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竜宮とお使い

二・竜宮とお使い


「……それで何故私なんですか?」

 幻想郷の景色を下に、紺色の髪と緋の衣が並んで風に靡いている。下界の木々は赤や黄等の色とりどりに染まり、紛れも無く幻想郷は夏から秋に移り変わっていることがわかる。

 文の取材の翌日。天人、比那名居天子は早くも竜宮の使いの永江衣玖を伴ってとある場所へと向かっていた。

「下界の人達と面識があるのは貴方ぐらいだからよ」

 少し困ったように首を傾げながら疑問を投げかけてきた衣玖に、天子はさも当然といった風に答えた。

「それは総領娘様も一緒でしょう。私なんかいても仕方ないですよ」

「そんなことは無いわ。今回の計画には貴方が必要よ」

 困惑気味の表情の衣玖を真っ直ぐに見つめ返して天子は断言する。ますます、どう必要なんだと聞きたくてしょうがないといった風にまた衣玖は首を傾げた。

 それも仕方ない。

 何故なら天子は衣玖にまだこれから何をするのかどころか、今どこへ向かっているのかすら全く伝えてないからだ。

「先ず其の言を行い、而して後にこれに従う。いいから黙ってついてきなさい」

「はぁ……そうですか」

 天子が全く意思を変える気が無いのを悟り、渋々と衣玖は頷いた。

 それを見て満足したのか、天子は前へ向き直り、徐々に上昇しながら速度を上げた。

 衣玖が天子に合わせて速度を上げてついていく途中、フッとその身に僅かな違和感を覚えた。

(何かを越えた? ……というよりは違う世界に入ったと言ったほうが正しいかしら)

 気付いているのかいないのか、天子は一向に構わず先へ飛んでいく。

 しょうがなくそのまま天子についていくと、まもなくはっきりと違和感の正体がわかった。

 フワフワと浮かぶ白いお玉じゃくしのようなモノ達。

 ゆっくりと空に漂っていた霊魂は、急速度で飛んでいる天子と衣玖に気付き、慌てて道を譲るように散っていった。

(なるほど。ここは冥界ってことですか)

