03 エヴリン、正体ばれる
さすが異世界から召喚された勇者のことだけはあり、瀕死の状態から一日経っただけで寝台から立ちあがれるほど元気になった。
どうやらエヴリンの作った新薬は結構と効果があったようだ。さすがに本人を目の前に、実験台にしましたとは言えないため、エヴリンはよかったと呟く程度に止めておいた。
瀕死の怪我を負っていたこともあり、他人に対し敏感な様子だったが、エヴリン以外に人がいないと知ると、どことなく安堵するのが分かった。
一体この世界にきてからどんな目に遭わされたのかは知らないが、あまり良い目には遭ってこなかったのだろう。
現に勇者として召喚されたのに、勇者の従者にされていたわけなのだから。
エヴリンからすれば目の前の青年も十分魔力を有した、優れた存在に見えるのだが、一緒に召喚されたもう一人の勇者サマとやらはそんなに優秀だったのだろうか?
まあ、優秀だったら普通に魔王を倒しているか。それがなされていないのだから、歴代の勇者とさほど変わらないに違いない。
この世界は弱者にとても優しくない、弱肉強食の世界だからねぇ。
弱い者は死に、強い者だけが生き残ることの出来る世界。
それこそが、神と呼ばれる存在が作った世界であるフィディアースの常識だった。
確かに弱者に優しくはない世界だが、エヴリンの側にいれば青年の安全は確保出来るだろう。
魔界よりとはいえ、エヴリンの住んでいる森に入ってくる命知らずの魔物は存在しないし、魔王とてそこまで暇人ではないはずだ。
だから、普段どおり青年に薪拾いを頼み、自分はお昼の準備に勤しんでいる時だった。
森が大きくざわついた。木々が大きく枝を揺らし、音を奏でる。まるで風が大きな叫び声を上げているような光景にエヴリンの動きが止まった。
家具たちも聞いたことがない音にびくりと身体を震わせ、不安げにエヴリンを見上げているのが分かった。
大丈夫だと、そう言わんばかりに近くの本をなでた後、家を出た。
一見何にも変わっていないように見えるが、エヴリンは直ぐに気づいた。
誰かがエヴリンの張った結界を破ったのだ。侵入者は三人。どれも知らない気配のものばかりだった。
まさかエヴリンの結界を破り、侵入してくる莫迦がまだ存在するとは思っていなかっただけに、心外そうに眉をひそめた。
「誰かしら? 自殺願望者の莫迦どもは」
怒りを含んだ声音に、側を通った風が「エヴリンったら怖いわね」と言葉を漏らすが、気にならなかった。
エヴリンは領地を荒らされるのを何より厭う。この森はエヴリンのもので、森にあるものは全てエヴリンのものだ。
だから、他所者が踏み荒らすことはエヴリンにとって禁忌に等しかった。
それを知っている風が更に嬉しい情報をくれた。
「最近拾った人族が、魔物に狙われているわよ?」
「ええ、もちろん知っているわ。多分侵入者はその人族が狙いでしょうから」
きっと、勇者に怪我を負わせた魔物が追い駆けてきたに違いない。止めを刺し損ねた勇者を確実に殺すために。
まったく、大した実力も無いくせに随分と執着するものだ。相手が勇者だからだろうか?
