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02 エヴリン、勇者を餌付けする


 長らく掃除をしていなかった家は随分と汚かった。それこそ一年分の汚れが出てきたのではないかと思うほどだ。

 まずエヴリンは掃除するに当たって、どれが必要で必要じゃないか判断する必要があった。

 両手を数回叩くと、乾いた音が部屋の中に響きわたった。



「おはよう、みんな。早速だけど、今から掃除するから、五分以内に自分の所定の位置に戻ってね。それ以外のものは全てぽいするから」



 ぽいするという言葉に無造作に転がっていた本や、紙、道具やその他諸々が悲鳴めいた声を上げた。

 彼らは慌てたように床を這いずり回り、所定の位置に戻る。数分後、物の見事に部屋の中は綺麗になった。本棚に収まった本は上下逆になったり、配置が入れ替わったりしているが、そのくらいならエヴリンでも出来る。

 横倒しになっている本を綺麗に本棚に収めると、他の物も片付けて行く。

 大きなゴミ袋を片手に部屋中を歩きまわっているエヴリンは恐怖の対象でしかないのか、誰もが息を呑んでエヴリンが通り過ぎるのを待っていた。

 片付けも何もあちこちに散らばっているものたちが勝手に元の位置に戻ってくれるのだから楽なものだ。

 一通り床に落ちたゴミを回収すると、箒とちりとりに雑巾に指示を出すと、床の掃除を始めさせた。

 そして長らく掃除していなかった洗い場を見れば、腐敗の森が広がっていた。

 汚れた食器を洗うためにいちいち水を汲みに行くのも面倒なので、溜まった洗濯物と一緒に汚れた食器を台車の上に置き、運び出す。

 揺れるたびに台車に乗った食器が軽快な音を奏でる。再び川に戻ると、川辺に座りこみ食器を洗うことにした。

 しばらく洗っていなかった汚れは中々落ちず、しょうがないので一度桶に張った水の中に浸けて置くことにした。

 その間に長らく溜め込んでしまった洗濯物を盥の上に広げ、足踏みを繰り返す。

 一人分とは言え、大量にある洗濯物を一枚一枚ちまちま洗っているときりがないのだ。

 面倒だし、これが一番手っ取り早い。洗濯物を洗い終え、周りに干し終わる頃には食器の汚れも随分簡単に落ちるようになっていた。

 時折機嫌良さそうに歌を口ずさみながら食器を洗う。

 機嫌の良さそうなエヴリンの歌声につられ、小鳥が一羽エヴリンの肩に止まった。小さな嘴が可憐な声で囀る。



「おはようエヴリン。今日はご機嫌ね」

「ふふ、おはよう小鳥さん。今日はね、素敵な拾いものをしたからご機嫌なの」

「そうなの、よかったわね」



 まさか人族を拾ったとは知らない小鳥は純粋に喜んでくれる。だからエヴリンも嬉しそうに食器を洗いながら歌を口ずさむ。

 性格はかなり可笑しいエヴリンだが、その歌声は素晴らしいものがあった。

 機嫌が良いと、よくエヴリンは歌を口ずさむため、森の住人たちはそういう時だけ側に近寄るようにしていた。

 下手に機嫌の悪い時に、話かけでもしたりしたら悲惨な目に遭うからだ。

 でも、そんなエヴリンが森の住人たちは大好きだった。

 エヴリンもそんな気さくで優しい森の住人が大好きだった。



 しばらくして長いこと食器を洗っていたエヴリンは凝り固まった体を解すように空に両手を伸ばした。

 首を横に振りながらコキコキと音を鳴らす。



「あー、疲れた」



 溜めておかなければこんなに増えることもなかったであろう食器たちを尻目にエヴリンは長いこと水にさらしていたためふやけた指先を見つめる。

 白くなっている指先を乾いたタオルで拭きながら、そのまま洗った食器を拭いて行く。

 そのまま自然乾燥させるのもいいかもしれないが、周りに干した洗濯物がまだ乾いていない。

 風の妖精たちが洗濯物を一生懸命乾かしてくれているので、もう少しと言ったところだろう。

 しばらく時間がかかりそうなのでその間に洗った食器を拭いて行く。これなら家に帰って直ぐ食器を棚に戻すことが出来るだろう。

 ごしごし擦っていると、強く擦りすぎたせいか木製の食器達がくすくす笑い出す。

 食器は意外と寡黙な性格の者達が多いので、喋るのは稀だ。本や花はお喋り好きだが、木は寡黙な性格が多いし、バケツは怒りやすい。

 多分おばさんだからだと思うのだが、性格も結構左右していると思う。