 春雪異変より未だ結界は張りなおされておらず、誰でも冥界と現世を行き来できるようになっている。当然天界の住人は行こうと思えば、行けないはずが無い。

 しかし、未だここに来た天人は天子だけだろう。

 何故なら、天人とは定められた死を拒絶し生き続ける者達だからである。

 当然、定められた運命を全うした魂達とは相容れるわけが無い。

「はぁ……よりにもよってここですか」

 小さく衣玖が溜め息を付く。

「ん? 何か言った?」

 僅かに聞えたのか、天子が速度は変えずに首だけ振り向く。

「いえ、何も」

 苦笑を噛み殺して衣玖は感情を表情に出さずに答えた。

「……そう」

 一瞬何事か考えたようだが、取るに足らないと判断したのか天子は前へ向き直った。 それを見てホッと内心溜め息を付く。

 きっと今なんと言おうともこの子は考えは変えないし、必ず実行するだろう。なら、機嫌を損ねず上手く矛先を修正するのが上策だ。

 衣玖はそう判断した。



「ハッ! 貴方達何用ですか!?」

 白玉楼の庭師兼警護役こと魂魄妖夢は、二人を見つけるや否や白玉楼階段を掃除していた竹箒をすぐさま投げ出し、腰の刀に手掛けた。

「ここの主にちょっとした用があるんです。当然、わざわざ貴方に言う必要はありません」

 何時もどおりのにこやかな笑顔で、妖夢の警護役として当然の要求を天子は突っぱねる。少なくともこのようなものの言い方で妖夢が納得するわけがない。

「むむ。私に言えないとは怪しいですね。そんな方はお通しできません。もし無理にというなら……」

 刀の鯉口が切られる音が妖夢の固い意思をハッキリと伝える。

「残念ながら腰のそれが必要なほど迷っているつもりはありませんし……それに貴方じゃ私は切れないと思いますよ?」

 そんな妖夢の実力行使も辞さないという態度にも顔色一つ変えず、天子は言った。           

 紛れも無い妖夢に対する嘲笑が言葉に含まれている。

「……なら試してみますか?」

 妖夢の透き通った白い髪が風に吹かれ、ユラリとゆれた。

「へぇー、それは――」

「よくありませんよっ!」

 売り言葉に買い言葉。

 主の剣の指南役でもある妖夢にとって、剣の腕に関する侮辱は捨てて置けないものだ。それは天子も知っている。だからこそ天子はわざわざ言ったのだろう。

 ただ妖夢をからかいたかったのか、それともまたあの時の様に戦いたいのか。

 ……きっと両方だろう。

 しかし、衣玖はそれを黙って傍観しているわけにはいかない。

 今にも抜刀しそうな妖夢と、それを楽しそうに見ている天子との間に割って入った。

「私達はそんな物騒な事をしに来たわけではありません。ここの主、西行寺幽々子様にお話があって来ただけです」

「…………本当ですか?」

「はい、本当です。そうでしょう? 総領娘様」

 衣玖は振り返って天子を促した。

「ええ。最初からそのつもりです」

 その時見えた天子は邪魔されて不貞腐れている、なんてことはない。

 それどころか僅かに微笑んでさえいる。

 つまり、こうやって衣玖が仲介に入るのをわかって挑発めいた言葉を言っていたのだ。

(はぁ……)

