09. ペルシェ大量捕獲作戦(3)
なんとか火を消し、大人しくペルシェ捕獲に戻って行ったキジャを見送り、レインは再び倒木へに腰かけ、本日二個目の林檎を取り出した。
嫌いな生物の為に、これ以上働いてなるものか。
その隣に、なぜかユータスがじっと佇んでいた。
何故こいつはどこへも行かないのか。
イライラし始めたレインをよそに、ユータスはどうやら鳥かごの中のペルシェを観察しているようだ。その表情は酷く真剣で、一見すれば怒っているようにも見える。まるでペルシェに対して敵意を抱いているかのような。
しかし、そうでないことは少し見ていればわかる。
恐る恐る籠に手を入れ、ペルシェを取り出したユータスは、その小さな生き物を傷つけぬように震える両手でそっと包みこんだ。
背の高い人間は嫌い。
もちろん、それを笠に着て見下ろしてくるヤツはもっと嫌い。
ついでに言うと、空飛ぶ魚も大嫌い。
レインはユータスから目を逸らした。
それなのに、隣のひょろ長い男はレインに声をかけてくる。
「あんたは捕まえないのか?」
無視していると、何がユータスの気を惹いたのか、さらに腰をかがめて覗き込んできた。
「こんなに美しい生物を目の前にして、どうして黙っているんだ!」
見下ろされるよりましだが、わざわざ身をかがめられるのも癪に障る。
こういう手合いにははっきり言うのが一番だ。
「オレはそいつが嫌いなんだよ!」
ペルシェを指差して言うと、ユータスは眉を寄せて首を傾げた。
「ペルシェは完璧だよ。完成された美だ。アンタはこれ以上、何が不満なんだ?」
「全部に決まってんだろ!」
レインの脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。
ティル・ナ・ノーグには両親がおり、レインも自分の家で暮らしていた頃のこと。
ある日、妹と二人、庭でお昼寝をしていたレインは、突然虹色にきらめく何かに包まれ、いくら振り払っても逃れられないそれに窒息させられそうになったのだ。
幼い妹とお揃いの赤い実のような髪留めをつけていたため、餌と勘違いしたペルシェが群がってきたせいだと知ったのは後のことだったが。
あの日以来、レインは赤い帽子をかぶるようになり、ペルシェは天敵になった。
窒息しそうな苦しさを思い出し、思わず頭の帽子を押さえる。
「よく見ろよ、ほら! この曲線美!」
「それをオレに近づけんな!」
ユータスとレインが押し問答を始めた時、それに気づいたクラリスがやってきて、虫取り網の柄でレインの頭をぽこんと叩いた。
「なに喧嘩してるの」
「オレじゃねぇよ! こいつがアレを近づけてくるから……!」
「弱虫」
ばっさりと切り捨てたクラリスは、ユータスに向かって笑いかけた。
「ユータスさん、手伝ってくれるの?」
「あんたがこれを集めてるのか?」
「そうだよ」
そういうと、ユータスは跪き、真剣な顔をしてクラリスの手を取った。
「ペルシェの美しさを分かってくれるのか!」
「え? 美しさ?」
ユータスの言葉に首を傾げたクラリス。
「確かにペルシェは可愛いけど、別に『美しい』わけじゃないと思うけど」
はっきりと言い放ったクラリスに、ユータスは少なからずショックを受けたようだ。
「じゃあ……あんたは何でペルシェをこんなに集めてるんだ? そこの彼のように食べるのか?」
ユータスはキジャを指して言う。
「うーんとね、わたしが欲しいわけじゃなくて、プレゼントするの」
「オレに?」
「違うよ」
即答。
「でも、このままじゃすぐに逃げちゃうでしょ?」
クラリスは花篭から白い糸の束を取り出した。
「これで拘束するのか?」
「拘束……ってほどじゃないけど、ちょっとね。ユータスさん、興味があるの?」
問われたユータスは、即答した。
「気になるよ。あんたが、この美の極致である造形から、さらにどんなものを創造しようとしているのかっていうことには興味がある」
「創造ってほどじゃないけど……じゃあ、こっそり教えてあげる!」
クラリスに手招きされ、腰を折ったユータスの耳元に、ひそひそと何かを告げた。
それを聞いたユータスは、ぱっと目を輝かせた。
「素晴らしい!」
「でしょ?」
「だとしたら、それは、その白い糸じゃない方がいい。もっと、そう、カラフルな」
「細いリボンとか? うん、確かにその方がかわいいかも!」
クラリスの反応に満足したのか、ユータスは割合嬉しそうに頷いた。
「細めのリボンなら工房にあったはずだ。持ってこようか?」
「本当? お願い!」
クラリスが可愛らしく手を合わせ、ユータスは快諾した。
工房へと向かうユータスの背中を見送って、レインはクラリスに問う。
「何でリボンがいるんだ?」
「だから、秘密だよ」
「あのでかいのには教えてオレには言わねぇのかよ」
「だってレインはペルシェ嫌いじゃん」
「じゃあなんでオレをここへ連れてきたんだよ!」
返事なし。
嫌がらせである事は明白だ。
しかし、リーシェに諭されながら素手で順調に数をこなすキジャと、見た目から想像もできないような柔らかな動きで虫取り網を振るブッカートのお陰で、目標だった20匹はすぐにでも捕まえられそうだった
工房からリボンを持ってユータスが戻ってくるころには、籠がペルシェでいっぱいになっていた。
鳥籠いっぱいのペルシェと、カラフルなリボン。
目的の品をそろえ、リーシェとクラリスは嬉しそうに笑い合った。
結局、レインには訳が分からない。プレゼントする、と言っていたのは分かったのだが、いったい誰に渡すというのだろう。
「これ、いったいどうすんだ?」
「孤児院に持っていくの」
「孤児院?」
首を傾げると、クラリスはにこりと笑った。
「忘れてた? 今日は、『リライラ・ディ』なんだよ」
「……あ」
思わず呆けた声が出た。
女性が意中の男性に贈り物、とくにチョコレートを贈る『ライラ・ディ』がある。最近では、男女関係なく大切な人に贈り物をするのが常となっているのだが、それと対になるのが『リライラ・ディ』だ。
ライラ・ディに贈り物を受け取った男性が、それに応える日。
「レインの事だからすっかり忘れてたと思うけど。贈り物を貰って忘れるなんて、失礼だよ」
図星をつかれて、返す言葉もない。
「リーシェもわたしも、孤児院の子供たちにいつもたくさん楽しいことを貰ってるから、今日はわたしたちがプレゼントしようって」
「これをか?」
鳥かごの中ふわふわ漂うペルシェは、確かに子供たちの気を惹くだろうが、先ほどからの奮闘を考えればすぐ分かるように、するりと簡単に逃げてしまう。
これを子供たちに渡すのは難しい気がするのだが。
もちろん考えてるよ、とクラリスは花篭から細長いリボンの束を取り出した。
「だから、ユータスさんにこれを取り行ってもらったの」