1,夜中のプール
お盆の時期、帰省の予定もない大学生の友人三人が、夜、一人のアパートに集まってビールを飲んでいた。
昼間は38度の猛暑日で、夜になってからも暑さはいっこうに収まらず、ぼろアパートのぼろクーラーをつけていても、狭い部屋に男三人詰まって暑苦しくて堪らなかった。
堪らず窓を開けても熱風がなだれ込んできてげんなりしてしまった。
部屋の住人が、
「近所に中学校があるぞ。こっそり忍び込んでプールに入るか?」
と提案し、他の二人も諸手をあげて賛成した。
ゲスト二人は水着はなかったが、三人とも下着のパンツでかまうものかと、早速出かけた。
ほんの数分歩いて着いた。
プールはおあつらえ向きにグラウンドの、テニスコートの向こうに奥まってある。周りにイトスギが植えられて目隠しになっていて、派手に騒ぎさえしなければ道路から見とがめられることもないだろう。
三人はフェンスを乗り越えグラウンドに入り、ちょっとした侵入者のスリルにドキドキしながらもう一つフェンスをよじ登ってプールに入った。
「防犯装置とか大丈夫かな?」
「校舎の方はともかく、プールなんて平気だろう?」
「だよな。今時夜間の警備なんてみんな警備会社のセキュリティーがやってるんだろう?」
と安心して、三人は服を脱いでパンツ一丁になり、水の中に滑り込んだ。
三人はおのおの好きに泳ぎだしたが、水音を立てないようにするため三人とも平泳ぎになった。
真っ暗な中、男三人が静かにカエル泳ぎしている様を想像すると可笑しかった。
冷たくて気持ちいい!……と言いたいところだったが。
「やっぱぬくいな?」
「そうだな。海や川のようにはいかねえな」
「夜の海なんて怖くて入れねえよ」
「夜の学校のプールだって、怪談の定番の舞台じゃねえか?」
「うわあ〜、出ちゃうかなあ? お盆だし〜」
「お化けが出ておまえら捕まったら、俺は速攻見捨てて逃げるからな?」
「サイテー野郎!」
「祟ってやるから待ってやがれ!」
三人は冗談を言い合いながら密やかにスイスイ平泳ぎで泳ぎ回っていた。
しゃべりながらお互いの顔は見えない。空はどんより薄曇りで、月も出ていないようだ。お互いの顔は黒い水面から突き出した真っ黒な海坊主みたいに見えている。
そうして10分も泳いでいる内に。
「なんかヌルヌルしねえ?」
「そうだな、底から堆積物が浮き上がってきたみてえ」
「仕方ねえよ、きっとお盆で水泳部も休みで、3、4日塩素も入れてねえんじゃねえ?」
「シャワー使えりゃいいんだけどな」
「アパート帰るまで我慢しろ」
「おい、しっ!」
一人が二人を黙らせ、声を潜めて言った。
「足音。こっち向かってくるぞ?」
三人が耳を澄ますと、確かに、グラウンドをこちらに向かってくるペタペタという足音が聞こえた。
サンダル履きらしい足音は、まっすぐプールに向かってきた。
三人はやばいと思い、奥へ固まり、様子を見たが、足音の主は入り口の南京錠を外し、中へ入ってきた。
これは見つかったかと焦り、人影が階段を上がってくると、三人は示し合って水の中に潜った。
懐中電灯の光が水の表面を照らすのを下から見上げた。
息が詰まる前に行ってくれるか? 懐中電灯の丸い形が長さを変えながら水の表面をあちこち動いた。
ここで飛び出したら、おっさん、腰を抜かしてびっくりするんじゃないか? と、余計なことを考えて思わず吹き出しそうになるのをこらえ、見ていると、灯りに照らされ、やっぱり水がかなり汚れているのが分かった。
光が消え、ペタペタと、足音が階段を下りていき、キイと金属をきしらせて戸が閉められ、三人はぬっと顔を水面に出し、ハアハア息をした。
ペタペタと足音はグラウンドを去っていった。
「危なかったなあ」
「寿命が3年4ヶ月は縮まったな」
「どういう計算だよ?」
三人は犯罪の共犯者のように笑い、
「ま、こんなところで帰るか?」
「そうだな」
と、水から上がった。
脱いだ服はたまたま水道の陰に置いておいて、気づかれなかったようだ。一度でもプールサイドに上がっていたら濡れた跡を見つかっていただろうから、本当に運が良かった。
服を着ながらブツブツ言った。
「なんだよ、やっぱ宿直の用務員がいるじゃねえか?」
用務員とも限らないだろうが、それこそ今時教員が当番で宿直してるとも思えない。
「けっこう昔通りなんだな?」
「公営中学なんて経費切りつめでセキュリティーなんて入れてねえのかもな?」
ともかく見つかって叱られなくて良かったと、三人はちょっと涼しくなって帰り道を歩いた。
翌日。
中学校のプールは大騒ぎになった。
付近の住民の通報で警察が学校に連絡して、警備会社のサービス員といっしょに調べたところ、プールからはひどい異臭が漂い、水の底には薄茶色の濁りがいっぱいゆらゆらしていた。
その濁りの中に人の白骨が覗いていた。
ただちに警察の鑑識が駆けつけ、たちまち周囲は騒然となった。
引き上げられた半白骨体は10代とおぼしい女性だった。
検死の結果、死後3日ほどと推定されたが、この暑さの中でも死体のこの崩れ様は異常で、まるでふやけた肌を水流で引っかき回されたようだったが、この1週間中学校の部活は休止で、もちろん水泳部もプールを使用していなかった。
事故、事件、両方の見方が出来たが、おそらくは殺人事件だろうと、だとするならば犯人は死体をプールに沈めて、ふやけたところを狙ってわざわざ戻ってきて、身元を隠すために死体を傷めていったのか? こうして発見を早めてしまっただけであまり意味のある行動とも思えないが? と、警察は首を傾げた。
近所の騒ぎを聞きつけ、ニュースで事件を知った三人は、真っ青になり、思った。
犯人は多分用務員だろうなと。
それを訴え出るつもりはないけれど。
早く犯人が捕まりますようにと願いつつ、死者の冥福を祈りつつ、あのプールの水のねっとり感を思い出してゾクリと震え上がるのだった。
おわり