 否応なく自分の役目が分かってしまった衣玖は、本日早くも二度目の溜め息をついた。



「いらっしゃい。えーと、天人さんにそのお使いさんね?」

「竜宮の……いえ、今はそれで合ってますか」

 衣玖が妖夢をなだめ何とか許可を得て、やっと二人は妖夢に案内されて白玉楼に上がった。

 妖夢に通された何十畳かもわからないほどの広い座敷の中心に、屋敷の主の幽々子は悠然と座していた。

 幽々子の対面に用意された座布団の上に、天子とそのやや後ろにずれて衣玖が座る。

「わざわざ来てもらってなんだけど、私はまだ成仏するつもりはありませんわ」

 はきはきと喋る妖夢とは真逆に、幽々子はとてもゆったりとした口調で喋る。

「いえいえ、今日はそんな用で来たわけじゃないんですよ。まあ、貴方ならいつでも歓迎しますけど」

「あら、それは光栄ね。んー……成仏も悪くないかなぁ」

 幽々子は口元に人差し指を添えて、悩むように語尾を間延びさせる。

「えええっ!! 幽々子様お止めください! 貴方にはここを治めるという義務があるんですよ!?」

 思わぬ主人の危機に、妖夢が慌てて幽々子に取りすがり諫める。

「あら、そんなの妖夢がやればいいじゃない。私は成仏してのんびり隠居ね」

「えええええっ!!! いや、そんな事を言われても困りますよ!」

 一層倍慌てる妖夢に反して、相変わらずのほほんとした幽々子の表情には波風一つ立たない。

 呆気に取られる天子と衣玖の前で、妖夢の諫言は続く。

「考え直してください。この妖夢にご不満があるなら変えますからっ!」

「じゃあ、夜雀の八目鰻が食べたいなー」

「え?」

 突拍子の無い主人の要求に間の抜けた声を妖夢は出した。

「やつめうなぎ~」 

「あ……えと、あれは材料がはっきりしない物だから、幽々子様のお口に入れられるようなものでは無いと何度も」

「白玉楼の主は妖夢が八目鰻を食べさせてくれないのが不満です」

「…………はい。わかりました」

 理不尽ながらも度重なる主人の要求に折れ、妖夢が腰を上げる。

「あー、それとね。それ以外の仕事はしちゃ駄目よ。真っ直ぐ行って、真っ直ぐ帰ってきなさい」

「はぁ、分かりました」

 主人の言葉の真意が分からず不思議そうに小さく首を傾げるも、結局しっかりと頷き座敷を出て行った。

 幽々子はそれを目で送り、出て行ったことを確認してからまた話し出した。

「……さぁてと。そうそう、妖夢から聞いたけど天人さん。面白いからってあんまり妖夢をからかっちゃ駄目よ?」

「いえいえ、そんな事はしていませんよ」

「そう? 妖夢は真面目で融通利かないから。まあ、それはそれでいいんだけど」

 見た目どおりのゆったりとした口調、そして捉えどころのない言葉。

 ある意味、そこら辺の浮遊霊よりもフワフワしている。

 しかし、だからこそこの幽界の主として相応しいのかもしれない。

「それで、お二人はなんの御用? 今はもう雪もいらないんだけど」

「いえ、今回はそういうのとは趣が異なったものですよ」

 さすがの天子でもまた同じような異変は起こさないだろう。

 そう思ってはいたが、ここにきてやっとそれが天子の口から分かり、衣玖は内心ホッと胸を撫で下ろした。

「あら、それじゃあお誘いかしら?」

「はい。その通りです」

 幽々子の言葉に天子ははっきりと頷いた。

 言葉に出さなくても幽々子が理解したのは、別段幽々子が特殊だからではない。幻想郷で起こすモノといったら主に二つにある。

 一つ目は『異変』。

 それが無いとすれば、

「今日は今度私が主催する『宴』のお誘いに来ました」

 と、相場が決まっている。

「あらあら、またボコボコにされたいの?」

 幽々子が言っているのは、萃香が天界で主催した『起工記念祭と言いつつみんなで天人を虐める祭』のことだろう。

 挑発とも、人を見下しているとも取れる言葉だが、幽々子の表情にはそのよう感情はみられない。事実以上の意味合いは無さそうだ。

 ただ、だからこそタチが悪いとも言える。

「あははは……。それは遠慮させていただきます。今回は正真正銘ただの宴会ですよ」

「残念ねー」

 幽々子の言葉にただただ天子は苦笑いを浮かべる。

(総領娘様でも苦手な方がいるなんて……)

 この二人の光景を見てついつい衣玖は頬を緩ませてしまう。 

「……そんなに面白いことでもあった?」

「い、いえ。ありません」

 こちらを軽く睨んでいる天子の視線に衣玖は気付き、慌てて顔を俯かせた。

 それ以上追求するのは面倒なのか、天子はさっさと幽々子に振り返った。

「……えーと、貴方は私の宴に参加してくれますか?」

「そうねぇ…………」

 幽々子は口元を手元の扇子で隠し、視線を僅かに下げ沈黙する。

 わざわざ断る理由も無いが、かといって特に参加する理由も無い。

 天子はただ白玉楼の主の言葉を待つしかない。

 しかし、そんな天子にとって落ち着かない時間は僅か数分で終った。

「いいわ」

 口元を隠していた扇子が閉じられ、小さな音が部屋に響いた。 

「ただし、条件が一つ」

「それはどんな……」

 幽々子は答えず、扇子で天子を手招きする。

 納得のいかないといった顔をしつつも、天子は幽々子の目の前まで近づく。 すると、天子の耳元に顔を近づけ、口元を開いた扇子で隠しつつなにやら囁き始めた。

(何を話しているのでしょうか……)

 疑問に思いつつも、わざわざ口元まで隠しているのに近づいて聞くわけにもいかない。

 衣玖が見ていると、最初眉を顰めていた天子が、幽々子の言葉に頷き始めている。 

 どういった心境の変化なのか衣玖にはさっぱりわからない。 

「……はい。わかりました。貴方の言うとおりにしましょう」

 幽々子が扇子を閉じると天子はそう言って幽々子に頷いた。

 その顔は先ほどと違って明らかに上機嫌だ。

「幽々子様。ただ今戻りました」

 襖を開けて妖夢が姿を現した。

 白玉楼からの往復と考えれば、もの凄く迅速なお使いだったりするわけだが、誰一人そんな苦労を本当に理解するはずもない。

「ついでにもう一つお仕事お願いね」

「なんでしょうか?」

 当然そんなのは妖夢にとって日常茶飯事なので気にするわけもない。

「この二人に屋敷内を案内してあげて」

 衣玖と妖夢が同時に首を傾げる。

「よろしいのですか?」

「ええ。別に減るものでもないわ」 

「さあ、さっさと案内して」

 先だって部屋を出て行く天子に、妖夢、衣玖の順に付いていく。

(はぁ、どうなってるんでしょうか)

 張り切って妖夢の後に着いていく天子に、悶々と悩みつつ衣玖はついていった。

挿絵(By みてみん)

二章です。まだまだ続きます。

ちなみに画像は友人が描いてくれたものです。

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