02 王子
「勇者も生贄も特に求めていない。」
眉間にシワをよせ、不審そうな顔でそうはっきり告げられて、とりあえず生命の危険はないことを知る。
ほっと安堵の息をついたのも束の間だった。
美少年くんの口の両端がきゅっと持ち上がる。
「私はアーシェントゥワ大陸で最大を誇るアーベルエスト帝国の第三王子、フラウス=リドルア=アーベルエスト。
ようこそ、不運にして幸運な異界よりの客人よ。突然のことに心配はあろうがあなたのことは私が保護しよう。」
美少年くんの作り笑顔はとても怖い。
そんなこと身をもって知らなくてよかったのに。
目が笑ってない美少年くん、改めフラウくんを見つめかえす。
「こ、こちらこそよろしくね、フラウくん。」
ぎこちない笑みで、どうやらお世話になりそうな彼に挨拶する。
その瞬間、ぴくりと器用に片眉だけ上げてフラウくんは笑顔のまま目を細めた。
「フラウ、くん?・・・私の名はフラウスだ。呼び捨てでかまわん。」
「うん、わかった。じゃあフラウ、わたし元の世界に帰れるかな?」
「だからフラウスだと・・・はぁ。善処はしよう。」
ぷいっとそらされた顔はどこか呆れを含んでいるようだったけど、わたしにはその顔を観察している余裕はなかった。
フラウは帰れるっていわなかった。
“善処する”とは現時点で帰る手段がないことを表しているんじゃ?
うーん・・・ま、いっか。
きっとどうにかなるよね。
うん、と一つ頷いてからこちらをじっと見ているフラウに視線を合わせる。
先ほどから少しずつ肌寒くなってきていた。
もしかしたら日が沈んだのかもしれない。
「ねぇ、ここ少し寒いんだけど他の部屋にいかない?」
腕をさするようにしながらあたりを見回し、ぶるっと震える。
石造りの部屋に暖房器具のようなものはない。
「・・・だからお前は不運にして幸運だといったのだ。不運だったのはこの時間に偶々お前がここへ来たこと。幸運だったのはこの部屋に私がいたことだ。本来、この場所は立入禁止だ。」
・・・それはつまり、わたしがこの出入り口のない部屋でのたれ死んでいた可能性が一番高かったということでは・・・?
驚愕の新事実に目玉が落ちるんじゃないかというほど目を見開く。
ついでフラウに駆け寄ると、わたしの勢いにおされたような彼の両手を取りぎゅっと握り締める。
「ありがとうフラウ!ここにいてくれて!!」
その手をぶんぶん振りながら、わたしを召喚したのはフラウではなかったのだと理解した。