06. 100年ラミナ(6)
明け方、雨上りの妖精の森には濃い霧が立ち込めていた。
少しずつ陽光がさしてくる。
流石にうつらうつらとしていたアレイははっとして、隣のクラリスを揺り起した。
寝ぼけ眼を擦ったクラリスだったが、目の前に広がる光景を見て、大きく目を見開いた。
木々の間から零れ落ちるように差し込んできた陽光が、白霧を追い立て、澄みきった空気を連れてくる。それを感じ取ったのか、樹上で休んでいたペルシェたちが活動を始めた。虹色に反射するペルシェの鱗が輝き、朝露が落ち、光を反射して弾ける中を優雅に泳いでいく。
大きな蜥蜴がゆっくりと頭をもたげる。
100年生きたラミナがもう一度見たかった光景がそこに在った。
ラミナがゆっくりと口をあけ、唸り声を上げた。
大地が震えるようなその声は歓喜に満ち、遠くまで響いていった。
「あなたはこれが見たかったんだね。うん、とっても綺麗だよ」
クラリスの言葉を聞いて、ラミナは軽く首をもたげた。
自分の背中の林檎の花を指して。
「ほんと? いいの? ありがとう」
朝露に潤された林檎の花びらが宝石のようにキラキラと輝いている。
クラリスの花篭いっぱいに、ラミナの背に聳えた黄金林檎の花びらを摘み取った。
「本当にありがとう。きっとまた、ここへ遊びに来るね。今度は友達も連れてくるから」
ラミナの額に自らの額を預けて、約束を。
いっぱいの花篭にも約束を。
両手を広げてラミナの頭を抱きしめた。
Illustrated by sho-ko
ところが。
「うわっ」
突然、レインが変な声をあげて飛び退った。
「どうしたの?」
「何でもねぇ」
よく見れば、黄金林檎の木に群がってきたペルシェがレインの頭の赤い帽子につられてふわふわと寄ってきているようだ。
ペルシェの細長い鰭から逃げるように、レインは徐々に退いていく。
「もしかして、ペルシェ嫌いなの?」
「……」
無言は肯定の証。
「そうなの? こんなにかわいいのに。レインって弱虫」
「うるせぇ」
昨晩から随分と我慢していたのだが、これほど明るいとどうにも隠しようがない。
「だから妖精の森は嫌だったんだよ!」
3人は森を抜けて、依頼主のクレイアの元へと向かった。
眩い朝日に照らされたティル・ナ・ノーグの街を行けば、あちらこちらから焼き菓子やパンの匂いが漂ってくる。
「あーあ、こんな濃い霧の日だったら、妖精ニーヴも近くにいたかもしれないのに」
「妖精なんかいるかよ」
「分かんないよ。だって、100年ラミナだってちゃんといたじゃん」
言われてレインは口を噤んだ。
その様子を見て、アレイはぽつりと呟く。
「……もしかしたら、本当かもしれませんよ。この森に妖精ニーヴが住むというのは」
「何でそんなこと分かるんだよ」
アレイは返答せず、ただ軽く首を傾げた。
脳裏に、妖精ニーヴの呪いを受けた先輩騎士の姿を思い浮かべながら。
「うーん、それにしてもおなかすいたなあ。昨日、夕飯食べなかったし」
「じゃあ早く帰れよ」
「クレイアのところでアップルパイ食べようかな」
と、並んで林檎菓子店『アフェール』に向かう道の途中、突然後ろから鋭い声がかかった。
「アレイオン!」
「姉上!」
名を呼ばれて振り向いたアレイの目に、腕組みをした姉、ペルセフォネの姿があった。
自分に対する絶対的権力者、かつ騎士団における上司である姉に逆らうことなどできない。
額に冷や汗をかきながら、一瞬にして直立する。
「アレイオン、お前は一晩中、いったいどこへ行っていたんだ。理由を言え」
「あの、それは、その、100年ラミナがっ……!」
「言い訳無用!」
理由を聞かれて答えたというのに。
引きずられていってしまったアレイを見送って、レインとクラリスはお互いに視線を交わし、肩を竦めた。
後日、無事に完成した林檎菓子をお土産に、クレイアが100年ラミナのもとへ向かうのだが、それはまた、別のお話。
どうしても風味の違いが気になったクレイアが、結局、林檎農園の息子ステイの頭のラミナから花びらを数枚強奪したらしい、というのもまた、別のお話。
クエスト完了。
作中のイラストは、sho-koさま(http://4512.mitemin.net/)にいただきました(*´∀`*)
ありがとうございます!!