 特に陶器の食器ではなく、木製の食器のため、特に喋らないのだ。それこそ陶器の食器など惜しめもなく使えるのは貴族くらいだろう。

 庶民には高くて手の届かない物だし、木製の食器は落としても壊れないから好きだ。

 木の温もりも好きだし、何より雑なエヴリンにはぴったしであった。



「食器さん、気持ちいい?」

「きれい きれい なった」

「くすぐったい けど きれい なった」



 片言ながら食器の言葉が返ってくる。その姿に笑みを零しながらていねいに拭いて行く。

 自分で洗うのを忘れていたのが原因とはいえ、彼等は一度もそんな文句を言わない。

 言ってもいい立場だというのにも関わらず、だ。きっと、昔の主に捨てられた記憶が忘れられないのだろう。

 別に文句を言われたくらいじゃ自分は彼等を捨てる気など更々ないのに。

 それでも一度捨てられた記憶はどんなことをしても拭い去ることは出来ない。そう、エヴリンでも、それは無理なのだ。

 だからエヴリンが出来ることは何事もなかったかのように彼等と普段どおり接することである。

 食器を拭き終える頃には、ちょうど洗濯物も乾いており、畳む事が出来た。洗濯物の側では風の妖精たちが息を切らしているところだった。

 小さな、光の塊のようなそれにエヴリンは笑いかけると、ポケットを漁り、ご褒美に蕩けるように甘い飴玉をあげた。



「ありがとうね、妖精さん。これ、ご褒美にどうぞ」

「わぁい!」

「エヴリン大好き」

「ありがとね!」



 子どものようにはしゃぎながらもらった小さな飴玉を手にしながらふよふよと消える妖精たち。かわいらしい光景に微笑みながらエヴリンは洗濯物を畳む。

 洗濯物を全て畳み終えたエヴリンは桶に川の水を汲むと台車に置き、再び家に戻り始めた。

 カタカタと音を立てながら台車を進めていたエヴリンであったが、家の方から悲鳴のような音が聞こえ、台車そっちのけで驚いたように走りだした。

 裏口で「何ごとだい!?」と騒いでいるバケツを押しのけ、家の中に入る。

 エヴリンがいない間に箒や雑巾たちが必死で綺麗にしてくれたのか、家の中は見違えるほど綺麗になっていた。

 後で褒めてあげなくちゃ。そんなことを思いながらエヴリンは一際騒がしい声がする客間へと続く扉を開いた。

 扉を開いた瞬間、エヴリンは驚いたように瞳を見開いた後、怒ったように瞳をつり上げた。

 先ほどまで死にかけで悲鳴すら上げなかった青年が寝台から起きあがっていたからだ。それを遠巻きに見ていた家具たちが悲鳴めいた声を上げて驚いている。

 確かにあれだけ死にかけだったのにニ時間もしないうちに動き出すのだから驚いても当たり前だ。

 だが、エヴリンが怒っていたのはそれが理由ではなかった。



「ちょっと、オルゴールちゃんが痛がっているでしょ!」



 放しなさい! そう叫びながらエヴリンは思いっきり青年の頭を近くに置いてあった本で思いっきり殴った。

 まだ体力は完全に回復していなかったようで、再び寝台に沈む青年。殴るために使用された本も痛かったのか「痛いよぉ」と泣き声を漏らしていた。

 咄嗟に本で殴ってしまったエヴリンが慌てたように本に謝りつつ、

気絶した青年の手から木製のオルゴールを取り出した。

 突然青年につかまれたからか、恐怖で固まっているオルゴールの蓋を優しく撫でながら慰める。

 何が理由で棚の上に置いてあったオルゴールをつかんだのかは謎だが、この部屋に置いておくことは出来ないだろう。

 完全に伸びている青年を尻目にエヴリンは部屋に置いてある家具たちに青年が起きたら真っ先に呼ぶように指示を出し、客間を後にした。

 それにしても何という回復力なのだろうか。

 幾らエヴリンが作った新薬の回復力がよかったとしても、回復が早すぎる。

 予測としてはニ、三程度で傷が完治する予定だったのだが、死の淵までいっていた青年がニ、三時間で動けるようになるなどありえないことであった。

 もしかしたらとんでもない拾いものをしてしまったのかもしれないと思いながら、震えるオルゴールを台所に置き、再び台車を取りに向かう。

 裏口を出て、台車を取りに行く時、背後から呆れるような声が聞こえた。



「まったく……だから人族なんぞ家に招くんじゃなかったんだよ」



 バケツのもっともな言葉を聞きながら、エヴリンはあえて聞こえぬ振りをしながら台車を取りに向かうのであった。

 




