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01 エヴリン、青年を拾う



 エヴリンの一日はとても早い。それこそまだ日が昇りきらぬ、小鳥のさえずりも聞こえない、薄暗い時間からエヴリンは目を覚ました。

 まだ家具たちも寝静まっている時間帯のため、エヴリンは物音を立てないようにするりと寝台から降りると、側に置いてあったケープを手さぐりでつかむと引っ張った。

 春とはいえ、まだまだ雪どけの季節だ。それに日が昇らぬ時間帯の寒さはよく知っているため、防寒具は欠かせない。

 クリーム色の壁に立てかけられた置時計の髭がカチカチと秒針のように進む音が心地好く聞こえてくる。

 まるで子守唄のような安堵する音に笑みを零しながらエヴリンは物が乱雑したようにおかれている床に足をつけた。

 新薬の調合についつい夢中になってしまったため、掃除など長らくしていなかったせいか、部屋の中はごっちゃごっちゃに汚れていた。

 山積みになった資料本を器用に避けながら、一足ぶんあいた場所に足を落とす。

 前に進むたび、ゆらゆらと動くケープの端が当たるのか、積み重なった分厚い本たちがくすぐったそうに身をよじる音がかすかに聞こえてきた。

 中にはくしゃみをする本までいた。むずむずするのか、古い革の表紙を波打たせていたが、しばらくするとかゆみも収まったのか、再び動かなくなった。

 やっとのことで廊下に続く扉に辿り着くと、エヴリンはメッキの剥がれた把手を回した。

 古い扉は甲高い音を奏でながらゆっくり開く。その音に目が覚めたのか、近くに置いてあった本の山の一番上から眠たそうな声を漏らした。



「……エビー? もう起きたのぉ?」



 早起きだね、と欠伸を噛み殺しながら途切れ途切れに聞こえてくる言葉にエヴリンは優しく微笑みながら、まだ他の本に比べ真新しい本を数回優しく叩いた。

 まるで途中で目を覚ましてしまった幼子をもう一度眠らせようとする母のように優しい仕草だった。



「まだ寝ていてかまわないよ。あとで他の子たちと一緒に起きればいいわ」

「うん、そうする」



 おやすみぃエビー、と可愛らしい声を漏らしながら再び眠りにつく本を尻目に今度こそエヴリンは部屋を後にした。

 ひんやりとした空気がただよう廊下を過ぎ、階段を下りると、そのまま裏口から家を出た。

 裏口の側には毎日使っているバケツがおかれていた。バケツをつかむとエヴリン近くの川まで歩きだした。

 川から立ちこめる霧のせいで辺りは真っ白でよく見えない。

 歩くたびカタカタ揺れるバケツを揺らしながらエヴリンは機嫌よく歌を口ずさんだ。澄んだ歌声が風に乗り、空気を震わせる。

 誰もがまどろみの中、気持ち良く寝ている時間。大気と一緒にただよう真っ白な霧すらもご機嫌なエヴリンの声に一緒に揺れ動いているようだった。

 川に辿り着くと、エヴリンは冷たい水をバケツですくった。まだ夢の中だったバケツが驚いたように「うひゃ」と痺れたような声を漏らすが、気にせずエヴリンはそのまま迂回すると、近くにある畑に水を撒く。