そんなことはエヴリンにとってどうでもいいので、気にしないが気にいらないことに変わりはなかった。
場所を移動しないか確認しながらエヴリンは魔物の気配がする場所目がけて全速力で走った。
普段走ったりしないだけに、エヴリンの足の速さには森の住人も驚いたように眺めている。
枝をバネのように使用し、飛躍しながら森の中を飛び交う。家から歩けば数十分の距離にある足場の悪い、傾斜面に勇者は転がっていた。
既に攻撃されたのか、肩を押さえながら呻いていた。青白い顔に浮かぶ脂汗が顎を伝い、滴れる。
折角エヴリンが勇者のために用意したワイシャツは肩から滑り落ちるように破け、赤く滲んでいた。死にはしないが、放置しておけば肩の肉ごと腐り落ちるだろう。
後で手当てして上げなくちゃ。そんなことを思いながら巨大な魔物が勇者を切り刻もうと振り上げた腕を落とそうとするのを止める。
華奢な腕一本で、木の幹ほどの太さがある魔物の腕を止めるエヴリンに、止められた魔物がギョッとするのが分かった。
エヴリンは瞳を細めると、薄い笑みを広げる。ゾッとするほど冷たい笑みを浮かべたまま指先に力を込めると問いかけた。
「ねえ、貴方……誰の許可をとって私の所有物に手を出しているの?」
氷のように鋭い言葉が零れ落ちると同時にボキ、と嫌な音が響いた。何て事ないように巨大な腕を捻ると、たやすく肩の付け根から腕を引き千切る。
次いで魔物の雄叫びが響くと同時にもがれていないもう片方の手が飛んできた。
鋭い爪がエヴリンを引き裂こうとするが、エヴリンは手に持っていた魔物の腕を盾にしてその攻撃を防いだ。
自分の腕を盾にされたことに激昂した魔物が自分の腕ごとエヴリンを突き刺そうとした。
どう考えても非力なエヴリンなど簡単に串刺しにされてしまうだろう。その光景を見ていた勇者ですら大きく瞳を見開き、叫びを漏らしそうになった瞬間だった。
エヴリンは微笑んだまま鋭い爪を手のひらで止めたのだ。全力で攻撃しているのか、魔物は巨大な腕に力を込めながら指先を震わせている。
だがエヴリンはその場から少しも動かなかった。
唸り声を上げながらエヴリンを抉ろうと躍起になる魔物。そんな魔物を眺めながらエヴリンは小さな笑い声を漏らす。
それは弱者を笑う、嘲りの声だった。
次いで、魔物の咆哮が周囲に響き渡る。なんと手のひらで押さえていた魔物の爪が黒い粒子となって消え始めたのだ。
分解されている、という言葉がぴったりくる光景に誰もが息を飲んだ。
エヴリンの掌からは何やら黒い霧が発生しており、見るからに不気味だ。
人の形をしているが、その姿は人とかけ離れていた。
「残念ねぇ、貴方。私の物に手を出さなければまだ長生き出来たのに」
ええ、とても残念だわ。そう呟きながら手を横になぎった瞬間、片腕をもぎ取られた魔物が断末魔の悲鳴を上げながら身体全身から黒い瘴気を発した。
他の魔物に助けを求めるが、仲間ですらその光景に後退るほどだ。
そして一瞬にして黒い塵と化した魔物だった残骸を踏みつけながらエヴリンは他の魔物に視線を向けた。
「さあて、愚か者ども。死ぬ覚悟は出来たかしら?」
「あ、あ、あああっ、あなた、さまは――」
震える指先をエヴリンに向けながら一人の魔物が叫ぶ。どうやらエヴリンのことを知っている奴が一人いたようだ。
「リリアン様!?」
「死ね!」
誰がリリアンだ、ボケェ! そういわんばかりにエヴリンは綺麗な回し蹴りを放つと、魔物の首を思いっきり刎ね飛ばした。
抵抗などする間もなく、ゴロリと転がる巨体。大地に赤黒い血が流れ落ちるのを尻目にエヴリンは怒っていた。
私のどこをどう見たらリリアンに見えるのだと怒鳴り散らすエヴリンに最後の魔物はオロオロするばかりだ。
他の二人のせいでエヴリンの怒りは頂点に達しており、話かけたら最後、死が待っているだろう。
今にも燃え尽きそうなほど殺気の籠った視線で睨みつけられた魔物はガタガタ体を震わせながらエヴリンを見つめている。