 結局、置き去りにした台車を押して家に戻って来た頃には何だかんだで日が高く昇っていた。

 時計を確認すれば既にお昼時である。通りでお腹が空いているわけだと納得しながら洗った食器を棚に戻しながら洗濯物も片付ける。

 そしてエヴリンは昼食の準備を始めた。

 使い古した包丁とまな板を使いながら野菜を切り刻む。もしかしたらあれだけ回復の早い青年のことだ。

 お腹を空かせて起きるかもしれないので、柔らかく野菜を煮込んだスープにすることにした。

 つけ合わせのパンを竃で焼いていると、再び客間の方がガタガタうるさく鳴り響き始めたので青年が起きたのだと判断したエヴリンは竃の火にパンが焦げないように注意するように言いながら客間の扉を開けた。

 カーテンが引かれ、薄暗い室内では、抵抗している本をつかんでいる青年がいた。

 ぴくりと眉をつり上げるエヴリンに青年の虚ろな視線がかち合う。青年の拘束が弛んだのか、表紙を動かしながら逃げ出す本。

 寝台から転げ落ちるように這って逃げる本を尻目にエヴリンはまずカーテンを開けはなった。

 強い日差しに思わず目を瞑る青年に振り向くと、エヴリンは笑みを深める。

 知っている者が見れば背筋が凍りつきそうになる笑みに、周りの家具たちが「また天然ボケキャラを演じているよ」という声が聞こえたような気がしたが、エヴリンは無視した。

 状況が理解出来ていないのか、警戒するように傷を庇いながらこちらを睨みつける青年にエヴリンは口を開いた。



「ここは私の家。川辺で死にかけていた所を助けたの。お腹空いた?」



 問いかけるが、青年の反応は何だかいまいちだった。薄っすらと口を開いてはいるが、言葉を発しない。

 怪訝そうに眉をひそめながら「聞こえている?」と言葉を重ねるエヴリンに青年の魔の手からやっとの事で逃れてきた本が、足を叩いた。

 エヴリンの名前を連呼するものだから視線を落とせば、意外な言葉が返ってきた。



「駄目だよ、エヴリン。アイツ言葉が通じないよ。俺が止めてって行った時、聞いた事もない言葉を発したから」

「ふぅん。異国の人なのね。分かったわ」



 納得したように一人頷くと、青年をほったらかしにしそのまま客間を出る。台所に戻り、器に出来た紫色のスープを盛ると、粉末を取り出した。

 この粉末を単体で飲むと不味いので、スープに混ぜればそれほど味も分からず食べることが出来るだろう。

 竃を開けばちょうどいい具合にパンが焼けていた。

 木製の皿にパンを二つ乗せると、エヴリンはスープとパンが乗ったお盆を手に再び客間に戻った。

 未だに青年は扉の側で中をうかがうように見ている家具たちを凝視している。まあ、勝手に動いたり喋ったりする家具など珍しいのは分かったのであえて何も言わずに青年の上にお盆を置いた。

 驚いたように置かれた食事とエヴリンを交互に見るのが気に食わない。



「別に毒なんか入ってないわよ」



 言葉が伝わらないなら飾る必要もなく、エヴリンはそっけなく呟く。青年は何となくエヴリンのニュアンスが伝わったのか、紫色のスープを凝視していたが、ゆっくり木製のスプーンを手にした。