 植えられている野菜が満足するまで水を撒く頃になると、冷たい水のせいで感覚が麻痺していたバケツがぶるぶると身体を震わせながらエヴリンに向かって怒鳴った。



「こら、エヴリン! 水を汲む時は必ず声をかけてからにしろといっているじゃないか!」

「あら。おはようバケツさん。やっと起きたの?」

「やっと起きたのじゃないよ! 私がバケツだからいいものを、他のもので同じことをやったら怒鳴られるだけじゃ、済まないよ!」

「大丈夫よ。バケツさん以外で水汲みはしないわ。だって、そんなことしたらバケツさんのお仕事なくなっちゃうでしょ?」

「ま、まあ、そうなんだけどね」

「それに早起きなバケツさんじゃなくちゃこの役目は果たせないもの」

「それもそうさね!」



 エヴリンに上手い具合に乗せられたバケツが意気揚々と声を上げる様子を眺めながらエヴリンは水の中にバケツを沈める。

 今度はたっぷり水を汲むと、畑ではなく家に持ち帰ることにした。この水で今朝のスープを作るのだ。

 両手で零れないように運んでいると、通りすがりの風が挨拶してきた。

 風は各地を旅しているため、気さくでお喋り好きなものが総じて多い。

 この風も例に漏れず、気さくで喋り好きなようだった。



「おはよう魔女さん」

「おはよう風さん」

「今日はいい天気になりそうよ。辺りに残っている雪が全て溶けて、春が早く訪れればいいわね」

「そうね」



 頷き返しながら家に辿り着くと、バケツをいったん地面におく。そして扉を開けようとした時、風が意外な言葉を口にした。



「そうそう、この近辺に人族が倒れていたから気をつけてね」

「人族?」

「そう、人族よ。傷を負っているみたいだったわ。でも彼らは凶悪だから注意しなくちゃだめよ」



 そうエヴリンに忠告すると、風は空へ昇っていってしまった。瞳を瞬きながらバケツに視線を戻せば、咎めるようななんともいえない視線を向けられてしまった。

 もちろんバケツに目はない。ないのに、何故かじとり、と見られているのが分かってしまった。



「エヴリン」

「ちょっとだけ」

「人の話聞いているのかい、エヴリン」

「いいでしょ?」

「だから聞けって!」

「お願いだから」

「エヴリィィィン!」

「大好き、バケツさん!」

「こら、まて! この天然ボケキャラを演じているそこの魔女ぉ!」



 バケツの叫びを無視しながらエヴリンは軽やかな足取りで霧に濡れる地面を踏みつけた。

 背後から未だにギャンギャン騒いでいるバケツの声が聞こえるが、エヴリンは気にしない。気にしたら負けなのだ。

 辺りを覆い隠す深い霧に人族の居場所を聞けば、さっきまで水汲みをしていた場所からそれほど離れていなかった。

 さくさくと進めば、さきほど水汲みをしていた川辺に辿り着いた。霧を払い除けるように片手を振れば周囲を覆い隠していた霧が自然と消えていく。

 霧が晴れた森は美しい場所だった。

 若葉が多い茂る木の枝に止まっている小鳥はさえずり、川はちろちろと澄んだ水面をキラキラ光らせながら静かな音を奏でながら流れている。

 冷たい外気にエヴリンは手を擦り合わせると、息を吹きかけた。

 吐く息が白くなることはなかったが、肌寒いことに変わりはなかった。

 周囲を見渡しながらエヴリンはゆったりと自分の周りを動く霧に視線を向けた。

 確認するように「ねえ、ここであっているの?」と尋ねれば、囁くような小さな声で「もう少し下流の所で倒れているよ」と答えてくれた。

 その言葉を信じ、エヴリンは再び歩き出す。時折寒さを思い出したように肩からずり落ちるケープを掻き抱く。

 そんなことをしながら靴底が磨り減った靴がじわじわと湿気をおびた頃、人らしきものを川辺で発見した。

 瞳を輝かせながら小走りに近づくエヴリンだったが、ふいにその歩みが止まった。

 大きく見開いた瞳に映ったのは大量の血で染まった衣服を着た青年だった。

 戦っている最中に川に落ちたのか、全身びしょ濡れでとても寒そうだ。現に下半身は川の中に浸かったままだった。

 這い出ようとして力尽きたといった様子にエヴリンは困ったように頬に手を当てた。

 まさか人族が怪我をしているとは思っていなかったのだ。別に姿だけ見れば好奇心も満たされると思っていただけに、この状況は予想外だった。

 むしろ怪我をしているのなら態々様子など見に来なかったというのに。

 困ったように眉をはの字にしながら眺めていたエヴリンであったが、下半身が浸かっている水が僅かに赤みをおびていることに気づき、ようやく動き出した。

 ぐったりとしている青年の手をつかむと、あまりの冷たさに驚いて思わず手を放してしまった。

 まるで氷のように冷たい手だった。驚いたように自分の両手を見つめた後、もう一度青年の手をつかむ。

 全力で引っ張っても冷たくなった青年はぴくりとも動かなかった。むしろこれ以上無理やり引っ張ったりしたらそれこそ青年の肩が外れてしまいそうな気がした。

 盛大に息を乱しながらエヴリンは額に浮かんだ大粒の汗を腕で拭った。

 あれほど寒いと感じていたのに体が火照って熱い。真っ白な頬を赤らめながらエヴリンはもう一度青年の腕を引っ張った。

 しかし今度は汗をかいた手のひらが滑り、盛大に尻餅をついてしまった。霧で濡れた地面に思いっきり倒れたため、お尻が泥だらけになるのが分かったが、むしろそれがエヴリンのやる気に火をつけた。

