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2,売れない自動販売機

 大学生になった裕太はアルバイトを始めた。

 クリーニング工場で週4日、夜9時から11時まで2時間のアルバイトだ。

 アルバイトが終わって自転車でアパートまで帰ってくるとだいたい0時になるくらいだった。

 6月から始めて1ヶ月経ってようやく2時間の仕事にも慣れてきて、8月の夏休み期間はどうするか、工場長からは出来たら夕方からのシフトで時間を伸ばして継続してくれると助かるんだがと言われて考えている頃だった。

 クリーニング工場はあちこち熱いスチームが噴き出して、汗をびっしょりかく。仕事を終えて休憩所の自動販売機で缶ジュースを一本ゴクゴク飲んでから帰るのが日課になっていたが、その日は外に出ても昼間の暑さがそのまま残っているように蒸し暑く、自転車をこぎながら裕太はすっかりばててしまった。このままじゃあ夜中だっていうのに熱中症で倒れてしまうなと思っていたところ、一台の自動販売機が立っているのを見つけた。

 そこは堀沿いの住宅街のまっただ中で、コンビニなんかの店は全然ないところだった。自動販売機はそんな何もないところを当て込んでか、住宅の塀の前、電信柱の隣にスリムタイプの物が設置されていた。

 裕太は自転車を止め、どんな商品があるのか覗いてみた。商品の種類は少なく、小型の缶コーヒー3種と、750mlのスポーツドリンク2種が並んでいた。

 スポーツドリンクは夏場向けのお値段据え置きお得なジャンボサイズだ。

 裕太は、ありがたい、まんまと客になってやるぜ、と、機械の灯りに照らして財布から硬貨を取りだし、投入口に入れ、青いランプのついたスポーツドリンクのスイッチを押した。

 ガッコン、と、音と振動がして、下の商品取り出し口に缶が落ちてきた。

 裕太は慣れた動作でふたの下から取り出し口に手を突っ込んだ。

 ピタッと、冷たい物に触られて

「うひゃっ」

 と驚いて手を引っ込めた。

「な、なんだ、今の……」

 じっと取り出し口を見下ろしてその感触を思い出し……、ブルッと震え上がった。

 スポーツドリンクの缶に触ったんじゃない、上から、何かに触られたのだ。

 何か……ひんやり冷たく、細くて、柔らかみのある…………指。

 ブルルルルルッ、と震え上がり、なんとなく周りを見回した。背後はフェンスの張られた堀で、その向こうに民家が並び、こちらにも民家が並び、みんな窓は真っ黒で、ぽつぽつ電柱に取り付けられた薄暗い街路灯が並ぶばかりで、その向こうに交差する道路の歩行者用信号は消えて、自動車用信号は黄色が点滅している。ひっそり静まり返って、自動販売機のブーーーン……という機械音だけがしている。

 裕太はすっかり体が冷えてしまい、お金がもったいなくはあったが、もう一度手を入れて缶を取り出す勇気もなくて、だいたい気持ち悪くて飲めやしないし、あきらめて自転車にまたがると、信号の消えた横断歩道目指してこぎだした。



 その翌日も暑かった。

 いつも通り休憩所で500mlの炭酸ジュースを飲んできたが、やっぱりまた途中でばててしまった。

 そうしてまた、住宅街のただ中の自動販売機のところに来てしまった。

 裕太は自転車を止め、自動販売機を眺めた。

 ブーーーン、と機械音を響かせて、いかにも「冷えてますよ」と誘っているようだ。

 一夜明けてみると昨夜のことは何かの間違いじゃなかったかと思えてしまう。何をどう間違ったら人間の指に思えるのか分からないが、間違いだったと断じてしまうくらいのどが渇いてしょうがなかった。

 裕太は自転車から降りると、財布を出し、自動販売機に硬貨を投入し、スポーツドリンクのスイッチを押した。

 ガコ、コン、と、余計な音が聞こえた。

 なんだろうと思って、条件反射的に手を突っ込んでしまい、思い出してゾクッとしたが、中の手に触られることもなく、スポーツドリンクのジャンボ缶を掴んだのだが……、

 缶は二つあった。

 どういうことだ?……………まさか!?

 裕太は幅の狭い取り出し口に詰まった缶を二つとも取り出した。両方同じスポーツドリンクで、

「それじゃあまさか……」

 やっぱり昨日自分が買って、そのまま放置した缶だろうか?

 それじゃあ丸一日誰もこの自動販売機を利用しなかったんだろうか?

 いや、自分が買った商品と違うこれをそのまま残していったのかも知れない……

 いや、毒入り食品とかが疑われる昨今、そのまま放置しておくということがあるだろうか?

「やっぱり誰も利用しなかったって事か?」

 確かに住宅街のまっただ中で、利用する人も少ないだろうが……、だから管理会社が補充にも回ってこないでそのままなのか?

「大丈夫なのかなあ?……」

 裕太はまたもこの缶ジュースを飲もうか飲まない方がいいか迷う羽目に陥った。

 だいたい同じ物でどっちが今買った物か……というのはすぐ分かった。一方はキンキンに冷えていて、一方は生暖かかったからだ。

 昨日ほどドッキリがなくてのどが渇いたままの裕太は、2本分も金を無駄に出来るか!、と、今買った冷たい方のプルトップを起こし、

 ええい、いただきます!

 と、グイッと缶をあおった。

「うっ・・ぷっ、ぷええええっ!」

 裕太は口にした中身をプッと吹き出しながら、おええええ、と吐き出した。

 ぺっ、ぺっ、と唾を吐き出し、口を拭って、嫌あな顔をした。

「なんだこれ?…………」

 ものすごく鉄錆臭かった。ジャシッという異物こそ混じってなかったものの、ひどい味で、いつまでも口の中が気持ち悪くて仕方なかった。

「おいおい、いったいいつのジュースだよ?」

 ずうっと新しい物と入れ替えられないまま、何年も前のがそのまま売られているんじゃないかと疑ったのだが…………

「え? 嘘・・・・」

 自動販売機の明かりが消えていた。商品のディスプレーも、販売中の文字も消え、ずうっと聞こえていた機械音もしていなかった。

 よくよく見れば、角の塗装がべらべら剥げ落ち、茶色い錆がいっぱい浮いている。

 裕太はアスファルトに置いた昨日買ったとおぼしき缶を見た。

 錆で真っ茶色になっていた。

「まさか・・・・」

 うわあっと、裕太は手にした缶を放り出した。それも茶色く錆びて、転がった口から真っ赤な液体がトクトクと流れ出した。

「なんだ、どうなってんだ?」

 異世界にでも迷い込んだのかと辺りをキョロキョロすると、上からケラケラ笑い声が降ってきてギョッと腰を泳がしながら見上げた。

 自動販売機のとなりの電柱から女がぶら下がり、だらんと下げた手からビチャビチャ液体を自動販売機の上に滴らせていた。

 ケラケラ裕太を見下ろしながら笑う女の、ざっくり開いた手首から流れ出す、女の血だった。

「うっぎゃあああっ」

 裕太は悲鳴を上げ、腰が抜けそうになりながら自転車にすがりつき、へっぴり腰で走りながら、二度三度失敗してようやくまたがり、全速力でこぎだした。


 おわり

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