誰が巷で『歩く処刑台』と呼ばれる残虐非道な前魔王と間違われなければならないのだ。
エヴリンは魔王になったつもりもなければ、残虐非道と呼ばれるリリアンになったつもりもなかった。
家具たちと慎ましくも楽しい隠居生活を送っていたというのに……この言われよう。エヴリンでなくとも怒りたくなるだろう。
まあ、似てなくはないような気もしなくもないが――でも、個人的には似ていないと思う。
そう結論を出したエヴリンはすっかり戦意をなくしてしまった魔物を見下ろしながら呟いた。
「さて、貴方も私のことをリリアンなんていうのかしら?」
「あ……いいい、い、命だけはお助けを!」
「いやよ。だって貴方たち、私の領地を荒らしたじゃない」
それで生き延びようとするなんて何と図々しいのだろうか。他の仲間の死を直面し、恐怖に怯える魔物を目の前にエヴリンは手を振るった。
「大丈夫よ。痛くしないから」
さようなら、そう呟きながら黒い霧が発生するのを眺めながらエヴリンは笑った。
笑っているのに、笑っていないその笑みに魔物は硬直したまま動けずに、黒い瘴気となって消えた。
まるで昇華されてしまったかのように空に消えて行く黒い霧。負傷した勇者は言葉なく、その光景を眺めていた。
肩の傷すら忘れてしまったかのようにポカンとした表情を晒している。まるで年相応の子どものような可愛らしい表情にエヴリンは微笑んだ。
「大丈夫だった? 勇者さま」
エヴリンがそう問いかけても勇者は反応しない。大きく瞳を見開いたまま、口を動かしているが、喘ぎ声しか漏れなかった。
光の宿らぬ瞳に浮かぶのは絶望と、拒絶と、恐怖だ。きっとエヴリンの闘いを見て怖気づいたのだろう。
だからといって今更勇者を手放す気など更々なく、エヴリンは肩を血で塗らした勇者に近寄ると、大丈夫な方の肩に手を回し、体を起こした。
自分よりも体格のいい勇者を助け起こすのは酷く骨が凝るが、間違って能力を発動させたりでもしたら今度は勇者さまが分解されてしまう。
それはエヴリンも望んでいないため、非力な人間のように一生懸命引っ張るしかないのだ。
それだというのに、それを理解していない勇者は痛みが走った肩を押さえつけながら呆然とエヴリンを見下ろしていた。
何故息を切らしながら自分を立ち上がらせているのか理解出来ないのだろう。
まったく……人がどれだけ苦労しているのかまったく知らないで。
思わず頬を膨らませながらエヴリンは勇者の手を引っ張りながら斜面を歩きだす。
下手をしたら更に転げ落ちるはめになるが、突起物のように飛び出している木の根を足がかりに器用に登って行く。
運動神経が鈍そうに見えるエヴリンだが、実際は意外と身軽だった。腕をつかまれた勇者はエヴリンに助けながらもゆっくり一歩一歩踏み出す。
色々尋ねたいことがあるのか、背中に強い視線を感じたが、とにかく今は家に帰ることが大事だ。
森の結界を張りなおさなければならないし、勇者さまの怪我も治さなければならない。やることは山積みだった。
辺りを漂う大気や風たちが心配そうに「大丈夫?」と優しく声をかけて来てくれた。普段エヴリン以外に話かけることのない彼らだが、勇者をしっかりエヴリンの所有物と認識したのだろう。
驚いたように辺りを見渡す勇者さまにエヴリンは振り返らず、手のひらを握りしめたまま教えてあげた。
「大気と風さんよ。勇者さまが仲間だって認めてくれたみたい。良かったわね」
「それは……よかった、のか?」
「いいに決まっているじゃない。幸せなことよ? 大気や風から声をかけてもらえるなんて」
普通じゃ絶対ありえないことだけに嬉しそうに告げれば、何故か黙ってしまった。
まあ、異世界から来た勇者さまからすればこの世界の常識は全て可笑しく聞こえるに違いない。
先程まで不機嫌だったのが嘘だったように、歌を口ずさみながら進んでいくエヴリンの後に続く勇者さま。
怪我をした勇者さまを連れて帰れば、家中の家具たちが大きく騒いだ。
