08 緑の館
少し傾いた太陽を見上げる。
大通りを抜けさらにいくつか住宅街を通り抜けて、今度は高い塀を越えてまだ少し歩いたところに館はあった。振り返ったさきにあるお城はけっこう近い。おかしいな?かなり歩いたはずなんだけど・・・ま、いっか。
辿り着いた緑の館は「たしかに緑ですね」としかいえないくらい緑だった。
庭中を埋め尽くすのは鬱蒼と生い茂る樹木と草花で、家の壁一面には蔦が這いそれは青い三角屋根にまで到達してほぼ覆っている。窓もかろうじて存在がわかる程度で唯一無事なのは木製の扉だけ。なので外壁の色は全くわからない。
さまざまな濃さと色合いの緑が重なり、風に揺れる葉がさわさわと影をつくる。
緑の館は外張り断熱(特に夏)のエコで素敵なお家だった。
扉の鍵をあけたウォレスに「ありがと」と言うと、にっこり笑ってわたしの斜め後ろに下がる。その姿は騎士というより執事な感じになってきたような気がする。執事騎士か・・・うん、ウォレスならいけると思う。
これからわたしが住む家。この世界初めてのわたしの居場所。
どきどきして震える手でドアノブを握る。
棒状のドアノブをゆっくり下げると、カチッと音がした。
そっと押し開くと見える範囲が広がっていく。
木目の床と天井、壁はクリーム色だった。
少しひんやりした室内に足を踏み入れる。
玄関と続くようにあった最初の部屋には四角いテーブルとイスのセットと低めの棚、隣の部屋には食器棚とキッチンがあった。来客があったら一発で食事のメニューがバレるつくりである。
右奥の部屋にはトイレらしきものと、たぶんお風呂、に相当するものだと思う。使い方がわからないのでウォレスに・・・聞いていいのだろうか?うーん、ここはやはり女性に聞くべきだ、スルーしていいところじゃない。
反対側の部屋はやや大きなベッドと本棚と小さな丸いテーブルとイスが一脚だけだった。
見て回ったものは木製のものが多く、どれもけっこうがっしりした作りに見える。
夢中で見てまわり、最後に屋根裏部屋に上がる。
屋根裏は柱が数本あるだけのがらんとした様子だった。
ふと見た三角の壁にある窓から庭の様子が見える。
白い柵に囲われた緑の範囲がこの館の敷地っぽい。けっこう広い。
間近にある窓のふちには細長いハートの形をした蔦の葉がたくさんある。この葉っぱ、じっくり見れば可愛いかも。
反対側の窓からはお城が見えた。やっぱり近いと思う。なんで?
そのときウォレスが左側に立った。今までは一歩引いたところに立っていたのに。
「ね?歩くと遠いと思いませんか?俺と一緒なら一瞬ですよ。」
にっこりほほえむウォレス。イヤな予感がする。
「・・・もしかして遠回り、とか・・・した?」
窺うように見上げればウォレスは一段と笑みを深くする。
「・・・したのね?」
その笑みは肯定ととっていいんだと思う。
すっと伸びたウォレスの右手が引き攣る口元をかすめるように触れて、左耳の横の髪を掬う。まるで流れるような動きに一瞬驚き警戒する。髪をもてあそびながらウォレスはくすっとほほえんだ。ああ、とってもスルーしたい。
「俺はあなたの下僕です。もっと俺に頼ってください。ね?」
立候補ではなかったのか、お前。いつの間に確定したんだ。それにわたしは認めていない。そもそも下僕はこんなことしないと思うんだよ、ウォレス。これは女性を口説く気障男のポーズではないのか。さして暑くないけど午後の太陽にやられたのかもしれない。
わたしはウォレスを正気に戻すため考えた。そして、実行する。
「ウォレス、跪け。」
胸をそらし両手は腰に。顎をつんとあげ見下げるように。
その一言でウォレスは正気に戻ったようだった。さっと跪くと胸に片手をあてる。
ほんのり頬を染めてうっとり見上げるウォレスにハウスを言い渡す。
「いいから今日はもう自分家に帰れ。」
しっしと手で追い払う素振りをすればウォレスがくらっとしたように額に手をあてて後ろに倒れそうな姿勢で止まる。器用だね。
それにしてもほんとに残念な気分だよ、ウォレス。
ウォレスを下僕ではなく、犬と認識した瞬間だった。