 ゆっくり、すくうと恐る恐る口元に運ぶ。多分色が不気味だから食べるのを躊躇っているのだろう。

 美味しいのに。そんなことを思いながら一口食べたのを確認したエヴリンは近くにあった古い椅子を引っ張って来ると寝台の脇に置いた。

 驚いたように視線を寄越す青年を眺めながらエヴリンは笑みを広げる。



「見かけによらず、美味しいでしょ? そのスープ」

「!」



 驚いたように青年が瞳を見開くのを眺めながらエヴリンは満足そうに頷く。どうやら言葉が通じるようになったようだ。

 青年に飲ませたスープに混ぜた薬はどんな相手にでも言葉が通じるようにするものであった。

 口からスプーンを抜く青年に向かってエヴリンは更に問いかける。



「貴方、勇者さまでしょ」



 エヴリンは何てことはないように呟いたつもりだったのだが、青年と家具たちは違ったようだった。

 大きくざわついた後、好奇心で満ちていた瞳に怒りの色が宿るのが分かった。家具たちは勇者が大嫌いだ。

 自分達の居場所を奪った存在を許すことなど出来ないのだろう。その気持ちは痛いほど理解出来るし、彼等が怒る理由も分かった。

 だが、エヴリンは知っている。その勇者もこの世界フィディアースの被害者だということを。

 青年の顔から血の気が引き、無表情になるのを眺めながらエヴリンは昔話をするように口を開いた。



「それも、異世界から召喚された勇者さま。だからこの世界の言葉が通じない。何故ならここは人族たちの魔力が届かない場所だから、かけられていた魔力も無効化されてしまうもの」

「……誰だ、アンタ」

「エヴリンだよ。ここは貴方が召喚された王都から離れた森にある小さな家。まあ、魔界寄りであることは確かかな」



 でも、まだ魔界ではない。魔界だったら人族は住めないし、瘴気があまりにも強すぎて生きて行けないだろう。

 それこそ神の加護とやらを与えられた人族でなければ無理に決まっている。

 この世界には当たり前のように魔王がいて、人族を滅ぼそうと色々と追い込んでいる。非力な人族は魔王にはどう足掻いたって勝てやしない。

 そこで人族たちは異世界から勇者と呼ばれる存在を呼びだすのだ。勿論、魔王に勝てるまで何度も、何度も勇者を召喚する。

 この世界において勇者は消耗品でしかなかった。壊れたら直ぐに代えの利く存在。

 例え魔王にやられたとしても、また勇者を呼べば問題無いのだ。そうして何度も、何度もこの世界には数え切れないほどの勇者が召喚された。

 そして先日、また勇者が召喚されたという話を魔女は人伝に聞いたのだ。たまたま、今回は勇者が二人召喚されたらしい。

 なので、一人を勇者とし、もう一人を勇者の従者として魔王の討伐に向かわせたそうだ。

 そして、例のごとく魔王に負けたという話はエヴリンも知っている。そして、この青年はその時召喚されたもう一人の勇者……従者の方だと分かっていた。

 何せ今回の勇者は金髪の青年だったらしいが、この青年は見事な黒髪だ。どこからどう見ても勇者には見えない。

 一緒に召喚されたのにその違いは何だったのだろうか? それはエヴリンにも分からない。人族達の考えることなど彼女に分かるわけがないからだ。

 手負いとはいえ、従者が生きていると知れば人族がうるさいかもしれないが、関係ない。

 これは私が拾ったものだ。彼がここを出て行くというまでは私のものである。まあ、手放すかは別問題だとしても。



「大丈夫、私は貴方に危害は加えないわ。現に傷の手当てをしたのは私だし。まずはゆっくり休んでちょうだい」



 返事はかえってこなかった。ただスープに視線を落とし、何か考え込む青年を一人にしてあげようと扉を閉めた。

 案の定、盗み聞きしていた家具たちが一斉にエヴリンの周りに寄って集ってくるものだから、思わずその場に倒れこむ。

 しかし、倒れたエヴリンの上に大量の本や雑貨が乗っかりながらその身体を震わせながら口々に叫んだ。



「エヴリン本気なの!?」

「アイツ、人族だよ!」

「しかも勇者!」

「僕等の敵だよ! 敵!」



 追い出さなきゃ、と口々に騒ぐ家具たちにエヴリンは呆れた様に溜息を零しながら唇に人差し指を当てた。

 しぃ、と静かに声を出すと、一斉に家具たちが押し黙る。そしてエヴリンが無言で指差す先には客間の扉があった。

 しん、とした客間からは何か、くぐもったような声が漏れてくる。それは押し殺した泣き声のようにも聞こえ、エヴリンの上でいきり立っていた家具たちは思わず顔を見合わせた。