 周りでその光景を眺めていた川や霧、木々や花、小鳥たちがくすくすと笑い声を漏らすのが聞こえる。

 そんな笑い声にすらめげずにエヴリンはがっしりと青年の体を跨ぐと、腰を思いっきりつかんだ。大胆すぎる行動に周りでその様子を見ていた野花が黄色い悲鳴を上げるのが聞こえた。

 うるさすぎる応援を受けながら、エヴリンは苦しそうな声を漏らした。きっとこんなに頑張ったことなど一度もないだろうというくらい一生懸命になって青年を引っ張った。

 ぐっしょり濡れた衣服は滑りやすく、何度もつかんだ手が外れたが、それでもめげずに引っ張った。

 それでも引っ張りあげることが出来ず、エヴリンはいらだったように傍観する周りの花や霧たちをにらみつけた。



「ちょっと、お花さんたちも見てないで手伝ってよ!」

「えぇー、私たち手がないもの。そんなの無理よ」

「そうよ、そうよ。エヴリンたら短気なんだから」



 そんな人族なんかほっとけばいいのに、と呟く花たちを無視すると、今度は川に向かって声を投げかけた。



「川さん、川さん! 後ろからこの人押してくれない?」

「無茶をいわんでおくれ、エヴリン。そんなことしたら周囲が水浸しになるぞ」

「構わないからやってちょうだい」



 渋る川に大きな声で叫べば、盛大の水がエヴリンの顔を叩いた。氷のように冷たい水が川辺へとエヴリンごと青年を押し流した。

 やっとのことで川辺に青年を押し上げることが出来たエヴリンは力尽きたようにその場に座り込んだ。

 乱れた息を整えるように喘ぐエヴリンの姿に花たちが面白そうにまたクスクス笑うものだから、恨めしげににらみつけると、低い声で脅した。



「それ以上笑ったりしたら、その花びら一枚一枚引き千切ってから、葉っぱごとぺっちゃんこに踏み潰すわよ」

「あらあら、化けの皮がぺろりと剥がれているわよ、エヴリン」

「そうそう。折角、天然ボケキャラの皮を被っているのだから最後まで演じなくちゃ」

「まあ、失礼なお花さんたちね!」



 あまりにも失礼な言い草にエヴリンは歪な笑顔を浮かべたまま言いたい放題いいまくっている花の花びらを一枚引き千切った。

 そのまま風に飛ばされる花びらを眺めながら、一瞬何をされたのか分からなかったようにぽかんとした様子で眺めていた花たちだったが、次の瞬間、悲鳴のような声を上げた。



「きゃあああっ! ほんとに私の自慢の花びら引き千切ったわ、エヴリンが!」

「いやぁぁぁっ! 私の花びらは千切らないでぇ!」

「あら、ごめんなさい。間違えて踏んじゃったわぁ」



 花たちの悲鳴を他所にうふふ、と不気味に笑うエヴリン。今度は雑草と一緒に葉っぱを踏みつけた。

 再び舞い上がる悲鳴にますます笑みを深めながらエヴリンはようやく一仕事を終えたといわんばかりに額から垂れる水を拭った。

 その清清しい笑みとは裏腹に、エヴリンの側では花たちがしくしくと泣いている。

 まあ、喧嘩を売ったのは彼女たちだが、そんな悪戯好きな彼女たちの喧嘩を買うエヴリンも十分に大人気なかった。

 青年を助けるためとはいえ、全身水浸しになってしまったエヴリンだったが、激しく動いていたためか体が熱くてしょうがないようすだった。

 とりあえず、肩にかけていたケープを外すと、青年の腹部を縛った。腹部の他に肩からも血が滲んでいるが、腹部の傷の方が長い間、水に晒されていたせいで悪化していた。

 青年を川辺に引き上げることが出来たため、達成感に満たされたエヴリンは楽しそうに鼻歌を鳴らしながら腕をつかむと、小さな体を青年の下にもぐりこませた。

 そして足に力を入れ、立ち上がる。足元がもたついたが、何とか踏みとどまることが出来た。

