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ティル・ナ・ノーグの揺籃歌  作者: 早村友裕
ペルシェ大量捕獲作戦
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08. ペルシェ大量捕獲作戦(2)

 当たり前のようについてきたキジャを加えた一行は、つい先日、100年ラミナを探しに来たばかりの妖精の森へ足を踏み入れた。

 クラリスとリーシェを筆頭にして、虫取り網を手にしたブッカートと、大きめの鳥かごを持たされリーシェに付き添うキジャがそれに続いた。

 深く分け入る前から、木々の隙間をペルシェが飛び交っている。光を浴びると虹色に染まる呑気な性質の魚たちは、気ままに風に揺られ、気ままに木の実をつつく。細長く伸びる胸鰭が舵を取るように左右に揺れた。

 キジャはその様子に興味を惹かれているようだ。

「リーシェ、以前から思っていたんだが」

「なんでしょう?」

「アレは食べられるのか?」

 アレ、とキジャが指差したのは木々の隙間を飛び回るペルシェたちだった。

 困った顔をしたリーシェは首を傾げる。

「うーん、あんまり食べる人はいないと思いますが……」

 リーシェが答えあぐねていると、キジャはすぐ傍へと寄ってきたペルシェを、一瞬にして素手で掴み取った。

 その動きに、尋常ならざる実力を感じたブッカートだったが、感心している場合ではない。

 キジャは手にしたペルシェをそのまま口元へと持っていった。

「えっ?」

 慌てたリーシェとクラリスが左右から咄嗟にキジャの腕を掴んで止める。

「キジャさん、今、ペルシェ食べようとしてませんでした?」

「食べられるか気になって」

「踊り食い?!」

 リーシェとクラリスが腕を抑えている間に、ペルシェはひらひらと逃げて行った。

「キジャさん、捕まえたペルシェは籠の中にお願いします」

「リーシェが言うなら……わかった」

 まだ名残惜しそうな目でペルシェの後姿を追うキジャは、まだあきらめていなさそうだったが。



 さて、どこに持っていたのか、虫取り網を装備したクラリスは、高々と天に拳を突き上げた。

「じゃあみんな、がんばって捕まえよう!」

 倒木の近く、少し開けた草原の中央にペルシェを集めるための鳥かごを設置し、それぞれが思い思いにペルシェの捕獲を開始した。

 俊敏な動きで駆け回り、大きく網を振り回して一匹ずつ捕獲するクラリス。

 気配を殺して静かに森の中に立ち、寄ってきたペルシェを逃さず捕えるブッカート。

 対してキジャは、背の翼を大きく広げた。

 そして、木々の隙間を縫うようにふわりと宙へ飛び上がるとそのままペルシェを素手で捕えた。

 それをみたクラリスが手を叩いて賞賛する。

「キジャさんすごい!」

 また口へ運ぶのではないかと一瞬不安になるが、余計な心配だった。

 着地したキジャは、リーシェに諭された通り、捕えたペルシェを鳥かごの中にそっと離した。『食べ物でない』動物に対しては優しく接することが出来るようだ。


 そんな各人の捕獲の様子を、レインは倒木に腰かけて林檎を齧りながら、ぼんやりと眺めていた。

 あからさまに働く気のないレインに虫取り網を手にしたブッカートが声をかける。

「お前も手伝え」

「嫌に決まってんだろ」

 師匠にくるりと背を向け、逃げ出そうとしたレインは、繁みの向こうに何かを見つけた。

 一見、ガートの背にも見える薄茶の毛がぴょこぴょこと動いている。

 その周りにはペルシェが数匹群がっているようだ。

「はげ師匠、やっぱ網貸して」

 林檎の芯を投げ捨てながら呼ばれた名に何か言いたげなブッカートだったが、とりあえず伸ばされた手に虫取り網を置いてやる。

 それを受け取ったレインは、迷うことなく周囲のペルシェではなく、薄茶の毛玉本体に向かって網を振り下ろした。

「うわあ?!」

 と、網の中の毛玉から人の声。

 ついでに網の柄を引っ張ると、藪の向こうから人間が転がり出てきた。

「何だ?! イオリか?!」

 ツナギを着た細長い男が網を頭にひっかけたまま起き上がる。

 それを見上げて、レインは思わず顔をひきつらせた。

「げ……っ」

 何しろ、レインが首いっぱいに見上げるほどの背丈。

 先日、100年ラミナの時についてきた騎士のアレイもかなりの高身長だったが、ユータスはそれ以上だろう。それも、肉などまるでついていなさそうな細長い体のせいで、さらに高く見える。