 そんな家具たちを連れ、台所まで避難して来ると、エヴリンは自分のスープをよそうと口を開いた。



「別に彼一人増えてもいいじゃない。元々貴方たちは人族に使用されるために創られた存在だったのでしょう?」

「でも、勇者は別だ!」

「僕たちの居場所を奪った!」

「僕たちはジャンク品じゃない!」

「立派な家具だ!」



 やかましいほど騒ぎ立てる家具に頷きながらエヴリンはスープを飲む。ちょっと塩加減が足りなかったかもしれないと思いながら塩をスープに足していると、怒ったように「エビー聞いているの!?」と言われ、意識が目の前の家具たちに戻った。


 魔王を討伐するために異世界から呼ばれたたくさんの数え切れないほどの勇者たちがもたらしたのは文明の理だった。

 もともと、この世界の家具たちは自分の意思を持つものが多い。それはフィディアースという世界を作った『神と呼ばれる存在』が無機物に命を吹き込む力を有していたからだ。

 神と呼ばれる存在は、人族を創るときに、一緒に命を宿した家具を作った。それが、エヴリンの家にある家具たちの正体である。

 それこそ勇者が召喚される前は命を宿した家具で溢れかえっていたが、勇者がもたらした技術は素晴らしかった。

 何も魔王を討伐するのに適した人材だけがこちらの世界に呼ばれるわけではなく、ランダムで飛んで来るものだから非力な科学者や、技術者も多々こちらの世界に『勇者』としてやってきたのだ。

 そして、喋る家具は無機物の家具よりも魅力を失って行った。

 確かに勝手に動くのは便利かもしれないが、逆を言えば主従関係が確りしていなければ家具が人族に危害を加える場合もあるのだ。

 人族たちの噂話を聞いていて、他の者に話してしまうことなどそっちゅうだし、そういう部分に困っていた人族は『勇者』のもたらした技術に酷く興味を惹かれた。

 そして、今では生きている家具はこのフィディアースからほとんど消えてしまった。

 むしろエヴリンの家にある家具たちの量が異常すぎるほどなのだ。

 まあ、ほとんどが捨てられていた家具をエヴリンが拾ってきただけなのだが、そのせいか家具たちはエヴリンを慕っているし、エヴリンも家具たちが大好きだ。

 でも、それを同じ『勇者』という枠組みだけで無理やり召喚された少年に八つ当たりするのは間違っていると思った。

 彼も家具たちと同じ被害者なのだ。そこを理解しなければならない。

 だからエヴリンはスープを口に運びながら極めて冷静な口調で怒り狂う家具に答えた。



「じゃあ、聞くけど『彼』は貴方たちに嫌がらせをした?」

「僕、つかまれた!」



 さきほどガッシリ青年につかまれた本がそう呟いた。

 エヴリンは呆れた様に視線を落とす。



「それは喋っている本が珍しかったからよ。この世界にはほとんどないでしょ? だからつかまれたくらいで驚いていちゃ駄目よ。これからは彼も一緒になって貴方たちを使ってくれるのだから。嬉しいでしょ?」

「え? 彼も僕らを使ってくれるの?」

「当たり前でしょ。あれは私が拾ってきたんだもの。私のものよ」



 人間としての尊厳の欠けらも相手に与えぬ口調で呟くエヴリンに対し、特に疑問に思うこともなく本たちは嬉しそうに跳ね回る。

 確かにエヴリンも本は読んでくれたり、相手をしてくれたりするが、相手が二人に増えればその確率が高くなるのだ。

 古株の家具は相手が『勇者』であることにこだわっているようだったが、すでに若い家具たちは嬉しそうである。



「きっと最初の内は吃驚しているだろうから、積極的に貴方たちがリードしてあげるのよ」

「リード?」

「リードしていいの?」

「だって相手は人族だよ」

「大人しくしてないと怒るよ」

「大丈夫よ。もし変なことするようだったら私が怒るから問題ないわ」



 エヴリンが力強くそういえば、家具たちは納得したように「それなら大丈夫か」と頷いた。

 一体どういう基準でそうなっているのか知らないが、家具たちの中でエヴリンは最強の存在であるようだった。

 そうしてエヴリンが拾ってきた『勇者』と動く家具たちとの生活が始まろうとしていた。







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