天模様
一・天模様
昔から馬鹿は高いところを好むという。しかし、そんなことを言ったら妖怪の山の天狗達は多分、いや確実に怒るだろう。私達は皆、天狗としての誇りと自信をもっているからである。さて、そのさらに上に住む天人ならどんな反応をするだろうか。天界に上がるために修行を収めた清廉そのものとも言える彼らなら、下界ではそんなことを言うのですか、とでも言って微笑を返すだけであるべきだろう。
しかし、彼女は違う。
なぜなら――、
「……で、その後にはなんて続くの?」
「いえいえ、それはできてのお楽しみですよ。天子さん」
「ふん、どうせろくな続き方はしないんでしょ?」
天狗達の住処である妖怪の山の更に上。
天人達が住む場所、天界の一角『有頂天』で幻想郷のブン屋こと射命丸文は、巷で話題の天人、比那名居天子にインタビューを敢行していた。
「私の事を悪く書く為の取材なんてうけませんよ」
射命丸の手帳を覗き見た天子が不機嫌そうにその顔を背ける。
確かにメモの内容を見る限り、もっぱら天界で不良天人と揶揄される天子にとって気分が良くなるような記事はできなさそうだ。
「そんな事言わずにお話を聞かせてくださいよ。このままじゃあることないことをネタに記事を仕上げなければなりません」
文本人にその気があるのかどうかは定かではないが、もはや脅しも同然の言葉だ。
「貴方がそうしたければいいんじゃない?」
しかし天子は心の底からどうでもよさそうに言い放った。
天界で暮らす天子にとって、下界での記事による誹謗や中傷の類は特に怯えるような事柄ではないからだろう。
ただ、そんな事柄にわざわざ手を煩わせるのも馬鹿馬鹿しいと天子は判断したようだ。
「用が済んだらさっさと帰ったら?」
この有頂天に新聞屋を名乗る天狗を入れたのは単なる暇つぶしに過ぎないし、それが詰らないものならなおさら天子にとってここに居させる理由は無い。
手をヒラヒラと前後させ、さっさと出て行けという仕草を文に向ける。
「あやややや。せっかくこんなとこまで来たのにそれはダメですよ~」
その言葉を聞いて慌てて文は黒い翼をバタつかせながら、天子に取り縋る。
それにしても、この新聞記者は言葉を扱う事が商売のくせに、その商売道具の使い方に大分難がある。
「こんなとこで悪かったわね」
しかし天人として怒るべきであろう文の失言に、天子は僅かに眉を顰めるだけだった。
「ま、実際最高に詰らない場所っていう意味なら否定できないけどね」
さらにあろうことか文の言葉を天子は肯定した。
「いやいや、そんな事は無いでしょう?」
天子の詰まらなそうな表情をどう解釈したのか、顔をグッと近づけて文が問い詰める。
「本当に何もありませんよ? 歌、歌、歌、酒、踊り、歌の繰り返し。天界の日常なんてそんなものです」
「……本当ですか? むむむ。それでは記事のネタになりません」
「そうは言っても残念ながら天界はそういうところなんです」
さも残念そうに二人は同時に溜め息を付いた。
日常の異変を好むことでは、ある意味この二人は似ていると言えるだろう。
「むむ」
しかし、幻想郷のブン屋は伊達ではない。
天子のように不満を胸に溜め置く、といった選択肢は頭に存在しない。
文は溜め息を付いた天子を見て瞬時に思いついた。
『無いなら起こせば良い』
およそ記者が思いついても実行してはならない案だが、
『必ず一大ニュースを幻想郷の読者に届ける』
文にとってその最優先事項を妨げる程のものではない。
それどころか、蝶の羽ばたきがいつかは竜巻になるように、この幻想郷では私の一言が異変を起こす。そんな明らかに間違った高揚感を、文は自分のもたらした言葉の結果を想像して感じずにはいられなかった。
その上この前異変を起こしたばかりの天人だ。どうせ誰も吹き込んだのが私だと思うはずが無いだろう。そんな打算まで含めた思考をものの数秒の沈黙でまとめると、文はそっと天子に耳打ちした。
紺色の髪先を指で弄り、それをつまらなそうに見つめていた天子の口元に笑みが浮かんだ。それも子供のような好奇心と悪戯心をうかがわせるような笑みだ。
「いいわ。其の案に乗りましょう。善は急げよ。貴方、永江衣玖を呼んできなさい」
すぐさま近くの天女を竜宮の遣いを呼びに走らせる。
それを見て、しめしめとほくそえむ文。
どうやら二人の決定的な違いは、異変を観るか、実行するかという点のようだ。
ちょっと長めなので小分けに致します。
2,3日に一章ペースで投稿する予定です。