 背の高い人間は嫌い。

 もちろん、それを笠に着て見下ろしてくるヤツはもっと嫌い。

 しかしながら、虫取り網を外そうにも、身長差がありすぎて外せない。

 網を外そうと背伸びして苦心していると、後ろからブッカートが網を取り上げた。

「びっくりした」

 レインに網で捕えられた青年は、ずれた眼鏡を直しながらきょろきょろとあたりを見渡した。何が起きたのか理解できなかったのだろう。

 ブッカートの手に握られた虫取り網と、自分よりずいぶん小さいレインを見て、なんとなく状況を理解したようだ。

「なるほど、オレはガートと間違われて、ちびっこに捕まえられたのか」

 ちび、という言葉に反応した弟子の様子を察し、いち早くブッカートがレインの赤帽子に大きな手を置いて、無理やり頭を下げさせた。

「すまない、うちの弟子が……」

「離せよ、はげ!」

 ブッカートの手から逃れ、レインは長身の青年と距離をとった。

 手入れしているとは思えないぼさぼさ頭に小さな鼻眼鏡――やる気のなさそうな表情のこの青年に、ブッカートには見覚えがあった。

「ユータスか。こんなところで何を?」

 ブッカートの営む錠前屋の近くに店を構える、細工師のユータス=アルテニカだ。この青年の細工の腕は一流だが、芸術家にありがちな、多少の変わり者であることはブッカートも承知していた。

「ペルシェを観察してました。飼うのはやめろって言われてるから、せめてこの姿を目に焼き付けておこうと思って」

 ブッカートに向かって淡々と告げたユータスだったが、その視線はずっとペルシェを追っている。

 こいつ、変だ。

 レインは直感した。

 それも自分がこの世で最も嫌う生物を目で追っている。

 背の高い人間は嫌い。

 ついでに、空飛ぶ魚も嫌い。

 天敵だ。

 レインが敵から逃れ、師匠の大きな体の後ろに隠れようとした時のことだった。


 突如、背後でぱちぱち、と火の爆ぜる音がした。

 はっと振り向いたレインの目に飛び込んできたのは、倒木をいくらか削って薪にし、たき火を起こした傍にしゃがみこんだキジャの姿だった。

 その手にしているのは、どうみてもペルシェだ。

 自分の運命を察したのか、そのペルシェはぴゃーぴゃーとか細い鳴き声を上げている。

「お前っ、何してんだ?!」

「焼いて食べてみる」

 それに気づいたリーシェが慌ててキジャの腕をとる。

「キジャさん、ペルシェは食べられ……ない、かは分かりませんが、食べちゃ駄目ですよ!」

「食べてはいけないのか?」

 そう問われて、リーシェはうーん、と腕組みした。

「食べられないわけじゃないと思います。ペルシェは浮遊生活をしているのでほとんど筋肉はありません。食べられる部分は少ないと思います。でも、毒はありませんし、味も……木の実を主食にしてるってことは臭みなんかもないと思います」

「ならば」

 それを聞いて再びペルシェを火にくべようとしたしたキジャの二の腕にそっと手を置いて、リーシェは言った。

「……でも、わたしはあんまり食べて欲しくないです」

 身長差のため必然的に上目使いになるリーシェが懇願すると。

「分かった」

 キジャは素直に頷いた。

 リーシェが嫌だ、と言うことはしない――それが分かっていれば、ペルシェに関してあれこれ解説するより、ずっと早いというのだろうか。


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