12. 迷子のポプリ(2)
カランカラン、と店の入り口のベルが鳴った。
常連客と他愛なく談笑していたクレイアは、反射的にそちらに目を向け、満面の笑みで出迎える。
「いらっしゃいませ!」
と、入ってきたのが見慣れた顔であることを知ると、急に態度を崩した。
「なんだ、フェッロか。今日は客? それとも冷やかし?」
「冷やかし」
隠すことなく言い放ったぼさぼさ白髪の青年は店内をきょろきょろ見渡した。
「ここにさ、黄色のガート来なかった?」
「お菓子屋にガートをいれるわけないでしょ。少なくとも、あたしが店番してる間は絶対いれない」
「そっか。じゃあいいや」
「……あんた本当に冷やかしに来たんだ」
「うん」
こくりと頷いたフェッロは、つい先ほどまでクレイアと話していた客の後ろ頭に目を止めた。
見覚えのある大きな赤帽子。
「あ、さっき覗いてた赤くてでかいキノコだ」
その言葉で、赤帽子が振り向く。
目の下に深いクマ、不機嫌そうな緑の目――店番の暇を持て余した店員のクレイアに捕まり、話し相手になっていたレインは、声をかけたのが先ほどカフェにいた男だと知ると、あからさまに嫌そうな表情をした。
カフェの中の様子をうかがっていたところを、こいつに見つかって慌てて退散し、クレイアの店へ逃げ込んだというのに。
と、そこへカランカランとベルの音。
血相を変えて飛び込んできたのはまたも見覚えのある顔だった。
うんざり顔のクレイアがやる気ない歓迎の言葉を返す。
「いらっしゃいませ、冷やかし客その2」
「あっ、えっ? 冷やかしっ?」
店に入った途端、冷やかし客呼ばわりされ、アレイはうろたえた。
「確かに今はお客さんがいないけど、さすがに冷やかし客を3人も相手にしてるヒマはないんだけど」
「3人って……オレは普通の客だろ」
不満の声をあげたレインだったが、クレイアに無視された。
「で? アレイは何の用? お菓子買いに来たわけじゃないでしょ」
「いえ、買いに来たんです。実はうちのポプリが……ガートが一匹、いなくなってしまって。どうやらここのアップルパイの匂いにつられて外に出て行ってしまったようなので」
「アップルパイでおびき出そうって?」
「はい……」
馬鹿じゃないの、あんたもそのガートも……という言葉が喉まで出かかったが、アレイが本気で心配している様子だったので、すんでのところで飲み込んだ。
あと、100年ラミナの花びらを一緒にとりに行ってくれたことは同行したクラリスから聞いていた。
「まあ、いいや。いくついるの?」
「ええと、それじゃとりあえず4つ」
「5個」
横からフェッロが割って入った。
「あ、オレの分もー。6個にしろよ」
いささかの関係もないレインが重ねる。
アレイは少し迷ったが、アップルパイを1ホール購入した。
クレイアにアップルパイを6等分してもらっている間、アレイはカフェでの出来事の一部始終を話した。カフェの前に男が行き倒れていたこと。店長のエリンがその男にクレイアの店のアップルパイを分けたこと。
エリンの名前が出るたびにちらちらとアレイの方を見るレインの視線に、当のアレイは気づいていない様子だったが。
「ふうん、そんで、あんたのガートはのこのことその男についてっちゃったわけだ」
「はい、そうです……」
カウンターに暗い顔で項垂れたアレイ。
「でも、探すって言ったって、当てがあるわけ?」
「……」
特にないらしい。
この広い街中を探すつもりなのだろうか? クレイアは肩を竦めて笑う。
「あたしも店番がなかったら手伝うんだけど、悪いね」
「お姉ちゃん」
と、店の奥から小さな女の子が出てきた。
どうやらクレイアの妹らしいその子は、アレイたちに向かってぺこりと礼をすると、クレイアの服の裾をちょいちょい、と引っ張った。
「お母さんが、お友達が困ってるなら、店番するから少し出てきていいって行ってたよ」
「本当?」
クレイアと随分歳の離れた妹は、こくりと頷いた。
「ありがと。じゃあ、ちょっと出てこようかな」
接客用のエプロンを脱いで上着だけ変えたクレイアは、ついでに売り物のクッキー一袋を手に、妹に手を振った。
「あたしも手伝うよ。100年ラミナの時の借りを返したいから」
「ほ、本当ですか!」
普段のアレイなら遠慮するところだろうが、よほど困っているらしい。
クレイアは、我関せずと店内に突っ立っていたレインの襟首を掴んだ。
「……は?」
「あんたも行くんだよ。アレイには世話になったんだろ?」
「はああ?!」
レインの事情とお構いなしに、クレイアはずるずるとレインを引きずり、先導して店を出た。
とはいえ、まずは当てがない。闇雲に探し回って見つかるものではないだろう。
何か対策を立てなくてはいけない。
「俺はとりあえず、広場付近を中心に探そうと思ってます。あと、商店街で聞き込みを」
「今はそのくらいしかできないか……あたしも知り合いのお店で聞いてみる」
隣でうーん、と首を捻っていたフェッロがぽつりと言った。
「犬」
「え? 犬?」
「犬なら、鼻がいいから、匂いで探せないかなあ。寺院にもたまに犬連れた子がくるけど」
「セヴィのこと? 手伝ってもらえないか頼んでみようか」
いつも護衛の犬を連れて歩く少年は、朗らかな性格も手伝ってティル・ナ・ノーグでは有名人の一人だった。ただ、体が弱いため父親から外出許可が出ることが少ないようだ。こっそり出歩いているらしいことは、街のみんなも知っていた。しかし、遊びたい盛りの年頃だ。父親の心配は理解できても、無理に家へ帰そうとする住人はない。
もちろん、クレイアもよく知っている。
「セヴィはあたしが探してみるよ。たぶんその辺にいると思うけど……念のため、家に行ってみようか」
「おれも行く」
アレイが商店街、クレイアとフェッロがセヴィの家へ向かう。
「じゃあオレは噴水のとこで待ってる」
とことこと歩き出そうとしたレインの後ろ頭をぱしんと叩き、クレイアは商店街の方向を指した。
「あんたはあっち!」