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13 帰還不能

「え?」


飲んでいた紅茶から顔を上げる。

今のが聞き間違いでなければわたしはとても重要なことを耳にしたはずだ。

隣の大陸で過去に召喚された勇者のその後。


「10年前に召喚された先代の勇者は今もこの世界にいて人間の城で隠居してるよ。彼が勇者をやめたのは僕を倒せなかったせいになってるけど、本当は元の世界に帰れなかったからなんだよね。」


長い足を組んで魔王さまはおっしゃった。

応接セットのソファに座ったわたしの正面にフラウ、右隣にウォレス。

右の一人掛けにはリーフェスさん、左の一人掛けに魔王さまが座っている。


「こちらに召喚することはできても帰す方法がない、ということですね?」


確認するようにウォレスが魔王さまに念を押している。

それに頷き返した魔王さまがこっちを向いた。


「君には気の毒だけど、僕も帰す術に心当たりがないんだ。悪いね・・・」


その心底残念そうな表情に帰れる可能性が限りなくゼロに近づいた気がする。

でも魔王さまが知らなくても世界は広いのだ。

もしかしたら世界のどこかには帰る方法があるかもしれない。

そう前向きに考えていたのに。


「魔王はこの世界全ての魔法や魔術に精通している。彼が知らないならこの世界にはその方法は無いと言えるだろう。」


真面目顔のフラウにまで追い討ちをかけられた。

紅茶のカップを受け皿に置くと、はああぁとため息を吐いて頭を抱える。

帰れないのか・・・帰れない・・・思い残すことは何も無いとは言い切れないけど・・・たしか貯金は4ケタしかなかったし。荷物は大家さんが何とかしてくれると思う。あんまり家具とか置いてなかったから掃除も簡単でそんなに部屋も汚してないし・・・あとは、あとは・・・そっか、これくらいか。

最後にもう一度だけ大きなため息を吐き出して顔を上げるとソファから勢いよく立ち上がる。

なぜかウォレスも一緒に立ち上がった。騎士だから?


「これからよろしくお願いします!」


それだけ言ってがばっと90度まで頭を下げる。

魔力もお金も何も持ってない今のわたしができるこれが精一杯の挨拶。

うん、こうなったら後でバイトでも探してみよう。

第一歩としてお皿洗いとかなら文字とか関係なさそうだし、それで少しずつでもフラウにお金を返して残ったらできるだけ貯めとこう。

それに文字も覚えていかなくちゃ。帰れないなら読めないなんて言ってる場合じゃない。


「ミナモ・・・」

「ミナモ様・・・」

「・・・ミナモ。」

「ミナモちゃん・・・」


フラウもリーフェスさんも魔王さまもソファから立ち上がったみたいだった。


「そんなにしなくてもお前はもうこの国の民だ。安心しろ、私は民を見捨てたりしないからな。」


フラウの苦笑を含んだ声にそっと頭を上げる。

わたしとテーブルを挟んだ位置に立つフラウにリーフェスさんがあの紙を手渡してた。


「・・・現時点では四人も証人がおります。この場合直筆なら何ら問題はないかと。」


まさかこのままサインさせようというのか。

意味不明の書類にせめて文章を読んでくれないものかと思っていると、にこやかなウォレスと目が合った。そうだ、わたしにはウォレスがいたんだったね。


「よろしければ俺が読んで差し上げましょうか?」


にっこにっこしたウォレスに頼もうとして、ウォレスを見上げる。


「あれ?ミナモちゃんはこっちの文字、読めないの?」


不思議そうに聞いてきた魔王さまを振り返って頷いた。


「はい、今のところ読むのも書くのも無理です。」


魔王さまはわずかに首を傾げると「おかしいなぁ」と呟き、顎先を指の背でゆっくり擦っている。

そして独り言のようにとんでもないことをおっしゃった。


「召喚陣の基本として文字の習得は必ず組み込まれてるはずなんだけど・・・もしかしたら君は召喚されたわけじゃないのかもね。」


・・・そ、そんな馬鹿な。わたしの気まぐれ異世界旅行記に終止符を打っただけでは飽き足らず、わたしの根本的存在価値にも終止符が打たれそうになっている。


「でもあの部屋は誰かを召喚する部屋だったんですよね?どこかの誰かが喚んだんじゃ・・・」

「だが、実際のところ召喚の間は現在立入禁止だ。」


フラウの硬い声に、“喚ばれてもいないのにやってきた魔力ゼロの人間”というシールを作る。

心の中で自分にぺたりと貼ると、力なくソファに腰を下ろした。


「・・・じゃあフラウはどうしてあの部屋にいたの?」


立入禁止ならあそこにフラウがいたのはおかしくない?

ぼんやりと問いかけるとフラウもソファに座りなおして真面目な顔で見つめてくる。


「あれは本当にただの偶然だったんだ。使用していないといっても何らかの異変が起こる可能性はある。例えば今回のように。今まで無かったことだがこういうことがあったときに対応できるよう、月に一度私が空き時間に見て回っていたんだ。」


・・・なんということだ。召喚がフラウの点検が終わった後だった場合、わたしは確実にミイラではないか。

召喚の間を思い出し、がっくりと項垂れたわたしに魔王さまが一歩近づいた。


「そのときの様子はどんな感じだったんだい?周りが光ったとか音がしたとか、何かなかったかい?」


どこか目を輝かせ興味津々に聞いてくる魔王さまは白衣と相まってどことなく危ない気がする。

まあ、モルモット的な意味なんだけど。


「あの・・・わたしがあの部屋に来る前の話ですけど、ぴっかーと光って、ららんらー☆と星が散ったようなキラキラしさを感じた覚えがあります。」

「光か、そのときフラウスにはどう見えてた?」


今度はフラウに顔を向けて魔王さまがソファの肘掛に腰掛ける。


「私には光の痕跡などは感じられなかったな。ただ気がついたときにはミナモが立っていただけだ。」


両肘を膝の上に置いて顔の前で指先同士を組んだフラウが真顔で答えて、数秒魔王さまと意味ありげに目を合わせる。

ぱっと魔王さまがこっちを見てどきっとした。うん、モルモット的な意味で。


「どうもミナモちゃんに何らかの力が働いたのは確かなようだけど、やっぱり人為的な召喚とは違うみたいだね。」


腕を組んで頷きながらそう言った魔王さまは白衣のポケットから手帳を取り出すとペラペラとペ-ジを捲ってそこにメモしている。


「僕の方でももう少し調べてみるけど、あまり期待しないでね。あ、そうだ。どちらにしてもこの世界にいる限り文字の読み書きは必要になるだろうから・・・そうだな、解読の魔法でもあれば楽なんじゃないかな。僕がかけてあげるよ。」


穏やかに微笑み、そう言ってくれた魔王さまをじっと見上げる。

あの時は外見で判断してしまったけど、もしかしたら魔王さまはサドでも鬼畜でもなくてただマッドなのかもしれない。趣味は農作物の改良って言ってたし、それって良く言えばみんなのためだよね。

そう思い直して改めて見てみると、ちょっといい人に見えてきた。

それに白衣とメガネを取って、髪を下ろして黒くて長いローブを着ればクールビューティーな魔王さまになりそうだ。

うん、戦うのは無理だけど鑑賞するならもってこいだ。

心の中では“要注意”のマークの入ったシールが剥がれかけていた。




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