--. もふカフェにて(2)
雨の少ないティル・ナ・ノーグは今日も晴天。
今日も昼過ぎに目を覚ましたエリンは、ぱたぱたと忙しそうに店内を歩き回っていた。お客さんが多めの今日は、眠いと言っている暇などなさそうだ。
本日も定位置、カウンターの左端に陣取ったアレイは、エリンのフードについたガートの耳が駆けまわるたびに揺れるのを目で追っていた。その肩には淡い黄色のガートが一匹、主人と同じ方向に視線をきょろきょろ動かしている。
視線を店内に預けたまま、オーナーが淹れてくれたアップルティーをぼんやりと口に運ぶ。
肩に乗せているガートのポプリが、林檎の香りに反応して身を乗り出してきた。
「あっ、ちょっと、ポプリ!」
前足をバタバタさせて、ポプリが暴れた結果。
甲高い音を立てて、カップは床に落ちた。
「本当にすみません。今日はお忙しいのに……ポプリ、お前はもう少し反省しろ」
エリンに手伝われ、床に割れ落ちたカップを片付けるアレイの肩で、現況のポプリはわれ関せずとご機嫌だ。
ポプリはアレイが家で飼っているガートのうちの一匹で、幼い頃から寝食を共にしてきた大切な家族でもある。ガートが多いこのカフェに、時折アレイはポプリを連れて訪れることもあった。
仲のよさそうなアレイとポプリの様子を見たエリンは新緑色の髪を揺らしてくすくすと笑う。
「今日はポプリちゃんも一緒だったんですね。ポプリちゃん、あとでリンリンとも遊んであげてね」
エリンの言葉を聞いているのかいないのか。
ポプリはまるで鳥の翼のような耳を揺らしてリズムをとるように首を揺らす。
と、そこへ再び来客を告げるベルの音。
「いらっしゃいませ」
エリンが店の入り口に目をやると、ぼさぼさ白髪の青年が入り口に立っていた。
カフェ常連の一人、画家のフェッロだった。目を隠すほどの前髪の下からぼんやりとした視線を覗かせている。
「フェッロさん、こんにちは。今日はお仕事、お休みなんですか?」
すると、フェッロを見たポプリがアレイの肩から飛び降り、一目散に青年のもとへ向かった。
愛らしい小動物がわき目もふらず自分の元へかけてくる様子を見て、何も思わぬわけがない。
フェッロはしゃがみこんで、両手を差し出した。
ところが。
まっしぐらにフェッロのもとへと駆けてきたポプリは、差し出された指にかみついた。
「?!」
慌てて飼い主のアレイが引きはがそうとするのだが、がじがじとフェッロの指先をかじるポプリはご機嫌だ。
餌と勘違いしているのか敵と認識しているのか。
どことなく悲しそうな顔で自分の指を食べようとするポプリを見下ろすフェッロ。
「ふふふ、フェッロさん、ポプリちゃんと仲良しですね」
いいえ、違うと思います。
エリンへのツッコミは心の中だけにおさめ、アレイはポプリをフェッロから引き離した。
指先に小さく包帯を巻き、それでも名残惜しそうにポプリを見るフェッロは、アレイと並んでカウンター席についた。
アレイはここティル・ナ・ノーグの街の平和を守る天馬騎士団の一員。代々騎士の家系である曾祖父の意志を継ぎ、副騎士団長の姉を持つ新米騎士だ。
対するフェッロは、画家とは名ばかり、まだまだ絵を高値で売れるほど知名度のない彼は、画家に納まるにはもったいない剣の腕を生かし、小遣い稼ぎに寺院の守門を担っている。
そして二人とも、無類のガート好き。
そのため、このカフェで顔を合わせることも多いようだ。
「すみません、うちのポプリがっ……ほら、ポプリ、謝って!」
「別にいいよ」
ガート好きだがガートには好かれない。
不憫な体質に生まれ出てしまったフェッロは、あまり気にしていないようだ。
それどころか、再びポプリを撫でようと手を伸ばしている――また指先を齧られることは分かりきっているのだが。
と、フェッロはふいに大通りに面する窓を振り向いた。
「どうされました?」
水の入ったコップをフェッロの前に置いたエリンが首を傾げた。
「……いま、赤くてでかいキノコがこっち見てたんだけど」
「え?」
「キノコ?」
窓の外に赤くて大きなキノコがいた、と言われ、エリンは店の外へと出た。しかし、きょろきょろとあたりを見渡したが、それらしき影は見当たらない。
仕方なく、首を傾げつつも店に戻ろうとしたエリンだったが、代わりにおかしなものを見つけた。
しましまのシャツ、頭に薄汚れた手ぬぐい。吹けば飛びそうなひょろ長い男が地面にぐったりと倒れ伏している。
伸ばした手がぴくぴくと動いているから、死体ではないようだが。
「大丈夫ですか?」
隣にしゃがんで肩をゆすると、男はかろうじて声をだした。
「おなか……すいた」




