12 魔王登場
「アーベルエスト帝国第三王子フラウス=リドルア=アーベルエストだ。これからもよろしく頼む。」
紫紺の髪で毛先は金色。黒い軍服のような上下に黒いマントのフラウがマントの端を軽く摘んで片足を引くと、やや膝を曲げて腰から折るように上半身をわずかに下げる。その動作につられて襟足だけ長い髪がさらりと流れた。
「こ、こちらこそよろしくお願いします。」
今までの感じとがらりと変わったフラウに少し焦って、どぎまぎと挙動不審気味になってしまう。
すっと上げたフラウの顔にはかすかなほほえみがあって琥珀色の瞳が煌いている。
そこから優雅に一歩引いたフラウと入れ替わるようにして目の前に立ったのはウォレスだった。
「アーベルエスト帝国近衛騎士団団長ウォレス=マーノスです。以後、お見知りおきください。」
赤茶の髪で毛先はこげ茶。白い騎士服に身を包んだ長身の男が片膝をつきにっこりと見上げてくる。普通にしてれば格好良いウォレスに、うっと体が止まる。
そこから自然な動作で右手を取られ手の甲に軽く口付けられた。とても、爽やかに。
「ョ、ヨロシクネ・・・」
どうやら修行が足りなかったようだ。ほぼ慣れたと思っていたけどそれだけ言うのが精一杯で、こういう挨拶はどこかのお姫様にすればいいと思う。
どうにもそのままの体勢で笑みを含んだ青い瞳を見下ろしていることが居た堪れなくなり、意を決してそっと引き抜いた右手を今度は白魚のような手にさりげなく引かれる。
銀髪に空色の毛先。足元まである淡いすみれ色のローブには細かな模様が入っている。
隣に立ったリーフェスさんはさっきまでとは比べ物にならないほどの美人オーラを纏っていた。
「・・・アーベルエスト帝国宰相を与ります、リーフェス=クラムベルと申します。」
アレな声とアレな眼差しを間近で感じて慌てて腰を支えた。
右手を取られたまま、やや覗き込むようにして言われた言葉にぎゅっと目を瞑る。
これ以上は目の毒だと判断してのことだった、のに。ふと指先に感じた柔らかいものに驚いてはっと目を開けた瞬間、その光景を見てしまって盛大に後悔した。
微妙に腰が引けた状態でコクコクとだけ頷く。うふふ、天然ボケでもさすが宰相。どうやらお仕事モードのリーフェスさんは逃げ道を塞ぐのが上手いようだ。
ああ見なかったことにしたい・・・そもそも一般人にここまでしてくれなくてもいいと思う。
それに三人の自己紹介、これのどこで魔族だとわかるというのか。一人もわからないよ。
予備知識がないとどう考えても魔族のまの字も出てこないと思うんだけど。
ゆっくり離された右手を庇うようにして左手で包む。
みんなの本気の挨拶の破壊力を身をもって体験したところで、リーフェスさんにも“鑑賞用”のマークの入ったシールを心の中で貼り付けた。
「勇者が召喚されたんだって?」
ノックの音と落ち着いた声に振り返れば、扉のところにいたのは一人のインテリメガネだった。
日に焼けたことのなさそうな白い肌にツヤツヤの黒い髪、毛先は赤紫がかっている。
年齢は30前あたりで、似合いすぎるノンフレームのクールメガネに白衣を着用。白衣の下は濃紺のシャツと黒めのパンツで全体的にほっそりした感じに見え、服装からいえば保健の先生か化学の先生。しかし、それを裏切る髪型だった。
下ろせば膝までありそうな長い髪をポニーテールにして、纏め部分で一回わっかを作って残りを垂らしている。まるでのの字を縦に細長くしたような髪型だった。前髪は真ん中わけで、あごまでの輪郭を覆っている。
見るな!気づくな!と心の中で祈って気配を消す。じりじりとリーフェスさんの背中に隠れようとした。が、フラウたちに近寄っていた長い足が止まって、こっちを、見た。
ん?と首を傾げて・・・こっちに来たー!
ニ歩の距離まで近づいたノンフレームメガネの奥にあるのは凍えるような水色。
白衣はサドか鬼畜と相場が決まっているのだ。いくら美形でもできればお近づきになりたくない。
なのに少し屈むようにしてメガネが顔を近づけてくる。ふっ、長い睫毛の確認などしたくなかった。
「ああ、この子が例の・・・僕は魔王、趣味は農作物の改良。よろしく、ミナモちゃん。」
なんで名乗ってないのにバレてるの?というか例のって何?もしかしてわたしって噂の的?有名人?異世界から来た人とか?それとも魔力ゼロのほう?あらいやだ、そんな噂。フラグも立てられないわたしは魔力ゼロの一般市民として美形を鑑賞しながらひっそり暮らしたいんです。珍獣扱いを受けてこっちが観察されるのは欠片も望んでないんです。帰るまででいいのでスルーしてください。
そう想いをこめて穏やかな笑顔を向ける魔王さまを見返し、そっと頭を下げる。
「みなも 笠鷺です。はじめまして。えと、ティーレの実はとても美味しかったです、ありがとうございました。」
あまり頭を上げないで、すすすとリーフェスさんの後ろに平行移動する。
それを見た魔王さまの瞳が笑みのまま細まったのは気のせいではないはずだ。
ほんとにサドか鬼畜の可能性が高まって焦る。
心の中で、さっと“鑑賞用”と“要注意”のマークの入ったシールを二枚素早く貼り付けた。