 頬に張り付いた髪が気持ち悪かったが、それすらも気にならない程エヴリンは高揚していた。

 こんな気持ちは久しぶりだ。



「ちょうどいい実験体……じゃなくて、男が手に入ったわ」



 力仕事が必要なものもあるし、ちょうどいい。と頷くエヴリンであったが、彼女の本音を既に聞いてしまった森の住人はドン引きしていた。

 ちょうど新薬を作るのに夢中になっていたから、間違いなく死にかけている青年が実験体にされるのだろう。

 哀れな被害者に誰もが思わず視線を背ける。

 そうして、意気揚々とエヴリンに引きずられるようにして死にかけの青年の命は、悪魔よりも外道で知られるエヴリンの手に委ねられたのであった。






 血だらけの青年を連れて家に帰ると、裏口でぽつねんとエヴリンの帰りを待っていたバケツと視線が合ったような気がした。

 気がしただけで、実際バケツには目がないから分からない。

 だが、バケツはエヴリンが背負っているものが見えているのか、大きく体をぷるぷる震わせていた。

 まるで受け皿に落とされたプリンのような光景にエヴリンが思わず笑うと、雷のようなバケツの怒鳴り声が辺りに響き渡った。



「エヴリィィィン! なんだい、その背中のゴミは! 今すぐ元の場所に戻してきな! 今すぐに!」

「ええ! 折角拾ってきたのに勿体ないわ、バケットさん」

「誰がバケットさんだっ! わたしゃバケツだよ! 失礼なこといわんでくれるかい」

「ごめんなさいねぇ」



 素直に謝る振りをしながらそろそろと裏口の扉に近づくエヴリンにバケツはカンカンに怒った様子で睨みつけている。

 川からすくって来た水は怒鳴り散らした衝撃で半分以上、外に飛び散りなくなっていた。また汲んでこないと足りないだろう。

 この青年の手当てをしなければならないことだし。

 そんなことを考えながら、エヴリンはそっとバケツを遮るように裏口の把手に手を伸ばす。足元では未だに怒った様子のバケツがガタガタ揺れていた。



「こら、エヴリン! 聞いているのかい」

「もちろんよ。聞いているわ、バケツさん。確かにバケツさんにとっては人なんかゴミでしかないかもしれないわ」

「ゴミでしかないかもしれないんじゃなくて、奴らは生ゴミそのものなんだよ! 私たちからすれば」

「このままじゃ死んでしまうわ」

「人族なんて滅んじまえばいいんだ」

「それに、私の作った新薬を試してみたかったし……」

「本音そっちかよ!?」

「あら、やだ。思わず口が滑っちゃった」



 熊とらしく片手で口元を隠すエヴリンに心底呆れた様な眼差しが突き刺さる。

 目がないというのに、どうしてそんな視線を向けられるのか、本当に不思議であった。

 エヴリンの失言により更にヒートアップしてしまったバケツが勢いよく噛みついてきた。先ほどよりも更にガタガタ体を揺らしながら怒りの度合いを示している。

 鉄色の胴体が不思議なことに赤みをおびているのが分かった。どうやら怒りすぎて体内に熱が篭ってしまったようだ。

 中に残っている水がまるで火に掛けられようにぐつぐつしている光景に思わず苦笑を漏らした。



「やだ、バケツさんったら……中身が沸騰しているわよ」

「誰のせいだと思ってるんだ! エヴリン、お前さんのせいだろう!」

「そうだったかしら?」

「首を傾げて分からない振りをしても無駄だよ! 熱湯かけられたくなかったらそのゴミを元の場所に戻してきな」



 バケツの人族嫌いは凄まじく、身体を傾けながらエヴリンに向かって本気で熱湯をかけようとしているのが分かった。

 確かにバケツが人族嫌いになった理由はエヴリンも知っているが、死にかけの相手にそんなことをしても意味はないと思うのは自分だけだろうか?