「大丈夫!? 勇者さま」
「どうしたの、その傷!」
「シャツ真っ赤だよ!」
「手当て! 手当て!」
「死んじゃうよ!」
「エビー、早く手当て! 手当て!」
家具たちは揃いもそろって動揺しているのか、大きな身体を揺らしながら叫ぶ。
あまりの慌てぶりに思わずエヴリンは「そんな簡単に死にはしないわよ」と呟く。何せ相手は勇者さまなのだ。
この程度の傷なら塗り薬を付ければ一日もせず完治するだろう。本当に人間離れした勇者サマだこと。
そんなことを密かに思いながらエヴリンは運ばれてきた塗り薬を受け取ると、勇者さまに向き直った。
エヴリンの何ともいえぬ笑みに勇者は顔を引き攣らせながら何やらもがいている。しかし、家具たちに押さえつけられているため、逃げ出すことは出来ないようだった。
暴れると上手く塗り薬をぬれないから、家具たちによく押さえておくように指示すると、肩の傷に思いっきり薬を塗りつけた。
「いぎいぃぃいぃっ!」
「がまん、がまん!」
前回のように死にかけでなく、意識のある勇者の傷口に傷を塗るというのはある意味鬼の所業だろう。
普通は麻酔した後、糸とかで縫って傷口を塞ぐのが一般的だが、まあ勇者さまなのだから大丈夫だろう。という軽い気持ちでサクサク進めてしまった。
顔から脂汗を滲ませる勇者の顔色は酷く悪い。
それこそ、魔物に追い詰められた時でもこれほど切羽詰った表情は浮かべていなかったように思えた。
真っ白な顔でこちらを睨みつけてくる勇者さまにエヴリンは不思議そうに見つめ返す。
動いた衝撃で傷口が開かないように、念のため包帯を巻けば、巻き終わったタイミングを見計らってすぐさま離れてしまった。
何故そこまで怒ったような眼差しを向けられるのか分からないエヴリンは不服そうに勇者さまを見た。
「何をそんなに怒っているの?」
「麻酔無しの上、傷口に直接塗り薬を塗りこむ奴が何処にいるんだ!?」
「ここにいるけど?」
「いっぺん死ね!」
近くにあった暖炉の薪を掴むと、勇者さまが投げつけてくる。まるで子供じみた行動に呆れながらエヴリンは顔面に直撃する前に薪を掴んだ。
次の瞬間、分解されたかのように薪が黒い粒子となって消えていく。まるで先程魔物たちを一掃した力そのものだった。
信じられない光景に驚いたようにこちらを凝視する勇者さまにエヴリンは困ったように首を傾いだ。
「そんなに怒る必要ないじゃない。命だって助けたんだし、少しくらい痛いの我慢しなくちゃ」
「……あの痛みが、少しくらいで済むか!」
「あら、済まないの?」
「済まないから文句を言っているんだろう」
難しいことを口にする勇者にエヴリンは考える。死んでないだけマシだと彼は思えないのだろうか? 眉をひそめていると、勇者さまは「それに……」と言いよどみながらチラリと視線を寄越す。
今までとは違い、何かを疑うような鋭い瞳にエヴリンは瞳を瞬いた。
「何故魔王の幹部を容易く倒せるんだ」
「まおうのかんぶ?」
「先程襲い掛かって来た魔族のことだ!」
その言葉にようやく思い出したように大きく頷いた。あの雑魚どもは魔王の幹部だったのか。
なるほど、通りで命知らずな筈である。
自分の力によほど自信があったからエヴリンに襲い掛かって来たのだろう。そして返り討ちにあったと。
無様ということばしか思い浮かばないエヴリンを他所に勇者さまはまだ厳しい表情をしたまま追及してくる。
「それにあの魔族たちはお前を『リリアン』と呼んでいた。あれは一体どういう意味だ? 何故あそこまで怖れていた?」
どういう意味と問われても困る。だが、異世界に連れてこられてそれほど経っていない勇者さまは『リリアン』が何者なのかも分かっていない様子だった。
だったら教えてあげるべきなのだろう。
睨み合う二人を遠巻きに見つめる家具たちを尻目にエヴリンは「長話になることだから、座りましょう」と勇者さまにすすめれば、家具たちが慌てたように所定の位置に戻る。
