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21,死に顔(夢)

 わたしは夢を見ている。



 わたしは新緑の林の中サイクリングを楽しんでいる。

 しかし山の麓のここまですでに二時間自転車をこいできてへとへとに疲れている。

 そこへ、腰に鋭い痛みを感じてギョッとした。蜂に刺されたらしい。

 洒落にならない痛みに力が入らず、わたしはちょうどよく見えてきた空き地に入って自転車を降りた。

 丸く開けた、公園とも言えない小さな公園だった。ベンチと、水飲み場がある。

 わたしはそこでハンカチを濡らし、シャツをめくり上げると痛みを感じた腰に当てた。体をひねってよくよく見るとやはり中心にポツンと赤い点が、その周囲を広く紫色に腫れさせている。なんだか毒が回ってきたみたいに腹の中まで変な気分になってきて腰砕けになって脚に力が入らず、わたしはよたよたと水飲み場の丸い水受けのふちに掴まった。

 おかしな水飲み場だった。ふつう公園にあるようなおしゃれなデザインの物ではなく、公衆トイレの手洗い場を切り取ってそこに置いたようななんの飾りっけもない簡単な物だった。ただ蛇口だけが裸の道管を上に伸ばして高い位置にある。

 変な設備だと痛みに鈍る頭で考えていると、目の前の木の幹と木の幹が重なって斜めに細く切り取られた隙間からじっとこちらを見ている目に気づいてギョッとした。

 とっさに、

 幽霊とはこういう顔をしているに違いないと思った。

 血走った目の周囲の肌は青黒くまるで精気がない。この世の何物にもまるで関心がないようなうつろな黒い穴のごとき瞳。ただ、目の前の影であるわたしだけをじっとなんの感情もなく眺めている。


 しばし固まっていたわたしは、ふと、何かおかしいと感じ、その正体にようやく思い至った。

 なんのことはない、それは宙に浮かんだ鏡の欠け残りだったのだ。元々蛇口の上に取り付けられていた一枚鏡が、蛇口周囲の壁といっしょに砕け落ち、たまたま背後の補強の針金にわずかのセメントと共にその場に生き残っていたのだ。

 それが背後の木の幹にちょうど重なって向こうの隙間のように見えていただけだったのだ。

 なんだ、とわたしは拍子抜けした思いで改めて狭い鏡に自分の顔を映して見てみた。

 わたしはまたギョッと胸に冷たい物が落ちた気になった。


 あなたは、自分の本当の顔を見たことがあるだろうか?


 現代人は常に朝昼晩と鏡を見て我知らず自分の顔を矯正しているのではないか?


 わたしがそこに見た自分の顔は、目の位置がまるで互い違いにずれていた。顔が左右でずれて、歪んでいた。

 疲れと痛みに矯正力を失った、それがわたしの本当の顔なのだ。

 なんとわたしは醜い顔をしているのだろう?


 再び我に返る。それは、確かに疲れもあるだろうが、鏡自体が歪んでいるんじゃないか?

 欠けた縁が黒く汚れガラスと銀箔の間に浸食し、黒い点がいくつも浮いている。

 わたしは自分の顔のさほど醜くもないことを確認してほっとした。

 しかし、とも思う。

 やはり、ギョッとしたあの顔は、わたしの顔に他ならないのではないか、

 疲れ切り、世の全てに、自分の人生に、飽いた、

 自分の死んだときの顔に。

 いまだにそんな気がしてならない。

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