1話 星との出会い
「ティア、君にはこのパーティーから抜けてもらう」
「な――」
建物と樹々が赤く染め上げられた夕刻。冒険者の宿から受けた魔物討伐の依頼をこなし、緑あふれるホルツ村の入口に帰り着いたあたしを待ち受けていたのは……若きパーティーリーダーであるヴィルヘルムからの、無慈悲で一方的な宣告だった。
「なんで!?」
「『なんで?』逆に聞きたいな。神官だというのに指示を聞かずに前に出ようとする。攻撃用の法術は全く狙いをつけられない。そもそも低位の法術しか扱えない。これでどうやって僕らの役に立とうというんだい?」
ヴィルヘルムの背後で、さっきまでは仲間だったはずのパーティーメンバーから、こちらを嘲笑うような気配を感じる。
「う……で、でも……! 一回の依頼だけで……!」
「一度見れば十分さ。テストして正解だった。やはり向いていなかったんじゃないのかな。――エルフの君に、人間の神官の真似事は」
「――っ」
そう。あたしはエルフ。人間より寿命が長く、自然と共に生きる種族。そのエルフが里を出て、わざわざ人間たちの神殿で神官の資格を入手する例は、あまり多いとは言えない……
「ともかく、君とはここでお別れだ。せめてもの情けに今回の依頼料は分けてあげるけど、それを手切れ金と思ってパーティーからは外れてくれ。それじゃ」
それだけを冷たく言い捨て、一方的にお金を渡してくると、彼は仲間――あたしにとっては元仲間たちを引き連れ、その場を去っていった。
***
「――って言われて問答無用でパーティーから外されたんだよどう思うユーニさんひどくない!?」
陽も落ちた夕飯時。
あたしはホルツ村唯一の冒険者の宿である〈森の恵み亭〉にて、カウンターのテーブルをバン!と叩きながら、若い店主の女性――ユーニさんに愚痴っていた。
「それは……確かにずいぶん一方的ね」
あたしの前に果実水の入った杯を置きながら、彼女はこちらの言葉に頷いてくれる。
三つ編みにしたふわふわの金の長髪。宝石のように輝く緑色の瞳。細身だが出るところは出ている身体に、穏やかで人当りのいい性格。年齢は23歳になったと聞いた気がする。あたしにとっては身近な憧れのお姉さんだ。
彼女はこの〈森の恵み亭〉の店主夫婦の娘。夫婦は大きな街に出稼ぎに行っているらしく、長い間留守にしている。だから彼女は正確には店主ではなく、その代理だ。
「そりゃ、同期の子が三節、四節と法術を覚えていく中、あたしは二節までしか覚えられなかったけど、それでもさぁ……!」
「……ごめんなさいね。もう少し彼らの素行を調べてから紹介すればよかったわね」
「あ、いや、ユーニさんのせいじゃないよ! あたしのほうから無理に頼んだんだし! この村に外から冒険者が来るのは珍しいから、焦っちゃったんだよね……」
謝るユーニさんに申し訳なくて、あたしは慌てて首を横に振る。水色のショートカットと、その上に被った白いベールも、合わせて左右に揺れる。
冒険者とは、報酬と引き換えに身体一つで様々な依頼をこなす人たち。失せ物探しから荷物運び、旅人の護衛や魔物の討伐、果ては未開地の開拓まで。依頼されればなんでも引き受ける便利屋といったところだ。命の危険も少なくないことから、危険を冒す者=冒険者と呼ばれる。
そんな彼らに依頼や食事、宿などを提供するのが、この〈森の恵み亭〉をはじめとする冒険者の宿だ。どの村や街にも大抵一つはあって、困りごとがあればみんなここに駆けこんでくる。なくてはならない施設だ。あたしはここを拠点に旅の仲間を探している。
ただ……
「小さな村だからねぇ。鉄鉱石が入ってくるから鍛冶は盛んだけど、その他は特に見るところもないし、普通の旅人はあまり寄り付かないものね」
「そうなんだよねぇ……」
ユーニさんの言葉に頷く。
あたしたちが住む、大陸北方にあるハイラント帝国領ホルツ村。その近辺にあるのは景勝地でもなんでもない山や森だけで、村の中にも目に留まるようなものはほとんどない。
え? なら村には冒険者はいないのか? いるならそれを頼ればいいのでは、って? 確かに、いるにはいるんだけど……
彼らは村の警備や魔物退治が主な仕事で、基本的にそれで精一杯なんだ。それらの仕事を放って長旅に出るわけにはいかない。
加えて、あたしにとって最大の問題なのが……
「それに、ティアは故郷のご両親と約束したのよね。『旅に出るのは、このホルツ村で信頼できる仲間を見つけられたら』、って」
そう。それがエルフの里を出て、この最寄りのホルツ村に移住する際、父さん母さんと交わした約束。あたしの旅を許す、最大限の譲歩。
だから、約束を守ったうえであたしが村を旅立つには、外から信頼に足る冒険者がやって来るのを待つしかないのだ。けれど……
よりにもよって実際に来た冒険者の一団が、あれだもんなぁ……まさか、一回テストしただけで即座にクビにされるなんて……
「はぁ……せっかく神官として認められて冒険者にもなれたのに、こんなんじゃ旅に出るのはいつになるんだか……」
テーブルにぐでー、と身体を預けるあたし。ままならない現状にため息が出る。
「まぁまぁ、あまり焦らないで。今回のお詫びにその一杯は私の奢りよ」
「うん……ありがと、ユーニさん」
顔を上げ、ユーニさんが置いてくれた果実水に手を伸ばす。
