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01. 100年ラミナ(1)

 其処彼処を漂うのは、甘い菓子の香り。

 焼き菓子色の髪を高い位置で括った小柄な少女が、厨房で何やら腕組みをして眉間に皺を寄せていた。

「足りない……」

 目の前に鎮座しているのは、作りかけの菓子だった。試行錯誤を繰り返したようで、同じような色の、同じような塊がいくつも横に並んでいた。

「もう少し香りがあって、でも甘くなりすぎずに……あ!」

 少女は何かを思いついた様子で、あちらこちらの棚を開け、何かを探し始めた。棚の中の袋を誤って強く掴んでしまい、白い粉が辺りに満ちる。

 粉にせき込みながらも厨房にあるすべての棚を開け放ったところで、少女は諦めたようだ。

「さすがにないよね」

 残念ながら、キッチンに常駐しているような材料ではない。

 塩漬けならあるかもしれないが、それでは味が違うし、香りにも影響が出てしまう。『生のまま』欲しいのだ。

 ふぅ、と息をついて少女は考えを巡らせる。

「『花びら』か……ステイに頼んで摘んでもらう? ううん、それより」

 そこで少女はふと思い出した。いつか店を訪れた冒険者から聞いた、100年もの間生きるという『ラミナ』の話を。

 噂によれば、かの生物は、背に年中花を咲かす林檎の木を負うという。

 少女は――クレイアは名案を思いつき、嬉しそうに笑った。



 次の日。

 林檎菓子専門店「アフェール」の店内は、開店時の繁忙を少し過ぎ、客足がちょうど途絶えた処だった。店内には、クレイア一人。少し減ってしまった焼き菓子は今のうちに奥から少し補充しておく。

 両親が営むこの菓子店「アフェール」の店番をし始めたのはもう何年も前だ。その頃から変わらず手入れの行き届いた商品棚には、たくさんのお菓子たちがセンス良く並べられている。

 その商品の中には、クレイアが提案したものも多い。もともと手先が器用で、物覚えもよかったクレイアは幼いころから店の仕事を手伝っており、今では娘のクレイアの方が多く新商品の提案をしているほどだった。

 ひとときではあるが、誰もいなくなった店内を見渡し、クレイアは一息。

 さて、そろそろあいつが来るころだ。

 クレイアが空色の瞳を店の入り口へと向けた時、軽快なベルの音と共に一人の客が訪れた。

 目立つ真っ赤な帽子をかぶり、手には生の林檎。全身黒い服に身を包んだその客は、慣れた様子で並ぶ菓子を物色し始めた。目の下に深いクマを刻んだ不健康そうな様相で。

 やっと来た。

 クレイアは、生の林檎を丸齧りしている客の肩を叩いた。

 不機嫌そうに振り向いたのは、クレイアと同じ年頃の少年。身長は、小柄なクレイアとそれほど変わらなかった。

 少年は、まるで警戒するようにクレイアから少し距離を置いた。

 その動作にむっとしたクレイアだが、そこは我慢。

「あんたに手伝ってほしいことがあるんだけど」

「何だよ、急に」

「手に入れてほしいものがあるの」

 そう言うと、赤帽子の少年はみるみる眉間に皺を寄せた。

 少年の口から、そんなことだったらギルドへ依頼に行け、と言葉が出る前にクレイアは先制する。

 目の前に手を広げて突きつけて。

「ステイんとこの林檎を5個」

 とんでもない。ギルドに頼むお金なんてありゃしない。

 美味しい林檎があれば満足で、そこそこの冒険をこなしている、また暇を持て余していそうなアフェール常連のこの少年にお使い感覚で頼むくらいでちょうどいい。

「……何が欲しいんだ?」

 美味しい林檎を報酬に、興味を持たせたらこっちのもの。

 クレイアはにっと笑って依頼を告げた。

「100年ラミナの背中に咲いてる、『黄金林檎の花びら』」


 林檎5個という破格で取り込まれてしまった少年――レインは、店の隅にあるテーブルでクレイアの向かいの席に座り、出されたアップルティーを口に運んだ。

 目立つ赤帽子に目の下の深いクマ。年の割に小柄で猫背な少年レインは、風体に似合わず黄金林檎が大好きで、鞄に忍ばせた林檎をいつでも丸かじりしている。同様に林檎菓子が好きなこともクレイアは熟知していた。

 小さな皿にアフェール特製、林檎のクッキーを3枚。レインをここに座らせるには十分だった。

「で? 何だって?」

「新しいお菓子の材料に、林檎の花が欲しいんだけど」

「だったら林檎農園に行って来いよ」

 にべもない返答だが、レインのいう事はもっともだ。

 しかし、クレイアはひかなかった。

「普通の林檎の花びらじゃないの。100年ラミナって聞いたことある?」

「ねぇよ」

 即答したレインを無視してクレイアは続けた。

「ラミナの寿命はだいたい10年くらいって言われてるけど、ごくごく稀に長生きする個体もいる――たとえば、100年」

 ラミナとは、背中に花を持つ爬虫類の総称である。種子を体に埋め込み、育てることで花に寄ってくる虫を食べるという一風変わった性質を持つ生き物だ。ラミナは一本の木に宿り、宿り木と生死を共にする。害獣の駆除になるので、ラミナが付く木には質の良い実がなる、と林檎農家では大切にされている。

 しかし、そもそもラミナの寿命というのは短い。せいぜい、10年ほど、どんなに長くても20年生きればよい方だろう。

 それが、100年となると――

「そりゃ、ガキの妄想だろ」

「あんただってガキじゃん! ……まあ、いいや。100年ラミナに関しては、本当らしいよ。あたしお客さんから聞いたの。妖精の森に100年以上生きている大きなラミナがいるって」

 あの人は確か、余所からやってきた冒険者だった。これからまた旅に出るのだと言っていたその人は、妖精の森で見たという大きなラミナの話を教えてくれたのだ。

「普通はラミナって言ったら、樹に宿るもんだよね。でも、そのラミナは『木を背負っていた』っていうんだ」

「木を背負う? どんなでかいカラダしてんだよ」

「だから、100年生きたんだ」

 クレイアの力説に反して、レインはいぶかしげな表情。

「あ、信じてない!」

「信じるも信じないもねぇだろ、この場合。そんなに林檎の花びらが欲しいならステイの頭のお花畑から千切って来いよ」

「そんなことできるか!」

 頭に年中花を咲かせるラミナを乗せた、林檎農家の一人息子の花を摘んでくるなどという滅茶苦茶な提案をしたレインを一喝し、クレイアは眼前に指を突きつけた。

「いいから、ごちゃごちゃ言わずに探してくる! あたし、店番があるからしばらく離れらんないの。あ、そうそう。できれば明日の夕方までには帰ってきてね」

「……はいはい」

 大きくため息をつきながら、レインは観念した。


 目標、100年ラミナの背の『黄金林檎の花びら』。

 報酬、プチーツァ黄金林檎農園の林檎、5個。

 期限、明日の夕方。


 クエスト受諾。



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