椅子が座りやすいように引いた状態でセッティングされる中、お茶の準備をしながらエヴリンは話し始めた。
「そうねぇ……まずはリリアンのことだけど、今の魔王は何代目か知っている?」
「いや、詳しいことは知らない。魔王を討伐してくれとしか言われていないから。……まさか、お前が魔王ということは……」
「無いわね。そもそも、平和な生活を送っている私のどこが魔王に見えるのかしら?」
にっこりと微笑みながら勇者さまに確認すれば黙り込んでしまった。よろしい。以後失礼な発言は慎むように。
笑顔だけでそう語ると、エヴリンは火に薬缶の様子を眺めながら茶葉を棚から出す。
これから話す内容は勇者さまにとって難しいかもしれないので、一応落ち着く効果のある茶葉にしておくことにした。
「現在魔界を治めている魔王は二代目なの。初代魔王はそれはそれは残虐非道な性格で有名だったわ。大抵人間たちが魔王を恐れているのは、初代魔王だもの。で、その初代魔王の名前が『リリアン』なの」
「初代魔王がリリアン? じゃあ、何故お前を見て奴らは『リリアン』と言ったんだ。……まさか、俺を騙して――」
「失礼な人ね。少しは落ち着いて聞きなさい」
勝手に暴走し始める勇者さまの頭を叩くと、エヴリンは沸騰した薬缶を持ち上げ、紅茶を淹れる。
香り豊かなカモミールの匂いに頬を弛ませるエヴリンを尻目に、叩かれた勇者は涙目でこちらを睨んでいた。
ちょっと強く叩いてしまったようだ。それほど強く叩いた覚えがなかったので、苦笑しながら紅茶を勇者さまの前に置いた。
そして話の続きを始めた。
「私の名前は正真正銘エヴリンよ。リリアンではないわ。但し、無関係とは言い難いけど」
「言い難いとは?」
「リリアンは私の姉なのよ。今でも人々から『歩く処刑台』と比喩されるくらい恐れられている前魔王の正体は」
「エヴリンの姉……? 前、魔王が?」
「そうよ。だから私が強くて当たり前でしょう。本来なら魔王になる素質だって持っているもの。でも私は魔王とか、大陸統治とか、権力ってまったく興味なかったのよねぇ。まあ、リリアンもそれは分かっていたから私に次期魔王の座を譲り渡そうとはしなかったわ。お陰で今も平和で慎ましい生活が送れているわけだけど」
息継ぎの合間に紅茶を飲む。少し温くなってしまったが、美味しいことに変わりはなかった。
気難しい表情を浮かべたまま考え込んでしまう勇者さまに再度紅茶をすすめる。
難しいことばかり考えていると、頭が混乱してくるものだ。ましてや、私の正体が前魔王の妹だなんて知ったのだから尚更だろう。
ちらちらこちらを見ながら勇者さまは口を開閉したりしている。何を言えば良いのか悩んでいる様子にエヴリンはじっと待った。
しばらくして、勇者さまは覚悟を決めたようにエヴリンを見つめた。
「……じゃあ、何故俺を助けた。俺は勇者で、魔王を倒すものだぞ? 本来なら魔王に引き渡しても可笑しくないのに……」
「だって、貴方は私の物じゃない。何であんな小僧に渡さなくちゃいけないの?」
「そ、その、私の物って言い方何とかならないのか!?」
色々と可笑しいだろ! そう叫ぶ勇者さまにエヴリンは理解出来ないと言わんばかりに眉をひそめた。
死にかけている勇者さまを助けたのは自分だ。何故、魔王に引き渡さなければならないのだ。
私のものだけは誰が相手で渡すつもりはなかった。それが魔界の王であっても、だ。
「(私が拾った物は全部)大切なんだもの。じゃあ、勇者さまは大切な物を他人に簡単に譲ることが出来るの?」
「そ、それは……」
視線を彷徨わせる勇者さまの手をそっと握りしめると、エヴリンは笑いかけた。
「大丈夫。魔王なんかに絶対貴方は渡さないわ」
だって、私のものだもの。そう心の中に密かに付けたす。……それにしても何故、彼は恥ずかしそうに頬を赤らめているのだろうか?
先ほどからあからさまに可笑しな態度をする勇者さまにエヴリンは不思議そうに小首を傾げたのであった。