃアリスだって超えるぜ」

 溜め息交じりにアリスが言っても、魔理沙は自信たっぷりに言葉を返す。

「手数と壁が欲しいなら、魔法と箒の方を特化させて代用したほうがいいわよ」

「そこをなんとか!」

 魔理沙が両手を合わせて頭を下げるのを見て、アリスは眉を顰める。

「魔理沙は下手に努力するから忠告してるの。私と違って貴方じゃ時間が限られているでしょう?」

「失敗を恐れてちゃ何もできないぜ。失敗から全ては生まれるんだ」

「…………驚いた。魔理沙から正論を説かれるなんて」

 アリスが驚きで大きく目を見開いた。

「おいおい、私は何時も正論しか言ってないぜ」

 どこまでも魔理沙は勢いで生きているかのように、いけしゃあしゃあと言いのける。

「そうね。わかったわ。人形本体はまだ無理だけど、基礎的な事が纏めてある魔術書で良ければ貸すわ」

「ま、妥協するか」

 観念したように表情を崩し、アリスは協力を約束した。

 基本的に、魔法使いが他者に自らの秘法を明かすことは稀だ。

 しかし、魔理沙とアリスの関係はそれ以上に稀有で貴重だろう。



「はい、魔理沙は終わり。そちらの天人さんのお話に移りましょうか?」

「……」

 ばんやりとした顔の天子は、思考がどこかへ行っているのか。全く反応を見せない。

「総領娘様」

 衣玖に脇を肘でつつかれてやっと我にかえり、喋りだした。

「あ、はい。えーとですね。今度、地上で私が主催する宴に参加してもらいたいんですよ」

「おーー」

「へーー」

 天子の誘いに対照的な答えが返ってきた。

 もちろん歓迎的な前者の反応は魔理沙で、反対にどうでもよさそうな後者の反応はアリスだ。

「今回は別段物騒な事も何もありません。ただ、地上の皆さんと一緒に楽しい時間を過ごそうという趣旨のものです」

 そんな衣玖のフォロー聞いても、胡散臭そうに目を細めてアリスは言った。

「率直に言っちゃうけど……」

 衣玖は僅かな期待を込めて次の言葉を待ったが、

「別に私が行く理由なんてないでしょ。貴方達のおかげで今日の予定だって潰れちゃうし……悪いけどそんな暇はないわ」

 やはりというべきか。誘いはあっさりと断られてしまった。

 しかも、理由に自分達に一因があるとまで言われると衣玖としては二の句がでない。

「えーー。アリスも折角だし出ろよー。減るもんじゃなし」

 横から入った魔理沙の援護は二人にとって思わぬ追い風だった。

「貴方も今日の時間が減った一因なのわかってる?」 

「お、そうなのか。でもまー、いいじゃないか。きっと面白いぜ?」

 眉を顰めて言葉を返したアリスに、魔理沙は全く悪びれ無く笑って言った。

「……」

 額に手を当ててアリスが悩んでいる。どうやってこの魔理沙をあしらえばいいのかをだろう。

「いいじゃない。貴方達、お互いがいると楽しいんでしょ?」

 天子は不思議そうにそう言った。

 色々な意味でアリスと魔理沙に対する爆弾発言だが、当の発言者本人はそれをわかってない。

「……天人ってのは不思議なことを言い出すわね」

 戸惑いを表情に表すアリスに、ニヤリと笑う魔理沙。

「間違ってないな」

「魔理沙まで……」

「おいおい、私とお前の仲だろ?」

 ニヤニヤしながら魔理沙は言い切る。

「……」

「なあ、アリスは来てくれないのか?」

 わざとらしく囁くように魔理沙は言った。

「…………わかった。降参。宴会でもなんでも行くわよ」

 呆れ顔で大きな溜め息を付きながらアリスは宴への参加を承諾した。

 横でやったやったと騒ぐ魔理沙を放っておいて、衣玖がすでに天子から聞いていた宴の簡単な説明を手早く済ませた。

「ついでにもう一つお願いがあるんですけど」

「はいはい。あるならさっさと言って。この際断ったりしないわよ」

 多少苦笑しつつも、アリスは天子にそう答えた。

「ちょっと家を案内してくれない?」

「……普通、魔法使いは自分の工房を決して他人に見せないものなんだけど……貴方に言ってもわかるはずもないか。いいわ。付いて来て」

 アリスが立ち上がるのに合わせ、皆席を立つアリスの後に従う。

 ちゃっかり魔理沙がついていくのは、さすが泥棒もとい魔法使いといったところか。



まだまだまだ続きます。

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