あたしはもう十五歳。エルフの里も人間社会も十五で成人なのでもうお酒も飲めるのだけど、あたしはいまだにこっちのほうが好きだった。
とにかく飲もう。飲んで気持ちを切り替えて、また明日から……そう思ったところで。
ギィィ……
「――こんばんは」
と、店の扉が静かに開く音、そして鈴を鳴らすような美しい声が聞こえた。そちらに視線を向けたあたしは、反射的に見惚れてしまう。
(わ……綺麗な子)
扉を潜ってきたのは、物静かな雰囲気の人間の少女――十六、七歳ぐらいだろうか?――だった。
美しい銀の髪は頭の後ろにまとめて編み上げてある。瞳は神秘的な紫色、そして非常に整った顔立ちをしている。膝丈くらいのスカートの青いドレスに、銀色の左肩当てと胸当て。左腰には柄も鞘も黒い剣を提げているのが印象的だった。背には旅荷物を背負っている。
「いらっしゃい。外からのお客さんね? 食事か宿をご所望?」
「はい、どちらもお願いします。先に食事をいただいても?」
「はいはい」
見慣れぬ顔だったことから、外からやって来た旅人だと判断したのだろう。ユーニさんがすぐに応対する。彼女に代金を渡すと、少女は荷物を置き、空いていたあたしの隣の席に腰を下ろす。
かわいいうえに外からの旅人。落胆からの希望。あたしはさっきまで落ち込んでいたのも忘れ、期待を抑え切れずに声をかけた。
「ね、ね、あなた外から来た冒険者だよね」
「? はい、そうですけど……」
「あたし、村の外に興味あるんだ。よければ色々話聞かせてくれないかな」
「あ、ええ、構いませんよ。え、と……」
「あたしは、ラエティティア・フルウィオルス。長いし呼びづらいから、みんなにはティアって呼ばせてる。だからそう呼んで」
「分かりました、ティアさん。私は、ステラ。ステラ・フェ――」
その時。
陽が落ちてすっかり暗くなっていたはずの窓の外が、突然、真昼のように輝いた。
「「!?」」
あたしと少女――ステラは、反射的に窓のほうに顔を向ける。異変に気づいたユーニさんや他の客も同様だ。
夜を照らした光は数秒で収まり、窓の外には尾を引いて遠くに落ちていく小さな光の筋が映し出される。あれは……
「……流れ星……?」
誰かがぽつりと呟いたその言葉は、凶兆の証。――その直後。
ドン!と、何かがどこかに衝突したような音が響き、地面が揺れた。そして、風と衝撃が宿を襲う。
「きゃあぁぁぁ!?」
衝撃に建物が軋み、窓ガラスがビリビリと震える。幸い割れこそしなかったが、襲い来る異変にユーニさんが悲鳴を上げるのが聞こえた。そんな中――
「……遅かった……?」
窓の外に鋭い視線を向けたステラが、椅子を蹴立てて弾かれたように宿を飛び出していく。遅かった? 何が?
「ステラ!? ……!」
あたしはわけも分からず、でも放っておくこともできず、白の聖服を翻しながら勢いのままに彼女を追い、宿を出る。
外には異変を察してか他の村人も顔を出していて、宿にいた人たちと同じように混乱していた。
ステラはそれらを気にした様子もなく、一目散に駆けていく。まっすぐに村を突き抜け出口へ。狼狽する門番を無視して村の外へ。そしてしばらく走り、近隣の森――ノルト大森林へ。いつの間に点けたのか、魔術による明かりと思しきものと共に、足を踏み入れていく。
こんな暗さで森に入るなんてありえない。野生の獣も、魔物もいる。命がいくつあっても足りない。その危険な夜の森を、ステラは迷いなく、何かに導かれているように疾走していく。彼女の存在を示す明かりを頼りに、必死にそれを追って辿り着いた先は――
「何、これ……」
その様を見て、絶句する。
そこは、森を切り開いたように拓けた空間になっていた。
周囲には円状に薙ぎ倒された樹々。そしてその中央には大きく陥没した地面。掘り返された土砂や石がまばらに散らばっている。
まるで魔術か何かで大きな爆発でも起こしたかのようだった。先刻の光の筋、轟音と衝撃も無関係ではないだろう。あの流れ星と思われるものが、まさかこんな村に近い場所に落ちていたというのだろうか。いや、それも驚きだけど……
「ティアさん……!? どうして来たんですか……!」
「ステラ! 何これ、何がどうなってるの……!? それに、あれは――」
そう、何より信じ難いのは……
「人、間……?」
――そう。倒れた樹々と、陥没した地面の中心、流れ星の爆心地と思しき地点に、一人の人間のような――それも、美しい女性の姿があったのだ。
「……いいえ、人間ではありません」
ステラはその整った相貌を崩し、警戒を隠さずに口を開く。
「人間じゃ、ない……? でも、じゃあ……」
「あれは――『魔女』です」
初めまして。またはお久しぶりです。
本作は流星の魔女を巡る二人の少女の冒険譚になります。あまり重くないライトな百合を目指して書きました。百合になってるといいな。
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また本作は、過去作『勇者の旅の裏側で』と同じ世界観、三年後の世界が舞台となっております。
主役は一新しており、過去作を読んでいなくても問題ないように書いたつもりですが、読んでいるとちょっとニヤリとできるかもしれません。興味のある方はぜひそちらもよろしくお願いします。