 それに貴重な人族だ。これから色んな薬で実験とかしたいのに捨ててくるのは勿体なさすぎる。

 だから、エヴリンは身体全身で後ろに背負っている青年を庇いながら大声を張り上げた。



「駄目よバケツさん! だって、これはもう私の物だもの」



 人族じゃないわ。私の、物なの! もの! そう叫ぶとバケツは何故か真っ赤に染めた胴体ごとずっこけた。足が無いのに確かにバケツは何もない所で転がったのだ。

 バケツの中で煮えたぎっていた湯が地面に吸い込まれて行く様を眺めていると、心底ありえない言葉を聞いたかのようにバケツはモゴモゴと口元を動かした。

 意味が分からず、キョトンとした様子でバケツの言葉を待っていたエヴリンだったが、結局バケツは上手く言葉にすることが出来なかったのか、大きな溜息を零した。

 そしてエヴリンに呆れ果てたのか、しっしっと追い払うかのように声を発しながら取っ手をガチャガチャ鳴らした。



「……まあ、いいや。とりあえず、二度とその人族を私の前に見せるんじゃないよ」

「はぁい」



 門番のように強敵だったバケツを納得させることが出来たエヴリンは嬉しそうに笑いながら青年を引きずりつつ、裏口の扉を開けると、家の中に入った。

 最初の段差を何とか乗り越えたエヴリンはそのまま台所の床に青年を転がす。

 乾燥させた野菜や、果物があちこちに転がった台所はひどく汚かった。最近掃除していないのか、ここでも祟ってしまったようだ。

 まあ、今はしかたがない。このまま傷の手当てをしよう。

 無造作に青年を転がしたままエヴリンは引出しを漁ると、鋏を取り出してきた。

 大きな裁ち鋏の刃を動かすと、まず固定していたケープを遠慮することなく切り落としてしまった。

 床の上でただの布切れと変わるケープを尻目に青年の衣服にも切れ目を入れていく。脱がすのは難しいし、気絶した人族の衣服を剥ぐのは中々に大変なのだ。

 濡れていることもあり、早く体の体温を奪っていく衣服を取り除く必要があった。

 上半身だけでも衣服を剥ぐと、晒された身体に広がる傷の深さにただただエヴリンは息を呑んだ。

 左肩から心臓にかけて背後から切られたのか、大きな刀傷が残っていた。そして、脇腹を大きく抉った傷はどこからどう見ても鉤爪のようなもので引っ掛かれた痕だった。

 魔物と人族両方に襲われたようなボロボロな姿に、むしろよくもまあこの傷で生きていられたものだと感心するほどだ。

 未だに血が止まらない傷口をまじまじと眺めるエヴリン。周りでその光景を見つめていた家具たちの方が悲鳴を上げてしまいそうな光景だった。

 早く治療してやれと言わんばかりに周囲が騒ぐ中、エヴリンはまだ誰にも試してもいない、作ったばかりの新薬をへらですくった。

 毒々しい赤色の塗り薬は唐辛子を思わせるほどで、薬としてあまり使用してほしくない色合いだった。

 相手が死にかけていることをいいことに、エヴリンは思いっきり傷口に塗りたくった。

 暴れる気力もないのか、ピクリとも動かない青年に何故か周囲の連中が息を呑む。

 まるでもう死んでしまったといわんばかりに溜息を零すものもいる中、エヴリンは傷口にガーゼを当て、出血を防ぐと、身体に包帯を巻いた。

 濡れた下半身もズボンを剥ぐと、傷の具合を見るが下はそれほど目ぼしい傷はなく、打撲程度だった。

 乾いたタオルで体を拭き、一通り汚れがなくなったのを確認すると、一階の客間に青年を寝かせることにした。

 普段使っていないだけ、他の部屋よりマシな場所なのだ。寝台もあるし、怪我人を置いておくにはちょうどいい。

 再び手当てした青年を抱き抱えると、客間まで引きずり、何とか寝台に寝かせることが出来た頃には汗だくで、疲れ切っていた。

 蒲団をかけてやると、エヴリンは客間を後にする。とにかく、今は部屋の掃除が第一だろう。

 まだやることが山積みになっている現状に面倒臭さを感じながらも、エヴリンは片付けを始めることにした。

 

 


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