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4,電糸

 ヘッドホンで音楽を聴いていて、それを外したときだ、



  ガサガサ、ガサガサ、



 と、耳の中で物凄く大きな音が響いて驚いた。壊れたスピーカーのような音だ。まるで耳の穴に膜でも張ったみたいで、ヘッドホンの掛けすぎで耳垂れでも起こしたかと綿棒をそっと入れてみた。かすかに痛みがあって、なおさら、 ガサガサッ、 ガサガサッ、 と頭の中に響いた。わたしはいささか恐怖を感じながらその原因を探るべく慎重に綿棒でかき回してみた。すると、

「なあんだ」

 拍子抜けした。音の原因は、髪の毛だったのだ。知らずにずっとそのままだったのか、ヘッドホンを外すときに入り込んだのか分からないが、一本の髪の毛が丸まって耳の穴に入り込んでいたのだ。

「へえ、あんな風に響くものなんだな」

 と、外界と遮断されて耳の中だけで音が響く初めての体験を物珍しく面白がった。


 ところが、その後も同じようなことが続けて起こった。


 音楽を聴いていて、ヘッドホンを外すと、ガサガサ、と耳の中に音が響いて、おそらくスプリング状に髪の毛が詰まっているのだ。たまたま偶然だと思ったが、それが起こるときの共通点に気づいた。

 わたしは常に音楽がないと落ち着かないたちで、持ち帰りの仕事をパソコンでやっている深夜、ヘッドホンでCDを聴いている。

 そのCDなのだ、髪の毛が耳に入り込んでガサガサ音を立てるのは。いつも決まって、それはイギリスのあるカリスマ的女性アーティストの邦題「愛の猟犬たち」というアルバムだった。

 新しい物ではない。もう25年も前の作品だ。最近数年ぶりの新作が出て、なかなか良いと言うので、彼女の代表作である昔のアルバムを引っぱり出してなんとなくはまってしまっていた。

 このCDを手に入れたのはそう昔ではない。7年前……になるか。当時付き合っていた彼女に「これ、いいわよ。わたし彼女の大ファンなの」とプレゼントされた物だ。ちょうど彼女のように熱狂的ファンの多いアーティストだったが、聴いてみた結果、感性が独特すぎて、わたしにはトゥーマッチだった。

 その後彼女と別れた。

 なにかとくっつきたがる彼女が、最初かわいいと思っていたのが、だんだん煩わしくなり、鬱陶しくなっていった。

 仕事が忙しいとデートを続けてキャンセルし、しばらくしてから別れ話を切り出した。彼女は涙をこぼしたが、自分が敬遠されているのに気づいていたのだろう、素直に別れを受け入れてくれた。


 わたしはそんな経緯を思い出し、苦い思いになった。

 考えてみればなんでこのCDを聴こうなんて思ったのだろう? 同じ音楽好きの同僚から新譜の評判を聞き、そう言えば持ってるぞと、何の気なしに単純に思ったのだった。その時点でそのCDの来歴などすっかり忘れていた。

 それは、わたしが彼女のことをすっかり忘れ去っていたと言うことだろう。

 嫌なことを思い出してしまったが、彼女の思い出さえなければ今はこのCDはお気に入りだ。プレゼントしてくれた彼女に感謝しなくてはならない。


 偶然だろう。


 わたしは確かめるつもりもあってCDをトレイに載せ、ヘッドホンを、髪の毛が入らないようにしっかり掻き上げて装着し、トレイを押し込んだ。音楽が、始まる。

 独特の女性的な感性によるサウンドと、彼女の類い希な高音のボーカルが心を高揚させる。

 わたしはいい気持ちになりながら、さて、仕事に戻った。さっさと終わらせてしまって寝る前のひとときをじっくり音楽を楽しもう。


 メールの着信表示が出た。


 メールソフトを開くと、懐かしい名前だ。

 なんと言うことか、わたしに彼女を紹介した昔の友人だ。彼とも久しく音信不通だったが、

 このタイミングに、わたしは少し嫌な予感を覚えた。



____________

件名:お久しぶり


本文:


 やあ、お久しぶりです。お元気ですか?


 実は迷いながら、一応知らせておくべきかとメールします。


 ○○○○さんが亡くなりました。病気です。

 2週間前に入院して、残念ながら快復はなりませんでした。


 彼女のことは、覚えていますよね?

 彼女も君にずいぶん会いたがっていたようだけれど、こんな姿は見せたくないからと我慢していたようです。君に早く連絡しておけばと悔やまれます。


 一応、お知らせしておきました。


 では今度昼間に電話で話しましょう。

____________



   愛の猟犬が追い立てる  愛の猟犬が追い立てる  愛の猟犬が追い立てる



 そんな……とわたしは額を押さえた。じゃあ、あの異変は病床の彼女の「わたしを思い出して」と言うメッセージだったとでも言うのか?………………

 わたしはプレーヤーを止めてヘッドホンを外した。もう二度とこのCDは聴けないなと思った。



  ガサガサッ、 ガサガサガサッ、



 また、耳の中で音が響いた。わたしは小指で耳の穴を掻いて、髪の毛を引っ張り出した。


「痛っ」


 鼓膜が破れそうな激しい痛みにわたしは悲鳴を上げた。そうっと髪の毛を引っ張ると、ズキン、と痛んで首筋が硬直する。そう、鼓膜だ、まさに鼓膜に髪の毛は根付いてしまっているようだ。

 横目で恐る恐る見る。これは、白髪じゃないか? しかも、長い。わたしの髪の毛の3倍はありそうだ。



  ガサガサッ、ブツブツブツ。



 声が聞こえた。





 「 やっとつながった。お久しぶりね。 わ・た・し。 」





 終わり

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